5-3 全てを思い出したキンデル
――荒木希典の視点から――
ニライカナイでの決戦を終え大災厄の因縁にも終止符を打ち、無事に第一部が終了し――俺っちは向こうの世界で奄美諸島と呼ばれている場所を訪れていた。
海とマングローブに囲まれた島々は日本でありながら日本とは大きく文化圏が異なり、まるで東南アジアの島国の様だ。
遥か彼方まで広がる南国のような鮮やかな海は紅の空と一体化し絶景の一言で、暁の水平線を肴にしながら、俺っちは壺に入った昔ながらの芋焼酎をグビリと飲む。
これほどまでに美しい景色ならば酒を飲まずとも酔う事が出来る。叶う事ならば永遠にこの場所で酒を飲み続けたいものだ。
火災やネズミから護るための高床式の群倉は東南アジア諸国の知恵を想起させる。現代でも文化財に指定されていたけど異世界では現役で用いられているらしい。
鯛車を手で持って転がして遊んでいたナジム族の子供は物珍しそうに来客の俺っちを眺めていたが、迎えに来た母親に促されとてて、と家に帰っていく。
どうやら俺っちへの興味はお母さんの作る美味しい晩ごはんに勝るものではなかったらしい。俺っちも出来れば名物の豚足とかを食いたいけどここはぐっと我慢だ。
今回の来訪はあくまでも隠密任務。出来るだけ誰にも知られずにパッと行ってパッと帰らなければならない。
奄美諸島は地理的な理由であまり日本の歴史に名前が出てくる事はなかったが、やはり最も名前が出てくるのは幕末の頃だろう。
維新三傑とされる西郷吉之助、通称西郷隆盛はいろいろ不遇であり、政情の変化により一時的に奄美大島に潜伏した。
その後愛加那とイチャコラしーの、偉い人にキレられ沖永良部島に閉じ込められーの、なんやかんやで歴史の表舞台に戻って来たので奄美諸島は幕末を語る上では欠かせない歴史上重要な場所だ。
なので島内にも銅像などそれを意識した観光地の名残が多く見受けられ、豊かな自然と対を為す貴重な観光資源となっている。
人類滅亡後に支配者となった彼等がどの程度意識しているかはわからないが、ちゃんと銅像は手入れされているのでこれが大切なものであるとはわかっているらしい。
向こうの世界で島津斉彬や西郷隆盛に対応するキンデルが同じ様に死んだ事にされ、この場所を潜伏先に選んだのもある意味必然とは言えよう。
「こんちゃーす。バカンスを楽しんでいるかい?」
「おや? これはこれは夢幻の仙人、ご無沙汰しております」
しかし泥染めの大島紬の着流しを着た彼は、アマミノクロウサギっぽい魔獣と戯れながら開放的な南国風の家で優雅に酒を飲んでいた。
「めっちゃ寛いでるね」
「めっちゃ寛いでますよ。いやあ、案外追放も悪くないものですね、うん。部下が優秀で助かりましたよ」
てっきり国を追われて落ち込んでいるかと思ったがキンデルは割と奄美大島で充実した日々を送っていた様だ。むしろ重圧から解放されて喜んでいるようにも見える。
事実ガマガンやラバーナ区長を筆頭に人材の層も厚く、立て直しも上手く行っているのでナジム自治区はしばらくすれば安定するだろう。
「もういっそこのままここで暮らしたいですね、うん。そっちのほうがいいかもしれませんし」
仮に戻れなくなったとしても金も名誉も求めないキンデルにとってはさしたる問題ではないのだろう。彼が望むのはナジム自治区の繁栄だけだったからだ。
その言葉は決して冗談のつもりで言ったわけではなく、民衆の為にも本当にこのまま歴史の表舞台から消え去ろうと考えているのかもしれない。
「酒を飲むのもいいけどあんまり飲み過ぎたら耳が痛むよ?」
「平気ですよ。少しくらいアルコールが入ったほうが誤魔化せますし」
俺っちがからかうと彼はゴルイニシチェに切り落とされた耳をくい、と見せつけた。
神の手を持つ俺っちがここに連れてくるついでに治してやったけど、尖った耳ではなくなったので見た目だけでは日本人と黒人の混血のマッチョにしか見えないだろう。
もしも彼が現実世界に移住してプロレスラーになり、自分がナジム族の王だったと言ってもそういう設定なんだねと流されるに違いない。というかそれっぽいグレートな岡さんがもういるし。
「ま、いいや。今回は遊びに来たわけじゃなくてね。お前さんに会わせたい奴がいるんだ」
「む?」
雑談も程々に俺っちはとある人物とキンデルを引き合わせ、彼は意外な人物の登場に目を丸くしてしまう。
「おう」
「ヒョウスベ。それに……」
来訪者の一人は親友でもあるヒョウスベだった。
無論彼は船に乗せて亡命の手助けをしたのでここにいるのはさほどおかしくはなかったが、キンデルはもう一人の人物のほうが気になってしまったらしい。
「初めまして、と言うべきなのかどうかはわからないですけど……我那覇ゴードンと申します」
もう一人の来訪者は姿を消していた我那覇総督だった。
両者のその容姿は酷似しており、削ぎ落された耳が人間に近い見た目になった事で区別がつかなくなってしまった。
「ふむ。私はかつてナジム自治区で領主をしていた、南洲ナジム族族長のナリー・キンデルと申します」
キンデルは不思議そうな顔をしていたが、泰然自若とした振る舞いでいつも通り丁寧に挨拶をしていた。
「それであなたはどういったご用件で私を訪ねたのですか? ガナハさんは何者なのですか? 何故私と同じ見た目をしているのですか?」
「そうですね。口で言っても理解出来ないと思いますので今から直接説明いたします」
彼はあまり警戒していなかったが、我那覇総督はキンデルに近付き瞳を凝視した。
「グッ!?」
すると我那覇総督が保有していた膨大な記憶情報がキンデルの脳に流れ込み、彼は脳の神経が焼き切れる程の負担に頭を抑えて苦悶の声を上げてしまう。
「後は任せるよ」
役目を果たした我那覇総督は満足げな笑みを浮かべて消失する。それはあたかもドッペルゲンガーの片方が消滅する現象にも似ていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「大丈夫カ、キンデル?」
「あ、ああ、なんとか」
ヒョウスベはキンデルを気遣うが本来はまともに会話も出来ないはずだ。
それでも受け答えが出来るのは彼の並々ならぬ精神力に由来するものだろう。
「……夢幻の仙人。私は誰なんだ?」
「誰だと思う?」
「私は南洲ナジム族族長にしてナジム自治区の領主だったナリー・キンデルだ。けれど我那覇ゴードンとしての記憶も、安仁屋清河としての記憶もある」
幾度となく輪廻転生を繰り返した彼は自らの存在を言葉によって定義する。だがそれは矛盾しており彼自身も上手く説明出来なかった様だ。
「記憶を統合したばかりだから無理もない。まずは落ち着きな」
「ああ……」
キンデルは深呼吸をして精神を落ち着かせる。そして何が起こったのかを受け入れた後、恨めしそうに俺っちの目を見つめた。
「説明しなくても君が何のためにやって来たのかわかるよ。荒木希典、君はまた私に戦えと言うのだね」
安仁屋清河の記憶を取り戻したキンデルはあの頃の様な死んだ目をしていた。
俺っちと安仁屋清河は仕事上のパートナーではあったけど、お互い腹に一物あったからそこまで仲が良かったわけじゃないんだよね。
「ヒョウスベは何故ここにいるんだ。君も田中兵主部としての記憶を取り戻したのか」
「俺はどっちかっていうと治療する代わりに手伝う様に頼まれたって感じだナ。正直もう十分生きたから死んでも構わねぇケド」
同じく真実を知ったヒョウスベは肩をすくめ、多くを語る事なく印籠を取り出した。
「だがこのままじゃまた戦争にナル。二つの世界が交われバ、今までとは比べ物にならねぇくらいデカい戦争が起きるダロウ」
彼が蓋を開けるとそこには二粒の金平糖が入っていた。それは言うまでもなく力を与える星のかけらだ。
「人間ってのはいつかは死ぬ。だが死に様を選ぶ事は出来ル。お互い一度は死んだ身ダ。死にぞこないのジジイ同士人生の最期に大暴れして、未来の子供達のために一花咲かせて派手に散ろうじゃネェカ。俺たちの老後はこれからダ」
「やれやれ、君は異世界でも相変わらずだね」
かつてアフリカの大地に変革をもたらした田中兵主部の変わらない姿に安仁屋は思わず笑みをこぼしてしまった。
「だけど楽しい余生になりそうだね、うん。こんなにヤバいジジイが集まったら混ぜるな危険って事になりそうだけど希典も宜しく頼むよ」
「モチのロンだよぉ。俺っちを誰だと思っているのさ」
それは俺っちも同じだった。田中兵主部と安仁屋清河という、無力な人間でありながら歴史を変えた傑物は頼もしい手足となる事だろう。
それじゃあ適当にお土産を買ってムゲンパレスに戻ろうかねぇ。黒糖焼酎は確定としてまめぼっくりと黒糖ショコラがいいかな。




