4-205 NAROとの休戦協定の密約
かつて歴史を動かした英雄が贔屓にしていた料亭で、俺達はヒカリ達現代チーム、そしてNAROと共に今後の方針を決める話し合いをしていた。
「それで……NAROはどうするつもりなんですか?」
ムゲンパレス代表の俺は正座をして向き直り、NAROの代表者であるミトラさんに問いかけた。
出来れば無茶な事を言わないでくれるといいけど彼女にも立場がある。
もちろんここは長崎っぽいとはいえ外国みたいなものなので、思想や文化の弾圧とかをする理由も正当性もないし、流石にそんな事はしないだろうけど。
「現状現実世界も異世界も情勢は不安定です。その様な状況で急激な変化は好ましくありません。我々は戦争を終わらせるため、そして慎重により良い世界に変えるために行動するつもりです」
「それで誰かの大切なものが奪われても、ですか」
「はい。もちろん智樹さんや仲村渠さんの活動に対しては可能な限り黙認しますし、取り締まる法的根拠もありませんのでそこはご自由に上手くやってください」
「意外と適当なんですね。こっちとしては助かりますが」
異世界を外国の事例と適用して黙認する――実に官憲らしい答弁だがミトラさんは最大限譲歩してくれた様だ。
「アニマ法は実際の所抜け道も多いのです。例えば海外から投稿された問題のある映像を削除する事は可能ですが、それ以上の事は難しいのが現状です。手続きを経てプラットフォームやドメインを使用出来なくしたとしてもいたちごっこになるだけですね」
「随分とぶっちゃけますね」
「我々の仕事は戦争に不要なノイズを消し去り、都合の悪いものを見えなくして秩序を保つ事です。人々を救う事ではありませんから」
ミトラさんは冷淡な事を告げたが、彼女の事を理解した今ならば深い悲しみが宿っていた瞳から心の奥底にある葛藤がわかってしまう。
「我々とアシュラッドは協力関係にあるので今後もどこかでぶつかる可能性はあります。ですがもしもそうなった場合、可能な限り戦いを避ける様に力を尽くします」
「建前では敵同士のままでひとまず休戦協定を結ぼうって感じですか。まずはそこで妥協するしかなさそうですね」
どちらも戦いを望んでいない以上お互いの意志でぶつかる事はないと信じたかった俺は、話し合いの末密約を結んで互いに平和に向けて努力する様に約束した。
「もっと揉めるかと思ったけど意外とすんなり決まったね。そぉい! うぉおい!?」
「ニライカナイの一件である程度信頼関係が築かれていたからだろうな。飲み食いしながら投扇興をする程度に」
シリアスな空気はそこまで、会談の参加者はほぼほぼどんちゃん騒ぎをしており、ヒカリはゴリラパワーによる渾身の一撃で土台ごとバラバラにしてしまい絶叫する。
「うむ、見事な野分だね。投扇興はこうやるのさ」
「おー」
柳隊長はマイ扇を投げ見事な澪標を決める。
よくよく見ると扇には刃が取り付けられているのでこれが彼女の得物らしい。
「すげぇ、なんかかっけぇな!」
「普段から武器としても使っている得物だよ。仕込み武器の一種だがなかなか雅だろう?」
擬態させた武器は中二心をくすぐり、少年の心を持つリアンは刃が取り付けられた扇に興奮してしまった様だ。
「騒がしいね。折角いい酒があるんだからもう少し静かにしなよ」
「まあまあ、無礼講って事で」
イルマは鳳仙と一緒に飲んでおりパワハラ監督は笑いながら、
「ところで僕にお酌はしてくれる人はいないかな?」
「ハヒィ! ただいまッ!」
「いえいえ私がやりますッ!」
と呟くと颯爽と仲村渠夫妻がお酒を注ぎ始めた。
なんだか見てはいけない恐ろしいものを見てしまった気がする。
「無礼講なんだよね?」
「無礼講だよ? 僕の若い頃の武勇伝を聞きながら美味しいお酒が飲めるんだから皆も嬉しいよね? さあ、もっと飲みな。ビールなんてほぼ水みたいなものだろう? ちゃんとゲロを吐く様のバケツも用意しているからさ」
「ハヒィイイ!」
鳳仙はコンプライアンスを堂々とガン無視してアルハラ飲み会を開催する。
昔はこういうのが普通にあったらしいけど恐ろしい時代だったんだな。
「ここにこういうのを取り締まる組織がいるって事を忘れてないかなあ。法的根拠は無くても人としてちゃんと注意はするからね?」
しかし良識のある高倉隊長に普通に怒られてしてしまう。
楽しい飲み会にするためにもこのパワハラ監督には目を光らせておかなければ。
「はいはい、わかってるよ。なら問題になりそうなイッキ飲み程は止めておこう」
「後未成年への飲酒の強要もね。だけど……君はどっちなんだい?」
「ノーコメントで」
因縁がある高倉隊長にイルマはブスッとした顔で壁を作ってしまう。
もっとも官憲と反社だしこれが普通の関係ではあるだろう。
だけどイルマって本当に何歳なのだろう。
見た目は未成年くらいでタバコもスポスポ吸ってるけど、酒を浴びる様に飲んでいるTSオッサン幼女もいるからなあ。
「やっぱエロ担当とワンナイトボマイェしといてラッキーだったな! でもなんかいい扇だなあ~」
「エロ担当ではありませんしワンナイトボマイェもしていません。NAROの長官である私はポリコレとコンプライアンスを順守しています」
ミトラさんはニライカナイ編で変化した立ち位置を修正しようとする。
だけど本人は否定しているけどこのままそういう路線に行っちゃうんだろうな。
「なあヤナギ、それオレにも貸してくれよ!」
「ん? 素人が使うのは普通に危ないからやめた方がいいぞ」
次に投げる予定のリアンは姿勢を低くして狙いを定めたが、彼女の手には何故か柳隊長の刃付きの扇が握られていた。
「そぉぉおおいッ! あっ」
そしてリアンは力を込めて扇を投げるも力み過ぎたせいであらぬ方向に飛んでしまい、見事に料亭の柱にぶっ刺さってしまう。
「くぉらテメェ何さらすんじゃあああいッ! もふもふぅッ! こいつを出禁にしろォッ!」
「はしらにきずをつけたらだめよー!」
「ギャー!? まだシャモ鍋食ってねぇのに~!?」
「姐さ~ん!?」
リアンは怒り狂ったオトハが呼び寄せたもふもふ黒服によって店から放り出されてしまう。
だけどしばらくしたら歴史を伝える文化財として残りそうだ。
幕末の英雄はこの場所で酒に酔って刀を振り同じ様な事をやらかしたそうだけど、しょうもない所まで踏襲するなっての。
「何やってんだか。ホレ、しっかり食べりぃ」
「うまうま~、凄く美味しくてほっぺが落ちちゃうゾ!」
リンドウさんはこんな時でもお母さん役でお椀にシャモ肉をよそっていた。
この世界ではご馳走に相当するカンムリシャモの鍋をリアンの分まで食べられキーアはご満悦だ。
「ふふっ」
「あ、ミトラさんが笑ったよ!」
投扇興に飽きたヒカリはシャモ鍋をつつき会談に戻る。
だけどミトラさんの笑みは次第に寂しげなものに変わってしまった。
「ただ休戦協定の密約を結んだとはいえ確約は出来ません。この後の情勢次第では再び敵同士に戻るでしょう」
「そうですか? そんな事ないとは思いますけど」
「お二人も知っているのでしょう。我々がゾンビにまつわる全ての真実を隠していた事に」
「……………」
ゾンビなんてものは最初から存在しておらず、俺達はずっと無意味に戦い死に続けていた――。
そんな馬鹿馬鹿しい偽りの真実がまかり通っていたのはミトラさんやNAROのせいだけではないが、その一端を担っていたのは間違いないだろう。
「結局私もNAROもそちら側です。もしも我々が平和を乱しあなた方の夢を阻む敵になるというのなったのならば、どうかその時は躊躇わないで下さい」
彼女は所詮役割を与えられただけで本来はそちら側の人間ではなく、殺される覚悟をする必要なんてなかったはずだ。
こんな時代に出会わなければ俺達は普通に仲良くなり、普通に絆で結ばれた仲間になれたかもしれない。
「ミトラザァアンッ! ぞんなごどいわないでぐだざぁい!」
「うにゃ!? ヒヒヒカリさん!?」
しかし感極まったヒカリはミトラさんに抱き着き胸に全力で顔をうずめてしまう。
それはいろんな意味でインパクトがあり俺は思わず唾を飲み込んでしまった。
「うぉおおう……」
「無礼講とはいえ、って聖さんも見ていないで助けてくださいッ!」
本人は頑なにエロ担当を否定しているがやっぱりなんか違う。やはり露出の多さだけがエロスではないのだろう。
「ビシッとした服を着るからこそ感じるエロスも存在しますよね。だからこそ俺は強く主張したいです。ポリコレ関係なく水着みたいな服装は正直好みではないと。偉い人にはそれがわからんのです!」
「ファッキューッ! ポリコレ棒持ってこぉいッ!」
「ほいさっ! 景気の良い一発をやっちゃって!」
ミトラさんはコンプライアンスをガン無視する部下と、助ける素振りもない変態主人公に怒り狂いNAROが暴徒鎮圧に使うラバーブレード、通称ポリコレ棒を恋原隊長から受け取った。
「「ぎょえーっ!?」」
俺達は仲良く綺麗な放物線を描いて窓から放り出され、風情のある庭の池にドボンと沈んでしまう。
苔むした岩の上でお昼寝をしていたウーパは何が起こったのかわからずうぱ? と一瞬不思議そうな顔をしたが、またすぐに幸せそうに眠ってしまった。




