4-206 桜の舞い散る終末、智樹とヒカリの選ぶ未来
親睦会を終え諸々の調整がひと段落し、俺はヒカリと希典先生と共にロケハンがてら崎陽エリアをうろついていた。
「るんたったー」
「んでついでにマタベエもと」
「ともきくんといっしょにいるのー。えへへー」
「ぬおっ」
そして相変わらずマタベエも金魚のフンの様について来て、甘えた声を出して背中に抱き着き寄生する。
ただ少し前ならともかく人間の姿になった今のマタベエは結構な重さだ。
後は性別が未だにわからないっていうのもちょっとドキドキしてしまう。
人口が一気に増えたとはいえこの辺りに人はほとんどおらず、樹木に侵食された街はマタンゴさんを中心に魔物たちの住宅街となっていた。
「ウルトがいっぱーい。ふわふわできもちいいー」
「この辺って確か有名な桜があったよね。名所とかじゃないけど」
「被爆桜の原木の事か? マタンゴさんのぽふぽふパワーの影響なのかとんでもない事になってるけど」
戦争の悲劇を伝える被爆校舎は今は昔、建物全体がウルトの樹に侵食されマタンゴさんの集合住宅になってまるで一つの大樹の様になっている。
半分くらい原形はとどめていないけどこれはこれで心を揺さぶられる光景だ。
俺はしっかりと彼等が護り続けた桜の力強さと美しさを目に焼き付けた。
ヒカリは優しい目でマタンゴさんが群がるウルトを見つめ、ふとこんな事を言った。
「被爆桜はいろんな所に株分けされたけど、そういえば昔誰かに火をつけられて燃やされるって事件があったっけ。今思えばあれも世界が変わっちゃったきっかけの一つだったんだろうなあ」
「ん? そんな事件あったか? なんだかあった気もするけど」
「うん? どうだっけ?」
「まああったとしても検閲が入るか、今のご時世じゃ」
「それもそっか」
俺は記憶のタンスから該当する情報を探したが見つからなかった。
ヒカリもうろ覚えだったしこれは単なる記憶違いなのかもしれない。
「でも昔の人は平和の像を撤去したくらいだし、被爆桜を燃やしたり切り倒したりしてもおかしくないだろうね」
「だな。もしかしたら夢の落方ってそういう意味だったのかな」
「かもね」
もしも夢の落方が平和の象徴である被爆桜が枯れる事を指しているのなら、それは人々の心から平和を願う想いが消え去るのを比喩したものなのだろう。
俺はずっと夢の落方が核ミサイル攻撃の類だと思っていたけど、もしかしたらそういう意味もあったのかもしれない。
「ニライカナイ、被爆桜、安仁屋首相の葛藤、夢を追い続けた鍋島竜胆、マタンゴさん……シナリオに使えそうなのはこの辺かな」
「初の共同制作だからいい作品にしないとね! 頼むよ、夢桜しばえもん先生!」
「プレッシャーになるからあまり期待しないで待ってくれ。もちろんちゃんと書くけどさ」
今までは好きに書けばよかったが、今回は身内とはいえアニメ制作の原作者兼脚本家として作品を作らなければならない。
それに何よりも俺は夢破れて散っていった人々の想いを無駄にしたくなかった。
作品を書く事は弔いでもあり、俺なりのケジメでもあったからだ。
「うんうん、良きかな良きかな。気合が入っている様で先生も嬉しいよ。時代考証とかをしてほしければいくらでも力を貸すよぉ」
二人を題材にすると選んだと伝えた時、当事者である希典先生はとても嬉しそうにしていた。
「ありがとうね、智樹ちゃん、ヒカリちゃん。お陰で夢の一つを消し去る事が出来たよ」
人と異なる常世の存在であり他人にあまり興味を示さない彼にとっても、やはり安仁屋清河と鍋島竜胆は特別な存在だったのだろう。
彼は二人に関わる事で夢を託し、そして歪な形で失ってしまった。
今回の件はいわば荒木希典の壮大な尻拭いに巻き込まれただけとも言える。
だけど理不尽に巻き込まれただけだとしても、切なそうにウルトを見上げる希典先生を糾弾する事なんて俺達には出来なかった。
「それで? 俺っちは安仁屋清河に力を与えて間接的に終末戦争を引き起こしたわけだけどその辺はどうなの。やっぱり恨んでいたりするのかな」
「そうですね。正直なところまだ何も言えないですね。未だに先生がテロ事件の犯人かどうかもわかりませんし」
考えてみれば安仁屋清河という傑物が生まれ、誤認による京都への核ミサイル攻撃によって全てが始まったので、少し遠いが希典先生は間接的に俺の人生を奪った仇といえるかもしれない。
「新希典派の連中が求めているのは荒木希典という虚構の英雄だ。テロの真実はもうどうでもいいだろう。ただ一つだけ言える事は俺っちが世界を滅ぼした極悪人で夢を諦めきれない痛い奴だって事さ」
「……………」
夢を見る権利は誰にでもある。
けれど鍋島竜胆の様に誰かを不幸にしてしまう夢ならばそれは見ない方がいいのだろうか。
「それじゃあ希典さんの今の夢は何ですか。世界を変革して救う事なんですか?」
彼の夢はきっと多くの犠牲を伴うものなのだろう。
綺麗さっぱり諦め全てを終わらせろとバッサリ切り捨てるのも優しさなのかもしれない。
「俺っちはね、お前さん達に魔王を倒す英雄か、もしくは英雄を倒す魔王になって欲しいのさ」
魔王を倒す英雄と、英雄を倒す魔王。
それ一見異なるものだがその実よく似ていた。
希典先生が英雄であると同時に魔王である様に、善と悪は表裏一体なのだから。
「智樹ちゃん、ヒカリちゃん。もしも現実世界と異世界が戦争してどちらかしか生き残れないなら……二人はどんな選択をするつもりだい?」
希典先生は仮定というには現実味を帯びた問いかけをした。
もしかしたらそう遠くないうちにそうなるのではないか――俺もまたその可能性を危惧していたからだ。
「俺は戦争には基本関わりたくないですけどきっと異世界側に付くでしょうね。向こうの世界に護るべき価値があるとは思いません。親しい人間は別ですけど、少なくとも命を賭けたいとは思いません」
俺はさほど迷わずそう答える事が出来た。
俺にとって現実世界には辛い記憶しかなく、彼等のために戦う理由はほとんど存在していなかった。
もしも彼等が滅んだとしてもそれは自業自得によるものだ。
亜氷期や戦争などなくとも、サルよりも愚かな人類はどの道終末への道を突き進んでいただろう。
「私は何とかして両方が助かる道を探すと思います。向こうの世界には確かに見たくないものもたくさんあります。だけどそれに負けないくらい美しいものもたくさんあります。私はまだ希望が残されていると信じたいですから」
絶望に抗い続けるヒカリは模範解答を選択した。
もしもこれが上っ面だけの言葉ならば侮蔑していたけど、あれだけの経験をしてもなお悩む事無くそう言い切れるのは彼女が真に勇者だからなのだろう。
「それがお前さん方の今の考えか。俺っちに言わせればどっちもどっちだけど……その時が来たらちゃんと決めるんだよ」
「……………」
その時が来たら――おそらく決断が迫られる時はそう遠くないうちに来るのだろう。
その時に俺とヒカリは何かを犠牲にして何かを選ぶ事が出来るのだろうか。
「むにゃー」
「ふふ」
けれど俺達の葛藤を知る事もなく、俺の背中に抱き着いていたマタベエは暖かな陽気のせいで幸せそうに眠ってしまった。
こんなにも幸せな寝顔を見てしまえば難しい事を考えるのが馬鹿らしくなってしまう。
これから先どうなるのかわからない。
その先に待っているのは静かな滅びかも知れない。
けれど今はただ気の合う仲間と一緒に過ごして旅をしながら、何も考えずに自由気ままに小説を書き続けよう。




