5-2 反タイロン派領主の秘密の会合
紛糾の後会議が終結し、エドラドは密かにザイオン某所にある中華料理屋に彼が信頼している領主を集めた。
「料理は美味しそうですが……少しばかり格式が足りませんわね」
「もぐもぐ」
ハニヤスは目の前に置かれた『餃子の大将』名物の焼き餃子を眺めた。
京都を発祥とするこの店もまたかつては多くのアンジョで賑わったそうだ。
とはいえ神代と同じく比較的リーズナブルな部類に入る店は、格式の高い店が多いザイオンで有力諸侯が密談を行う場にはいささか不適切である。
「仕方ねぇだろ、車椅子でも入れる店があんまりねぇんだから。貸し切りだから話が聞かれる心配はねぇ」
「そうですか」
だがエドラドのささやかな気配りにハニヤスは顔をほころばせてしまう。これが打算だとはわかってはいたがやはり無理解なアンジョとは違うらしい。
「ハニヤスさんも折角だしなんか注文したら? こういうお店には最近あまり来ないでしょ?」
「その言葉に他意はないのですよね」
刑部狸はパリパリと春巻きを齧り食事をする様に促す。
ハニヤスは彼女が言いたい事をなんとなく理解してしまったが、特に自らの過去について話す必要もなかったので静かに受け流した。
「ですが流石にこの空気で楽しい会食、とはいきませんわね。マンプク伯爵はとても美味しそうにチャーハンを頬張っていらっしゃいますが」
「もぐ?」
マンプクは能天気に大盛りの五目チャーハンを食べており、名前を呼ばれて一瞬食べる手を止めてしまったがまたすぐに食事を再開した。
「話したい事は龍帝タイロン様の事ですよね」
ハニヤスは食事に手を付ける事無く、エドラドの目を真っすぐと見つめて問いかける。
「そうだ。少し前まではただの無能だと思ってほったらかしにしていたが、あいつは一線を越えちまった。経済で圧力をかけたとはいえ追い詰められたタイロンが性懲りもなくやらかす可能性も十分にある」
「これで反省してくれればいいんだけどねー。『虚飾王』の性格を考えたらそう上手くはいかないんだろうな」
刑部狸は龍帝タイロンに対する蔑称を用いて非難する。彼女が結局のところ先代から受け継いだ威光だけで政を行っているのは周知の事実であったからだ。
「龍帝タイロンに俺達は散々振り回されてその度にあいつは不義理を続けやがった。このままじゃ何もかもが失われるだろう。レムリアの平和のためにはもう『虚飾王』を潰すしかねェ」
「やはりそう来ましたか」
ハニヤスは落胆しながらエドラドの言葉を噛みしめるが、それは『虚飾王』を嫌悪している彼女でもすぐに首を縦に振る事は出来ない重すぎる決断だった。
「別に戦争を仕掛けろって言ってるわけじゃねぇ。ただ追い詰めない程度に圧力をかけて代替わりを促すだけだ。先代のタイロンみてぇなまともな政治をしてくれればそれでいい」
「未熟な龍帝タイロンの統治にはデルクラウドの中にも不満があると聞きます。裏工作をすれば不可能ではありませんが一歩間違えれば戦争になりますわよ」
「だがこのまま何もしなければいずれそうなる。つーかもうニライカナイで戦争になったじゃねぇか」
「……………」
ひどく憤慨したエドラドの言葉にハニヤスは押し黙ってしまう。
「……そうですわね。ノーザンホーク紛争の様な悲劇を繰り返すわけにはいきませんし」
龍帝タイロンが一線を越えた以上、こちらも手段を然るべき手段で対抗しなければならない。かつてノーザンホークで起きた悲劇を知っていた彼女はそれを誰よりも理解していた。
「百歩譲ってタイロンが戦争に首を突っ込むのはいいが毒鉄砲はねぇよな。あれでどれだけの土地が死んだと思ってやがる」
エドラドは歯をギリ、と食いしばり溢れんばかりの怒りを押し殺した。
龍帝タイロンに不信感を抱いていたエドラド伯爵が反旗を翻す決定打になったのは、禁忌とされる化学兵器の使用にある事は想像に難くなかった。
動かない自らの下半身をちらりと見たハニヤスは彼の度し難い怒りを察し、それ以上反論する事を止めた。
石女と陰口を言われている事について自分はどうとも思っていないが、多くの人間はこの様な身体で生まれてくる事を望まないだろう。
ましてやそれが禁忌を犯した罰であるのならばなおの事だ。
「けんかはよくないとおもうけど……うーん。キンデルくんみたいにかなしいことになるのもいやだし」
「お前の言うとおりだ、マンプク。あいつらがちゃんとしていればナジム自治区も平和なままだったんだ」
穏健派のマンプクは盟友を失ってもなお戦うという発想すらなかったが、エドラドの揺さぶりによって思い悩んでしまう。
「タイロンさまとはなかよくしたいし、ウェンバのみんなをあぶないめにあわせるのはいやだけど、ぼくもなにかをしたほうがいいのかなあ」
「そういうこった。お前もその時になったら腹くくれよ」
米粒を頬につけながらマンプクは深く考え込む。まだ決心はついていない様だが、デルクラウドとの同盟関係に楔を打ち込めば今はそれで十分だろう。
「つーわけだ、もしタイロンが禅譲すればしばらくあの辺の地域は不安定になるだろうが、政情が安定するまでは刑部の婆さんがデルクラウドを支えてくれ。イナンナあたりがちょっかいを出すだろうし」
「それはいいけど。龍帝タイロンを潰したとして、エドラドはテッペンを目指すつもりなの?」
「別にそんなモンに興味はねぇよ。俺はただアンジョの時代をとっとと終わらせたいだけだ」
刑部狸はエドラドに問い質すが彼は肩をすくめて否定した。彼にとって興味があるのは故郷のナーゴをより良くする事だけだったからだ。
「……あいつがいつでもナーゴに帰って来れるようにするためにな」
「ん? なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
小声で何かを呟いたエドラドはようやく機嫌が直りピリリと辛い麻婆豆腐を掻き込んだ。やはりストレス発散には辛い物を食べるに限るだろう。
(やれやれ、いろんな意味で揉めそうだなあ。強敵だけど頑張ってね、智樹)
刑部狸は少女漫画を読む気持ちになりながら、麻婆豆腐をやけ食いするエドラドを優しい眼差しで眺めた。
エドラドの人となりを知っている自分に言わせれば彼は君主としても人間としても魅力のある青年だ。
おそらくあらゆる意味でエドラドは智樹の最大のライバルとなる事だろう。
とはいえ立場があるのでどちらかに肩入れする事は出来ない。何よりそれは余計なお世話だ。
昔大恋愛の末に愛する人との未来を自らの手で勝ち取った様に、智樹の伴侶となる人間は彼自身が選ぶべきだろう。
「あちちっ」
そう考えながらはむ、と齧った小籠包からは溢れんばかりの汁が出てしまったので、刑部狸は舌を火傷しそうになってしまった。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねばいい。江戸時代から続く愚痴の様な都々逸は人類滅亡後ももちろん適用される。
自分はレムリアの支配者として彼等が余計な事を気にしないで済む様に政を行うだけだ。刑部狸はそう心に決めて少しずつ小籠包を食べた。




