5-18 羅一星の謀略
クスリをキメてご機嫌な様子で酒を飲んでいた羅一星は、ある事を思い出し黒服に告げた。
「そーだ、この前見世物小屋で見つけたんだけどさぁ。ほら、あれ連れて来て」
「承知しました」
「ん?」
この混沌とした街には様々な女性がいるが、宴会場の奥から現れた娼婦には一目でわかる他の人間にはない特徴があったので取り巻きは目を丸くしてしまう。
「アンジョ様あ、御寵愛をぉ~」
「これはこれは珍しい。気品もありまるで天使の様だ!」
その女性はクスリ漬けにされていたため正気を失っていたが、白い翼と白い肌は天使を想起させた。
(ネメシア・モンローか。こんなところで会うとはねぇ)
そのカルラ族の女性はアシュラッドで智樹ちゃんが脱走した際に絡んできた貴族のネメシアだった。
自我はほぼ失われても、シスターとしての名残は残っていたのか人間に対しては本能で従う様だ。
流れ弾でパルミラ女王のパフェを破壊し、民間人や文化財の被害を気にせず戦ったせいで処罰を受けたのは知っていたけど、一体どういう経緯でこっちの世界に島流しになってしまったのだろう。
「さあ、こっちにおいで」
「はぁい、アンジョ様ぁ!」
まあ自業自得だしどうでもいいか。
ぶっちゃけそんなに絡みもなければ助けてやる義理もないし。
それに性に貪欲なオッサンに乳を揉まれながらベロチューをしていたとしても、これが神の寵愛だと信じているネメシアにとっては無上の幸福なのだ。
世間一般ではそれは洗脳というのかもしれないが、彼女は洗脳される事を選んだ。
ならば精神を元に戻さず夢を見続けさせてあげたほうがいいだろう。
狂宴の最中、羅一星は高級なシードルの瓶をラッパ飲みしながら不満げに尋ねた。
「そういやまだ上海は陥落してないの? 大統領就任と一緒に解放宣言するって言ったじゃん。折角制圧しない様にちまちまと攻撃してたのに」
「すみません、反撃が激しく少しばかり手こずっておりまして」
「ったく、使えねーな。いつまでチンタラやってんの」
羅一星はさらっととんでもない爆弾発言をしていたが、政治家の都合が戦場に反映されるのはよくある事なので何も言うまい。
「朝鮮半島の辺りから援軍が来るって言ってたけどあれは?」
「それが、その……ゾンビに襲われて全滅したと」
「ハァ? ゾンビ?」
部下は作戦が進んでいない理由を伝えたが、羅一星はわけがわからないと言った様子で訝し気な顔をした。
「もちろん普通にクスリを使っていた兵隊と戦っていただけなんだとは思いますけど、全滅したのは事実です」
「そりゃそうでしょうけど。当てが外れたわねー。んじゃ向こうの連中には二度と武器も食糧も送らないって伝えといて」
事情を詳しく知らない部下は慌てて一番あり得る可能性で弁明した。
有事の知ったかぶりは往々にして重大な過ちの引き金となってしまうというのに。
「でもさぁ、順番は逆になるけどむしろ大統領に就任してすぐに上海を奪還! ってほうがカッコイイじゃない? ぶっちゃけ目障りな甲東のクソジジイもくたばったしなんでもやりたい放題じゃない?」
「ええ、自分もそう思います!」
だが羅一星は素敵な笑顔で思い付きのプランを語り、言うまでもなくイエスマンの部下は全面的に同意した。
自分の都合しか考えておらず命懸けで戦う兵隊の事なんてまるでお構いなしだが、こいつの取り巻きに反対意見を述べる程度の知恵を持った真っ当な部下なんているわけがない。
何よりも唯一のブレーキ役だった甲東はもう存在しない。
なんだかんだ言って類稀なるの政治手腕を持っていたあいつは暴君を抑えつける抑止力として機能していたのだろう。
「元々兵隊なんて消耗品だし、復興支援にやって来た連中を札束をエサにして適当に見繕うとして……ママチャリはまだあるわよね」
「はい! それはもういくらでもありますよ!」
中国では自転車の不法投棄が問題視されていたが昨今では戦略上重要な物資となっている。
まさかポイポイと捨てていた悪徳業者も、後に自分達が捨てた自転車が戦争の最前線であんな使われ方をされるとは思ってもいなかっただろう。
「そうねぇ、折角だしこいつも使ってみましょうか」
「はぁい?」
また羅一星は将校に愛でられていたネメシアを眺めあくどい笑みを浮かべた。
天使の様な見た目の彼女をどう利用するのか大体使い道はわかるけど、こいつも悪い事をするものだ。
(……ん)
眼球ドローンで様子をうかがっていると何者かが牢屋に近付く気配がした。
十分過ぎるくらい状況は把握出来たし偵察を終了しよう。
きっといろんな人間がこの性悪な女狐にわからせとかざまぁ展開をお望みだろうし。




