5-12 退廃的なメチルアルコールのカストリ酒
その場所に一歩踏み入れた瞬間、漂うニオイは一瞬で変わってしまう。
耐え難い死臭。
薬物や糞便の悪臭。
血液と精液の生臭いニオイ。
至る所に溜まった得体のしれないヘドロの様な何か。
飛び交う悪魔のような笑い声と奇声。
ウジが湧いたまま放置された浮浪者の死体。
見せしめに殺された挙句、逆さ吊りにされた人々の亡骸。
その混沌とした街はさながらベトナム戦争時代のサイゴンの様な、あるいは旧約聖書に出てくる悪徳に満ちたソドムとゴモラの様だった。
ソドムとゴモラは新興の宗教団体が大好きで説法をする時によく用いるけど、神話と決定的に違う事はこれが正義の代弁者を名乗る軍勢によって作られたという事か。
道端にはそこかしこに薬物中毒者が歪な姿勢で横たわっており、生きているのか死んでいるのかもわからなかった。
青ざめた顔の骸骨の様な女性は身体を揺らしながら立っており、もしもあれが幽霊やゾンビの類だと説明しても大抵の人が信じてしまうだろう。
風俗店にはアジア系から白人、黒人にアラブ系からラテン系まで様々な女性が選り取り見取りだ。ある意味多様性を尊重している光景だと言えるかもしれない。
六天街とかは楽しいアングラなイメージがあったけどこっちはガチの奴だ。むしろ客を待つ立ちんぼスタイルの女性が最も文明的かもしれない。
屋台には闇市名物残飯シチューも提供され、カロリーが摂取出来るので一番人気のメニューらしい。
ただし比喩表現ではなくガチの残飯を用いているので、ガムにタバコの吸い殻、使用済みの注射器などなかなか普通は使わない具材も入っている様だ。
ディストピア世界で闘争に明け暮れたテロリスト時代なら食っていたかもしれないけど、贅沢を知った今は流石に食指が伸びない。
「お、カストリ酒発見。おひとつ下さいな」
「……はいよ」
ただ良さげなカストリ酒はあったので俺っちは迷わず購入する。そんなに美味い物じゃないけどたまに飲みたくなるのよねぇ。
日本でならば販売してくれないけどお酒は二十歳になってから、なんて概念が存在しないここでなら問題ない。子供も普通にタバコを吸って酒を飲んでクスリをやってるし。
「うひゃー、メチルアルコールがたまらん。これだよ、この味だよぉ~、クケケ」
酒にはメチルアルコールが混ざっていたらしく頭がクラッとしてしまう。どうやらこれは飛び切り質の悪い物だった様だ。
なおこれは大抵の毒を無効化出来る俺っちだから平気なのであって良い子の皆は絶対に飲まない様にね、中毒症状になって失明するから。
チカチカした目が戻ると男がふらりふらりと近寄って来た。
その男は一目で薬物中毒者とわかる異様な目つきをしており、
「ここはパラダイスだ! だから野菜マシマシ雪だるまのアイスクリームを食え! それかヒーローになるか死ぬかを選べ!」
と、最高の笑顔で村を紹介するNPCにしてはなかなかエキセントリックな発言をしたのだ。
「「オーウェイ!」」
悪酔いしていた俺っちはカストリ酒片手にハイタッチをし、さっさとその場を離れた。取りあえず面倒事に巻き込まれそうだから関わらないでおこう。
「野菜を食べようぜェエエッ!」
クスリを決めた男はなおも意味不明な奇声を喚き散らしどこかに去っていった。あいつの出番はこれで終わりかな。
ムフフ、最高にイカレた面白い街じゃないの。
人間が住む場所じゃないけど、俺っちみたいなド底辺の外道にとってはこの上なくパラダイスだねぇ。




