5-16 変わり果てた山田友蔵との再会
ゴマ豆腐をもちゃもちゃと食べ、拉致られた俺っちはケツを掻きながら牢屋で寛いでいた。
待ちの時間が長すぎる。今のうちに鼻毛でも抜いておこうかなあ。
(……お、来た来た)
アイテムボックスから毛抜き用のピンセットを取り出そうとした時、ようやく待ち人が接近してきたのでマップ画面を注視する。
「~っ、~っ、~~~っ」
目が死んでいるいかにも弱そうな少年兵は耳障りな鼻歌を歌いながら巡回し、牢屋に近付いて覗き窓から内部の様子を確認した。
「よう」
「わわっ!?」
しかし郵便受けの様な蓋を開けるとそこには俺っちのギョロ眼があったので兵士は驚いて尻もちをついてしまう。うん、ドッキリ成功だね。
「ええと……君、新しく入った子だよね」
「正確には新しく拉致られた子だけどねぇ」
「……うん」
どぎまぎする彼に皮肉で返すと、山田も悪事の片棒を担いでいる自覚があるのか悲し気に眼を逸らしてしまった。
それはきっと俺っちがどうなるのかわかっているからだろう。
こいつは葉瀬帆高校特別国際支援科の山田友蔵だ。
雰囲気はかなり変わっていたけど、智樹ちゃんやヒカリとよくつるんでいたヘッポコなあいつだ。
どうやら今回も死なずに生き延びていた様だ。なんだかんだでこいつの生への執念は智樹ちゃん以上だからねぇ。
臆病な智樹ちゃんと違い、山田は生きる為に一線を越える事が出来た。それがいい事かどうかはわからないけども。
「ま、暇だし俺っちとおしゃべりでもしようじゃないの、山田友蔵君?」
「僕は別にいいけど」
そう促すと山田は戸惑いつつもその場にとどまる。どうやら彼も積極的にこんな汚れ仕事をしたくない様だ。
「君は僕の事を知っているの」
「どうだろうねぇ」
「そう」
向こうは明らかに警戒していたので会話は続かなかった。
けれど何か情報を聞き出したり味方にしたいわけではないので構わないだろう。
「お前さんって連合軍の兵士でしょ。こんな所で何してるの?」
「雑用兼見張り係だよ。僕は自転車を漕げなかったからここにいるんだ」
「そっかあ」
山田は憔悴しきった様子で生き永らえた事情を告げた。
坂道が多い長崎県民は自転車に乗るという発想がないので、幸か不幸か彼は前線に駆り出されなかったらしい。
「ここにいる女達はどうなるんだい」
「さあね。僕は知らない。僕は何も知らない。だから何も悪いことはしていないんだ」
現実を直視する事を拒んだ山田は全てを存在し無い事にしたらしい。
だがこいつも当然知らないわけがないだろう。ここにいる女性がどうなるのか、自分が何をしているのかも。
「……助けられないけどこんなもので良ければあげるよ」
山田は澱んだ目で微笑みながら俺っちに注射器を渡した。言うまでもなくこれはそういうクスリだ。
「これを使えばきっと君も幸せな気持ちになれる。身も心も痛みを感じなくなる。何もかもがどうでもよくなるよ」
山田はそう言ってもう一本の注射器を取り出し自らの左腕に注射した。
左腕には無数の注射痕があり慣れた手つきだったので、重度の中毒者と推測出来る。
「ふぅん。こうなるまで誰も止めなかったの?」
「おかしいって言う人は皆死んだよ。不思議だよね、味方しかいない位置から撃たれるなんて。連合軍に残っているのはもうまともじゃない人ばかりさ」
連合軍は決して一枚岩でない。昨日まで憎み合っていた人間が手を取り合って戦うだなんて所詮絵空事だ。
戦争の狂気は敵だけではなく味方にも向けられる。規律の存在しない軍隊は最早軍隊とは呼べないだろう。
「お前さんはどうなんだい?」
「僕はまともじゃない事を選んだから生きているんだよ。でも仕方ないよね、僕は弱いからそうしないと生きていけないんだ。人命は地球よりも重いから僕のしている事は正しいんだ」
そんな世界で彼は心を保つために狂う事を選んだに過ぎない。正常である事が異常な戦場では、ある意味ごくごく当たり前の変化だとは言えよう。
「僕は何も悪い事はしていない。世界は認識によって幸せになる。だから僕は幸せなんだ。何も考えなければ人間は幸せになれるんだ、だから僕はきっと神様なんだ」
麻薬の影響なのかだんだん山田の言っている事は支離滅裂になり、彼は口から涎を出しとろけるような笑みを浮かべ始めた。
「死ねば幸せになれる僕たちは世界を救うヒーローになれるんだ。ママも褒めてくれる、自転車に乗れた。女の子も壊せた。だから僕はカッコイイ勇者なんだ」
俺っちは直感する。もう彼は救う事が出来ないと。
おそらく戦争が終結したとしても壊れてしまった山田が英雄として迎えられる事はないだろう。
終末戦争が始まった頃、見えなくされた帰還兵達の様に。
「とんっ、とんっ、とんからとんっ」
山田は包帯を巻いたボロボロのぬいぐるみを握りしめて陽気に歌い出した。これは確か一昔前の子供向けアニメのテーマ曲だったか。
あのアニメでは包帯を巻いた正義のヒーローが自転車に乗り、刀で悪党をバッサバッサと切り裂いていたが、彼は幻覚の中で大好きなヒーローになり切っているに違いない。
「ふひひっ、ママァー、ヒカリィー、どこにいるのぉ」
山田はもう俺っちに語り掛ける事は無かった。もう会話は出来そうにないし放っておこう。
(さて……いつでも逃げられるけど、目をかっぽじって見させてもらおうか)
折角拠点に来たしもう少し状況を探ってみよう。
俺っちは機械仕掛けの眼球を抜き取り、コロコロと転がして牢屋の外へと脱獄させる。
妖怪の親父っぽくしても良かったけど眼球はナノドローンとなり換気扇へと侵入した。
これはこれで妖怪っぽいけど、実際誰かに見られたら都市伝説が生まれるかもしれない。
UFOや怪異の正体が軍事系の何かだったというのはよくあるパターンだ。
普通は眼球が飛んでいるとは思わないし、もしも気付いてもデケェ虫がいるな、程度にしか思わないだろう。
さあて、どんな面白いものが見れる事やら。




