4-194 VS ニライカナイの守護神 機神クルガネザーシー
安仁屋首相と一騎打ちになっても私の攻撃パターンは何も変わらない。
近付いて圧倒的な怪力で殴る、シンプルイズベストな最強ゴリ押し戦法だ。
「うおりゃー!」
「ちょ、ヒカリ! 力任せにやっても……!」
『ふん!』
「みゃ!?」
「こうなるからさあ」
けれどワダツミは触れる事すら出来ず手首を掴まれ最小限の動きで投げ飛ばされ、オチがわかっていたノミコちゃんは頭を抱えながら影の手シートベルトで私を抑えつけた。
「御殿手ですか……!」
『琉球王朝に伝わる一子相伝の護身術だ。攻めるのには不向きだが君の様に馬鹿丸出しで突っ込んでくるだけの奴との相性はいいだろう』
さっきもリアンの機神兵が放り投げられたけど、安仁屋首相の戦闘スタイルは御殿手と琉球空手をベースにしたものだ。
『相手の力を利用し、敵は自らの力で自らを滅ぼす。ある意味最も戦争に相応しい武術だ』
これが人間同士の試合なら安全な畳の上に倒されそこまでダメージはない。
だけど機神兵は転倒すれば自重によってそれだけでダメージを受けてしまう。
相手を投げるにはまず投げられる場所まで接近し、そして投げる側にも高度な技術と投げ飛ばせるだけの性能が求められる。
実際の戦場でそんな事をする人は、というか物理的にほぼ不可能なので投げ技を想定して機神兵は設計されていない。
だけど言い換えればもし投げられたらそれだけで致命的なダメージになってしまう。
つまり投げ技は機神兵にとって最も食らいたくない技なのだ。
『空手に先の手無し。琉球空手も本来は護りの武術であり、今の時代の空手は普及させるために見栄えを良くし安全になる様に改良したスポーツだ。君の力任せの戦い方は私に通用せんよ』
「むぐぐ……こんな物理的に武闘派な総理大臣がいてたまるかー!」
「だーかーらーヒーカーリー!?」
私は安仁屋首相の忠告を無視して突進し、やはりリプレイ映像の様にポイっと放り投げられてしまう。
「ぎゃぼー!?」
『君は馬鹿なのかね』
うう、滅茶苦茶警告音が鳴ってワダツミも学習しない私に怒っている。痛い思いをさせてごめんね。
『最近は丸くなったが若い頃は乱闘担当大臣と揶揄される程度に好き放題したという自覚はある。世界広しと言えど自分の国の首相をバックドロップで放り投げた若手議員は私くらいだろうな。それで気骨のある若者と認められ覚えが良くなったのだが』
「昭和自由過ぎません!? バックドロップで出世って当時の日本ってそんなバイオレンスな世界観だったんですか!?」
安仁屋首相は若かりし頃のトンデモエピソードを語った。
元プロレスラーの我那覇総督といい、沖縄の政治家にはこんな血の気の多い人しかいないのだろうか。
『時代背景もあり当時は乱闘もさほど珍しくなかったがね。最近は政治家も批判を恐れてあまり乱闘をしないが私に言わせれば政治家は乱闘をして初めて一人前だ』
「国会って言論の府ですよね? プロレス会場じゃないですよ?」
彼の理想の政治家論は本に書けない程度になかなか独特だった。
後に悪用される事になったとはいえ人権を尊重するアニマ法を作ったくらいだし、安仁屋首相って真面目な人と思っていたけど意外と破天荒な人だったらしい。
「もしも我那覇総督と中身が入れ替わっていても誰も気付かないでしょうね。キャラも被ってますし実は生き別れの兄弟とかそういうアレだったり」
『……………』
「え? その間は何ですぎょぼ!?」
だけど冗談でそんな事を言うと安仁屋首相は無言で強力な正拳突きを放ってワダツミを吹き飛ばした。
『何か言ったかね?』
「……生き別れの兄弟。隠し子的な?」
『中らずと雖も遠からずだ。確かに私自身は養子なので少しばかりややこしい出自ではあるがね』
「あ、ぞぞ、ソーデッカ! なんかザーゼン!」
昔の政治家は大体隠し子がいるってイメージがあるけど、もしかしたら墓場に持って行くようなタブーなのかもしれない。
うん、これについて詳しく聞くのは止めておこう。
『別に気にする様な事ではない。昔は養子縁組なんぞ珍しくもなんともなかった。生きる術を持たない孤児から、没落したとはいえ琉球王朝の王族だった家の養子になった私はかなり恵まれていたほうだろう』
「ははあ、それで安仁屋首相は一子相伝の秘伝の武術を」
『そういう事だ。唯一の後継者が空襲で死んで途絶えそうになり、失われた御殿手を復活させ後世に語り継ごうという目論見もあったらしい。見ての通り私は武術の才に恵まれていたのでねッ!』
「ととっ!?」
拳で語り合うとは言うけれど肉弾戦と話し合いを同時進行でするのは結構大変だ。
私は咄嗟に手で防いだけど、なんとタイミングが合い力を弾き返して安仁屋首相を怯ませてしまった。
『その動きだ』
「え」
今安仁屋首相は何を言ったのだろう。
まさか私を褒めてくれたのか。
途中から殺気が消えてるしまるでスパルタな稽古をつけてくれているだけの様な。
『稽古は厳しかったがそれ以上に深い愛情も与えられた。一度消失の危機に瀕した御殿手は多くの人の想いによって受け継がれた。政治の世界を選んだので結局後継者にはならなかったが、私は御殿手を通じて人生に必要な多くの物を手に入れたよ』
一子相伝の武術――それはフィクション作品では好まれるけど、現実ではすぐに途絶えてしまう脆いものだ。
誰かが歴史や文化を残そうと強く願って行動しなければ、伝統のある御殿手も歴史とともに消えて忘れ去られてしまっていたのだろう。
『ふんッ!』
「せいッ!」
次第に安仁屋首相の動きが読める様になり相手の攻撃に合わせられるようになる。
拳と拳がぶつかり合い、ほんのわずかだけれど私はボディに一撃を与える事が出来た。
『ぐっ』
「って、安仁屋首相!? 大丈夫ですか!? なんかバチバチ言ってますけど!?」
だけど戦う前のボディプレスや、あるいはそれより前のダメージが蓄積していたせいか、損傷した場所からスパークが放たれてしまう。
「安仁屋首相って本体はどこなんですか? まさかクルガネザーシーが本体とか」
『ただの歳のせいだ。君が気にする様な事ではない。遠慮せず好きな様に戦え』
「は、はい!」
データとしての存在になってしまった安仁屋首相にとって保存している媒体が損傷して壊れてしまう事は死を意味する。それは私にも当然わかっていたからどうしても躊躇してしまった。
『それに最早生に対する執着はない。今回の戦闘で受けた傷が原因でデータが永遠にロストしたとしてもそれは私の自業自得だ。私が沖縄を滅ぼす原因を作ったあの狂人と……瀬田直子と手を組まなければこうなる事はなかったのだから』
機械の肉体になったとしてもそれは決して不老不死じゃない。
人より長生きは出来るけど、結局長い年月でいつかは壊れてしまう。
それこそ人類が滅んだとしても自らの意志で死ぬ事も出来ず、孤独に生き続けなければならないのだろう。
『核ミサイルと八咫鏡を作り、世紀の悪法であるアニマ法を生み出し、私は平和を語りながら結局矛盾した存在である人間の業からは逃れられなかった』
だけど安仁屋首相はむしろそうなる事を望んでいた。
日本を終末戦争に巻き込み、稀代の暗君と呼ばれた彼はずっと罪の意識に苦しんでいたんだ。
彼が沖縄を護ろうとしたのは故郷を愛していたからではない。それはきっと故郷を滅ぼしてしまった罪悪感が理由なのだろう。
『仲村渠ヒカリ君。どうか君の手で罪深い安仁屋清河という人間の生涯を終わらせてくれ。君の様な未来ある若者に負けるのならば私は本望だ』
「安仁屋首相……」
永遠にも似た孤独な生に苦しみ続けた一人の人間は自らの死期を悟り、こんな若輩者の私なんかを後継者に選んでくれた。
悔しくないと言えば嘘になる。
悲しくないと言えば嘘になる。
「……わかりました。私は沖縄を誰よりも愛した貴方の想いを受け継ぎます!」
だけど私は覚悟を決めて構えた。
拳で語り、互いにすべての想いを伝えあうために。
「ノミコちゃん、無茶をするからカバーお願い!」
「わかってるよ。好きなだけ思う存分やっちゃって!」
私はノミコちゃんに協力を仰ぎ、我武者羅にタックルして馬鹿の一つ覚えのゴリ押し殺法で挑んだ。
『ぬるいッ!』
鋼の拳と拳をぶつけ合い、そのたびに投げ飛ばされ、そのたびに立ち上がり。
多少のダメージは根性で何とかして、ひたすら泥臭く乱打戦を繰り広げる。
だけどこれだけじゃ駄目だ。
流石にゴリ押しだけじゃ安仁屋首相は倒せない。
安仁屋首相が最も得意とするのは御殿手による強烈なカウンターだ。
一度術中にはまったが最後、流れる様に投げ飛ばされ重すぎる体重がそのままダメージに変換されてしまう。
だけどワダツミ以上にクルガネザーシーは超重量級だ。
もしもあれを投げ飛ばす事が出来るのなら――。
(よし)
達人相手に狙って出来るものではないだろうけど試す価値はある。動きを見切って――!?
「あぐっ!?」
『狙いは見え見えだ、阿呆が』
だけどそう簡単にはいかず、私はまたしてもくるんと放り投げられてしまった。
やはり一度か二度技を見た程度の付け焼刃ではどうにもならないらしい。
「だとしてもッ!」
それでも私は何度も立ち上がりカウンターを狙い、また何度も投げ飛ばされる。
痛みが蓄積する度に彼の想いが伝わりとても心地よい。
一度で成功しなければ何度もチャレンジすればいい。
私は持ち味のゴリ押しとド根性なら誰にも負けないという自信がある。
勝利するためには自分の得意分野を相手に押し付けるんだ!
そして反撃のチャンスが出来――私はすかさずクルガネザーシーの腕を力任せに掴んだ!
「ゴリ押し取手ッ!」
『ッ!?』
それは美しさのかけらもない、関節の動きや相手の力もそんなに利用していない、おおよそ御殿手の技とも呼べない力任せの荒々しいものだった。
もしもこれが御殿手と言えば本家の人に怒られてしまうだろう。
だけどこの技に宿った沖縄への想いだけは本物だ。
黒鉄の守護神は空中で一回転し、激しく地面に肉体を叩きつけニライカナイの大地に激震が走る。
ワダツミの怪力と相手の重すぎる自重はそのままダメージに変換され、満身創痍のクルガネザーシーにとって致命的な一打となった。
「はあ、はあ、どうですか……!」
『粗削りだな……だが悪くない……』
安仁屋首相は歪な声で呻いたけどそれはどこか清々しく、果てしなく広がる悠久のニライカナイの群青の空を見上げた。
そして彼はそれっきり動かなくなり機能を停止してしまう。
データの存在である彼が死んでしまったのかまだ生きているのかはわからないけど、大破したクルガネザーシーはもう動く事はないだろう。
「お疲れ様、ヒカリ」
「にゃふ」
全力の一撃で力を使い果たしてしまったのでこれ以上は私も動けそうにない。
私は脱力して母性溢れるノミコちゃんの温もりに身を委ねた。
後は頼んだよ、智樹、リアン。
この無意味な戦いを終わらせて平和を取り戻して、生きて帰って皆で一緒に帰って美味しいものを食べようね。




