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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第四章 悠久のニライカナイ、黄昏の空を飛び続ける天龍【第一部4】

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4-199 ニライカナイの美しき遺産

 ……………。


 ………。


 …。


「つんつん」

「……………?」


 心地よい微かな温もりに微睡んでいると次第に蒸し暑くなり、俺の意識は熱気と頬への柔らかい刺激で徐々に覚醒していく。


「ここは……」

「おきたー」


 最初に視界に入ったのは好奇心旺盛な野生のマタンゴさんで、その次に見えたのは色鮮やかな南国の花々だった。


「身体も……元に戻ってる」


 俺は両手を見たがいつも通り貧弱な手でもふもふしていない。


 フサフサだった髪の毛もすっかりいつものツートンカラーのカツラに戻っており、内心ちょっぴりガッカリしてしまう。


 眼に力を込めても勝負を決した夢幻霊芝は発動せず身体が変化する事もない。


 あんなチートスキルが常に使えたらいろいろぶっ壊れてしまうからこっちのほうがいいけど。


 先ほどまでの戦いは夢だったのだろうか。


 ここは一体どこで、俺は何故ここにいるのだろう。


「っ」


 無骨なあばら屋で囲まれた花畑の中央には満開のウルトの大樹が咲き誇り、はらりはらりと薄い桃色の花弁を散らしていた。


 マタンゴさんやマジムン達はきゃっきゃっと無邪気にはしゃぎながら花畑を駆けまわり、時が止まった天国の様な世界で幸せなひと時を過ごしていた。


 ウルトの大樹は壊れた器具で固定されていたが、かつてこの場所には世界を滅ぼした『桜龍』が鎮座していたのだろう。


 けれど長い年月を経て文明の掃除屋のマタンゴさんによって跡形もなく分解され、今は見る影もなかった。


「マタベエ? 無事だったのか!」


 視線を下に降ろすと桜の大樹の根元で傷だらけのマタベエが幸せそうに眠っていた。


 彼は黄金のデミウルゴスの小箱を大事そうに抱え、俺の声に気付いてゆっくりと目を開けた。


「ともきくん……ぼく、ちゃんとまもったよ……」

「っ」


 傷だらけの彼がそう呟いた時、俺は何かを思い出しそうになった。


 ――ともきくん。


 ――智樹。


 前にもこんな光景を見た気がする。


 そう、あの時も誰かが桜の樹の下でこんな切ない笑顔をしていた。


 だけどそれがいつの事で誰だったのかはわからない。


 そもそも本当にあった記憶なのかどうかも。


 ひょっとしたら記憶違いで、ただの妄想なのかもしれない。


 けれど何もかも忘れてしまった俺はそれ以上思い出せなかった。


「マタベエ!」

「むにゃー」


 俺はすぐにマタベエの身を案じて駆け寄るが、彼は涎を垂らして幸せそうに眠っていたので安堵した。


 どうやら核ミサイルでも余裕で耐えられる最強生物というだけあって自爆ドローンくらいでは何ともならないらしい。


「前に話したよねぇ。マタンゴさんは核のゴミも分解出来るって。ニライカナイにはもう核ミサイルは一本も存在していないよ」

「希典先生」


 マタベエ無事を確認してホッとしていると先に辿りついていた希典先生が現れ、こうなった理由を微笑みながら説明してくれた。


「アシュラッドの支配者はニライカナイの遺産を手にしようとしたみたいだけど見ての通りさ。泡盛を飲みながら花見は出来るかもしれないけどねぇ」

「……いいんじゃないですか。きっと最高の酒が飲めるでしょうね」


 希典先生はきっと皮肉的な意味合いで言ったのだろう。


 だけどこんな優しい場所で飲む酒はきっと涙が出る程に美味しい最高の美酒となるに違いない。


「たくさんぽふぽふしたのー」

「みんなでおはなばたけにしたのー」

「きれいでふわふわでじまんのおうちだよー」


 住民のマタンゴさんは自分達の行いを理解出来ないまま我が家を自慢する。


 俺は彼等が愛おしすぎて思わず抱きしめてしまった。


「ありがとう……本当にありがとう……っ!」

「どういたしましてー?」


 おそらくマタンゴさん達は何故感謝されているのか全く理解出来ないのだろう。


「ないてるー? かなしいのー?」

「わわっ、けがしてるよー。ぽふぽふするねー」

「いたいのいたいのとんでけー」


 彼等は泣き崩れる俺をどうにかして慰めようと、胞子を振りかけ幸せな気分にしようとした。


 だけどそんなものは必要ない。


 ずっと求めていた景色をようやく見る事が出来た俺は、人生で今まで生きてきた中で最も幸せだったからだ。


 ひとしきり思う存分泣いた後、希典先生は涙で顔がぐちゃぐちゃになった俺に告げた。


「智樹ちゃん。お前さんにはまだやるべき事が残っている。黄金のデミウルゴスの箱を開けるんだ」

「……はい。でもこれは……あれ?」


 俺は彼の指示通り黄金のデミウルゴスの箱を開けた。


 すると最初に星のかけらが入っていた箱が開いた様に、こちらも力を籠めずとも簡単に開いてしまった。


「デミウルゴスの箱を開ける条件は対象の正体を認識する事だ。今回は天龍リンドヴルムの正体を認識してやっつけたから開く様になったわけだね」

「そうだったんですか」


 おそらく最初のデミウルゴスの箱は、デミウルゴスの神話がデマを表していると気付いたから開けられる様になったのだろう。


 だけどこっちには何が入っているのだろうか。


「これは……電子辞書? いや、エニグマ暗号機か?」


 黄金のデミウルゴスの箱の中には電子辞書の様な、あるいは先の大戦でナチスドイツが用いたエニグマ暗号機らしきものが入っていた。


 こんな精密機器は経年劣化ですぐに駄目になりそうだが、まるでつい最近箱に入れられたかのように新品同様だった。


 考えてみれば星のかけらも海の底にあったのに普通に食べられたし、この箱自体が神代に作られたオーパーツの類なのかもしれない。


「見た目はそれっぽいけど電子辞書な訳ないでしょうに。これは回想でも出てきた核ミサイルの自爆プログラムや発射コードを書き換える装置だよ」

「そうですか、これが」


 核ミサイルの自爆プログラムと発射コードを書き換える――それは核抑止論を崩壊させ戦争を根本から変えてしまう兵器だ。


「んで、ここが大事なんだけど……やろうと思えば世界中の核ミサイルを粗大ごみに変えたり、一斉にぶっ放したりって事も出来るよぉ。ネットワークに接続しているとかそういうも一切関係なくね」

「ッ!?」


 希典先生は不敵な笑みを浮かべてこの兵器の真価を伝えた。


 つまりこれがあればたとえ何千発もの核ミサイルを保有していたとしても、一瞬でただの危険なゴミに変わってしまうという事だ。


「だから瀬田直子は異世界までやって来て血眼になってこれを回収しようとしたんですね。苦労して集めた核ミサイルが使い物にならなくなるわけですから」

「発射コードとか自爆プログラムがない核ミサイルには意味はないけどねぇ。それでも大きな痛手には違いないだろう。ちょいとテーブル借りるよ」

「いいよー」


 希典先生は小型のノートパソコンを取り出し、マタンゴさんに許可を貰って切り株のテーブルの上に置いた。


 彼は素早くカタカタとセッティングしてケーブルを取り出し、いつでもニライカナイの遺産と接続出来るように準備をした。


「向こうの世界のインターネットと繋げた。どうすべきかは智樹ちゃんが決めな。それを使えば世界を思うがままに作り替える事も出来るし滅ぼす事も出来るだろう。もちろん選ばないという選択もあるよ」

「……そうですね」


 この装置を使えば全てではないが、向こうの世界に存在するほとんどの核ミサイルを無力化し、瀬田直子にも一矢報いる事が出来る。


 望めば核ミサイルを撃って破壊者となる事も、脅迫して大国を言いなりにさせる事も出来るだろう。


 それはディストピアに他ならないが、それも平和の一つの形と言えるのかもしれない。


 俺は熟考の後重すぎる決断を下し、ニライカナイの遺産とノートパソコンを接続して管理者権限を実行した。


「っ」


 すると世界はクガニナーの祠を起点に黄金の光に包まれ、神の起こした奇跡の様な美しさに俺は思わず息を飲んでしまった。


 海も、空も、大地も。


 全てが黄金に煌めき、人類の負の遺産によって犯されたニライカナイの呪いは消え去っていった。


「わー!」

「きらきらー!」

「きれーい!」


 神秘的な光景に興奮したマタンゴさんは飛び跳ねて大はしゃぎをした。


 核兵器が何なのかもわからない彼等はこの光が世界にどの様な変化をもたらすのか何もわからず、ただ美しいだけのものだと考えているのだろう。


「それがお前さんの選択か。世界はどうなるんだろうねぇ」

「わかりません。けど……たとえエゴだとしても俺はこうしたかったので」


 結局のところこの決断を下した一番の理由は感情に由来するものだ。


 おそらくこんな合理的な判断が出来ない人間にだけはこの遺産を使わせるべきではなかったのだろう。


 この世界はそう簡単なものではない。


 俺は確かに核兵器が憎くて仕方がないが、だからこそその功罪も知っている。


 地球上ほぼすべての核兵器を使えなくした俺の行為はより深刻な結果をもたらし、終末時計の針を進めただけなのかもしれない。


 けれど俺は多少荒療治になったとしても、世界はささやかな天罰で少しだけ優しいものになると信じたかったんだ。

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