5-1 『虚飾王』龍帝タイロンの失墜
その日、ザイオンで最も格式の高い旅館では厳重な警備体制が敷かれ、グリードの領主達は極秘の会談を行っていた。
異世界より来訪した英雄たちの活躍によってニライカナイの遺産を巡る争いが終結し、かつての人類の権勢を取り戻そうとするアシュラッドの目論見は脆くも崩れ去ったが、それでも領主達の心が休まる事はなかった。
「キタカントとノーザンホークは割と近所ですけれど、直接顔を合わせるのは久しぶりですわね」
「ええ、ハニヤス様もお元気そうで何よりですわ」
ハニヤスは扇で顔を隠しながら笑顔で挨拶をしたので、ローズマリーもまた同盟国の領主に含みのある笑みを返した。
互いの笑顔の裏に別の感情が全くなかったと言えば嘘になるが、建前だけでも仲良く出来るだけ両者は良好な関係であるとは言えるだろう。
「なんか怖ぇ笑顔だなァ? お前らのとことナーゴの距離が離れていて良かったよ」
「同じ言葉をそっくりそのまま返しますわ。エドラド伯爵もたまにはノーザンホークに遊びに来て下さいな」
ナーゴ族の先祖はノーザンホークに縁があった事もあり、ナーゴとノーザンホークもまた良好な関係でもある。
少なくとも金が満足に分け合える間は蜜月関係が続くのだろう。
「こんにちはー、おさかべさん。このまえおくってもらったそうめんおいしかったよー。ありがとー」
「マンプク伯爵も久しぶり~。でもこっちは割とよく会ってるか、近所だし。またそっちにうどんを食べに行くね」
大阪の領主マンプクは久しぶりに顔を出した四国地方の盟主、マミル族の刑部狸と親し気なやり取りをする。
現実世界でも大阪と徳島は交流が盛んで経済的な結びつきも強いが、こちらの世界でもまた彼女達は蜜月関係にあった。
地理的な要因もさることながら、どちらも穏健派の筆頭格であり目指すべき方向が同じなのもその理由の一つだろう。
「このまま皆ともっとおしゃべりをしたいけどねー。時間も限られてるしちゃっちゃとお話しよっか」
「そうですねぇ、タイムイズマネーっすから。にしても相変わらずの若作りっすねぇ」
「あはは、普通に若いって言えばいいの喧嘩売ってるのかな、エドラド?」
議長役の刑部狸は浮かない顔をしながら会議を進行する。だんまりを決め込んでいる龍帝タイロンにそのつもりがない以上、自分がそうしなければならないだろう。
「……コホン。ニライカナイの騒動は無事に終結しましたが、その際に生じた黄昏の光は皆さんも見たはずです。ある人は神の奇跡だ、アンジョが再来する日は近いと色めきだっていますが、これについてタイザンさんから説明があります」
「はい。どうやら管理者権限を持つマレビトがニライカナイの遺産を用いて向こうの世界の兵器を使えなくした様です」
クウガ忍軍のタイザン頭領は感情を押し殺し把握していた情報を淡々と説明する。仕える盟主に対して思う所はあったがそれは会議には何も関係ないだろう。
「それでレムリアに何か直ちに影響があるわけではありませんが、向こうの世界が政情不安定になる事によって間接的に影響はあるかもしれません」
「基本的に向こうとこっちは行き来出来ねぇからそりゃそうだろうな。うっかり扉を見つければ別だが。しっかし仕事が早ぇな? 流石は龍帝タイロンの懐刀、『影龍』の名は伊達じゃねぇな」
「仕事ですから」
全てを知っているエドラドの称賛の言葉はただの嫌味だったが、それしきの煽りにタイザンが動じる事はなかった。
「それはいいとしてうちの密偵でも探ったんすけど、タイロン様、あんたアシュラッドとグルになってニライカナイで好き放題してましたよね? イムシマ水軍とクウガ忍軍を寄越して」
「っ!」
笑みを浮かべていたエドラドは鋭い目つきでタイロンを詰問し、何も知らなかった領主たちは一斉にどよめいてしまった。
「禁足地を犯すのもまあまあアウトっすけど、毒鉄砲を使うのは流石にどうかと思いますよ。向こうから来た奴がちゃんと後片付けしてくれましたがね」
「エドラド伯、その話は真ですか。あなたは自分が何を言っているのかわかっているのですか!? タイザン頭領も反論があるのなら何か言ってください!」
「……………」
ローズマリーは動揺してタイザンに尋ねるが沈黙したまま何も語らなかった。彼女はそれを肯定と受け止め、それ以上問い質す事はなかった。
「これには明確な理由がある。管理者権限を持つ人間から遺産を護り管理するためにやむを得ずそうしただけだ」
口をつぐんだ忠臣のタイザン頭領を裏切るようで心苦しかったが、事が明るみになった龍帝タイロンは隠し通す事を諦め正直に語った。
だがエドラドはハッ、と笑い吐き捨てる様にこう告げた。
「んなもん建前でしょう。大方アシュラッドの連中に恩を売ってお墨付きをもらって、先王から引き継いだばかりの不安定な権力を盤石にしようとしたんですよね」
「……………」
龍帝タイロンは何もかもを見通していたエドラドの言葉に沈黙してしまった。
最大の目的は権力の維持であり、大義名分はその下心を隠すためのものだったという事を彼は最初から分かっていたのだ。
「俺が忠告した通りになりましたがこれはちょいとダサ過ぎませんかねぇ、タイロン様」
「か、勝手な事を抜かすな! 口を慎めッ! 貴様は私を誰と心得ておるッ!」
このままでは全てを失ってしまう。その事に思い至り怯んでいた彼女はようやく反論しようとしたが、
「ダサ過ぎんだよォッ! タイロンッ!」
「っ!」
エドラドは力任せに机に拳を振り下ろし龍帝タイロンを一喝し、あまりの剣幕に彼女は格下の相手であるというのに身をすくませ何も反論出来なくなってしまった。
けれどそれも当然だ。
血筋だけで帝王となった自分とは違い、持たざるものであったエドラドは血のにじむ様な努力の果てに自らの手で王の座を掴み取った真の覇王だったのだから。
盟主である龍帝タイロンがアシュラッドと共謀し最大の禁忌を犯した――その衝撃的な事実に絶句していた領主たちはようやく重い口を開いた。
「タイロン様……あなた様は聖地ニライカナイでなんて事をしてくれたのですか!」
「これはちょっと私にも庇いきれませんね。よりにもよって毒鉄砲で禁足地を穢すなんて。龍帝タイロン様じゃなきゃ満場一致で御家取り潰しになってましたよ」
「ハニヤス!? 刑部狸!?」
それは言うまでもなく糾弾の言葉であり、盟友でもあるハニヤスと刑部狸が真っ先に冷たい眼差しを向けてしまう。
「タ、タイザン! お前はどうなのだ!」
「影として動くのが忍びの役割ですので私から何かを言う事はありません。ですがどうせならば副頭領のミドウではなく私に直接話してほしかったですね」
「っ」
狼狽えた龍帝タイロンはすぐにタイザンの顔を見てしまったが、先代から仕えている忠臣ですら龍帝タイロンに苦言を呈してしまった。
四面楚歌となった絶対的な君主の惨めな光景を散々眺めたエドラドはほくそ笑み、冷淡に愚行の代償となるペナルティを通告した。
「お灸を据えるわけじゃないっすけど軍事転用出来そうな製品は当分輸出禁止にさせてもらいますよ。やべぇ奴にうちの商品を売るわけにはいかないっすからねェ」
「馬鹿かエドラド!? デルクラウドとナーゴは長い付き合いだろう!? そんな事をすれば山猫重工にも莫大な損失が出るぞ!?」
「うちは他にも販路があるんでそっちほどは困りません。文句があるなら自分の所で作ったらいいじゃないですか。伝統しか取り柄がなくてロクな産業もないデルクラウドには無理でしょうがねぇ」
「ぐっ……!」
エドラドの通達は実質的な経済制裁であり、工業力に乏しいデルクラウドにとっては死活問題だった。
ただでさえ王として未熟な彼女は領民から不信感を抱かれているのに、このまま経済が悪化すればおそらく民衆からの支持にも多大な影響を与えてしまうだろう。
「マンプク! お前はどうなのだ!? お前は私を見捨てないよな!?」
「え? ぼく?」
龍帝タイロンは最後の望みを託しマンプク伯爵に縋り付く。けれど彼はシュンとしながら彼女に告げた。
「ぼくのところでつくってるたべものがなくなったらデルクラウドのみんなはおなかがへっちゃうだろうし、いままでどおりおつきあいをつづけるけど……それいじょうのことはできないかなあ。ごめんね」
「マンプク伯……!?」
だが仁君とされるマンプクですら龍帝タイロンの味方になる事はなく、龍帝タイロンはあまりの絶望に精神が崩壊しそうになってしまった。
「何故だ……私は……」
龍帝タイロンは自らの行いをひどく後悔した。
こんなはずではなかった。
アシュラッドの支配者と取引をして重責から安易に解放されようと願うべきではなかった。
けれど信頼が地に落ちた今、今さら何を言った所で苦しい言い訳にしかならないだろう。
何よりも自分の浅はかな考えで先祖代々から受け継いで来た龍帝タイロンの名前に泥を塗ってしまった事が、彼女は悔しくて仕方がなかった。




