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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第四章 悠久のニライカナイ、黄昏の空を飛び続ける天龍【第一部4】

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4-198 VS 龍宮国際大学客員教授 『戦争の母』 鍋島竜胆

 俺は呼吸を整えて神経を研ぎ澄まし、膝を地面につける程に姿勢を低くして静かに同田貫の柄に手をかけた。


 鬼と化した鍋島竜胆を倒し、大災厄から続く悪夢を断ち切るために。


 素早く踏み込み鍋島竜胆へ一撃必殺の抜刀術を放つと、膨大な力の奔流が俺達を中心に渦巻き、互いに耐え切れず吹き飛ばされてしまう。


 俺と鍋島竜胆は互いに後退して次なる一手に備える。


 だけど俺はしばらくして自らの肉体の変化に気付いてしまった。


「これは!?」


 両腕は鋭い爪が生えた獣の様に力強いものに代わり、鋭い牙と巨大な尻尾が生え、どういうわけか俺の肉体は貧弱な人間の肉体から狸の様な姿に変貌していた。


 病気の影響で抜け落ちた髪もすっかり歌舞伎役者の様にフサフサになり振り回せるくらいの毛量になった。


 ハゲからすれば正直これはちょっぴり嬉しい変化である。


 小児科病棟にいた頃髪の毛の神社に行った時にヒナがそんな感じの冗談を言ったが、まさか時を経て彼女の願いが叶ったというのだろうか。


 しかし頭に生えた二本の角は何だろう。


 あまりタヌキ要素はなくどちらかと言えば鬼っぽいが、じいちゃんが桃太郎という名前だからそれに由来するのだろうか。


「星のかけらで強化されたのか? それともマーラの触手を食ったせいか? まあいい!」


 心当たりがあるとすればその二つだが、まさかタヌキっぽい俺が本当にタヌキの様な見た目になるとは。


 小豆島に縁があるばあちゃんは昔刑部狸を襲名したとかそんな与太話を話していたけどあながち間違いではなかったのかもしれない。


 同田貫も怪しい光を放っているし原理はわからないが全体的に強化されたのだろう。


 いずれにせよ鍋島竜胆と決着をつけるためにこの力を使わない手はない。


三千さんぜんがらすッ!」


 黒雷を纏った同田貫を一振りすると無数のカラスの様な黒い衝撃波が飛び、空中を飛ぶ鍋島竜胆に対しても有効打となる。


 しかし彼女はカラスの衝撃波が直撃しても一切気にせず素早く飛びかかり、鋭いヒレを振り回し連続で切り裂き攻撃を放った。


「アタシは何もかもを犠牲にしたッ! 何もかもを失ったッ! 今更戻る事は出来ないッ! アタシは他の何を犠牲にしてでもあの場所に辿り着かないといけないんだッ!」

「なら俺はッ! あんたの想いを踏みにじって未来を切り開くッ! あんたの想いを踏み台にして夢を叶えさせてもらうッ!」


 互いに譲れないものがある以上話し合いで解決する事は最早不可能だ。


 俺達は刃にありったけの想いをぶつけ激しい剣戟音を奏でながら互いに叫んだ。


 鍋島竜胆は素早く移動して距離を取り急接近して強烈な切り裂き攻撃を放つ。


 放たれる攻撃の全てが致命傷になりうる攻撃でありほんのわずかでも油断してしまえば命はない。


 彼女の夢への強い執念は同田貫に宿ったじゅすへるの呪いを糧にし、弱体化すればするほどより凶悪な鬼に変貌してしまう。


 強い想いは時として人を鬼に変貌させるが、人ならざる怪異となった鍋島竜胆にとってこんなものは何の意味もないのだろう。


「アタシの夢は誰かの不幸の上に成り立っている……わかってるさ、アタシがどうしようもないクズの夢追い人だって事は……だけでそれでも夢を諦められない……諦められるわけがないんだよォッ!」

「ッ!?」


 空中に移動した鍋島竜胆は両腕を歪なレールガンに変化させ、天龍リンドヴルムと同じ様に破壊光線を放った。


 射線上に存在するものは跡形もなく全て消し飛び、地形が変わる程の破壊的な威力だった。


 もしもこんな攻撃を食らえば掠っただけでも即死だろう。


 このままチャンバラを続けても勝てるかどうか怪しい。


 だけど俺はどうすればこの戦いに勝つ事が出来るのかその方法を知っていた。


 臆病な俺を修羅の世界で導き続けた頼れる生存本能は、どの様な行動が最適解をもたらすのか直感で理解させる。


 かつてこの世界で戦った神代の英雄もきっと同じ思考回路の持ち主だったのかもしれない。


夢幻霊芝むげんれいしッ!」


 俺はサイコジャックを発動する要領で目を見開き新たに使える様になった力を行使した。


 卑怯でも俺が生き延びるためにはこうするしかなかった。


 戦場は霊芝きのこが生えた美しい桜が咲き誇り幻想的な空間に変貌する。


 それは戦場には似つかわしくない美しさだったが、人の屍を糧にして咲き誇る桜にとっては相応しい光景だった。


 霊芝の胞子と舞い散る桜吹雪は全ての者を春の夢に誘い、鬼女となった鍋島竜胆すらも飲み込んでいく。


「くッ!」


 鍋島竜胆は何が起きているのか理解出来なかったがヒレの刃で俺をズタズタに切り裂いた。


 けれど切り裂かれた幻影は桜の花弁となって消え去り鍋島竜胆は攻撃すべき相手を見失ってしまう。


 この空間が俺によって支配されたものである以上、最早彼女にはどうする事も出来ないのだ。


「竜胆さん。もう疲れたでしょう。無理をせずにゆっくり休んでください」

「黙れッ! アタシは、アタシはァッ!」


 俺は優しく語り掛け無意味な戦いを終わらせようとしたが、彼女は決して敗北を認めなかった。


 鍋島竜胆は桜を切り裂きどうにかして幻影の世界から逃れようとするが、桜は無数に存在するので何の意味もない。


「……すみません」


 やはりこうするしかないのか――俺は嘆息して刀を構えた。


 彼女は音だけは認識できたがやはりどこにいるのかわからず、必死で音が聞こえた場所の辺りを攻撃する。


 視覚だけではない。


 この音も幻によって作り出されたものだ。


 けれど彼女はその事に全く気付かなかった。


「ああッ!?」


 桜の根元から生えた根っこは鍋島竜胆に絡みつき動きを拘束する。


 全ては夢幻であり実際はこれもそう認識しているだけなのだが、夢に囚われた彼女はもう逃げ出す事は出来なかった。


 ここは偽りの世界で本物の鍋島竜胆は既に死んでおり、原初の泥によって想いの残滓が擬態しただけの亡霊に過ぎない。


 だからこれは人を殺すわけじゃないのだと俺は必死で言い聞かせた。


 相手は人間ではなくゾンビであると、戦争を正当化した彼等や父さんの様に。


 再度膝が地面に付く程に低い姿勢となり、素早く踏み込んで急接近する。


 迷えば互いに苦しむだけだ。一瞬で決めろ!


「ッ!?」

「終わりですッ!」


 俺は抵抗出来ない彼女に逆袈裟斬りの一太刀を浴びせた。


 それは疑似的ではあるが、初めて誰かを殺した瞬間だった。


「ア、アアア……いやだ、アタシは……あのばしょに……いかなくちゃ……アタシは、アタシは……」


 鍋島竜胆は擬態を維持出来なくなりどろりどろりと腐り落ちる様に肉体が崩壊していく。


 けれど彼女は絶望してもなお世界に留まろうと足掻き続けた。


 だが夢が潰えたその瞬間、切なくも優しい救済の光が世界を包み込む。


「アルリ……サトシ……」


 そこにあったのは天国でも地獄でもなくどこにでもある小さな一軒家だった。


 戦争の母と呼ばれた鍋島竜胆が最期に望んだものは地位でも名誉でもなく、愛する我が家に帰る事だった。


 夢の彼方の世界で母親の帰りをずっと待ち続けていたアルリとサトシさんは、家の扉の前で優しく微笑む。


「待って……今……いくから……」


 存在が消滅しかけた鍋島竜胆は最期の力を振り絞り、地べたを這いつくばりながらも我が子に手を伸ばし続ける。


 けれど辿り着く事なく力尽きそうになった時、二人は手を差し伸べて戦い抜いた母親を優しく抱きしめた。


(もういいんだよ、お母さん)

(おかえり、母ちゃん)


 愛する家族は何も言わずに無際限の愛を与え、果てしない宇宙の様にあらゆる痛みも罪も何もかもを受け入れた。


「ああ……ずっとまたせてごめんね……おかあさん……やくそく……まもれたんだね……」


 それは所詮桜が見せた幻に過ぎなかったが、戦争の母と呼ばれた鬼女鍋島竜胆は最期にただの鍋島竜胆に戻り、儚げに微笑んで消えていく。


 そして鍋島竜胆の消滅と共に世界も光に包まれ、空に恋焦がれた彼女の想いは舞い散る桜の花弁と共に、春の夜の夢の様に消え去っていった。

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