4-185 黄金のデミウルゴスの箱の番人
黄金のデミウルゴスの箱の開け方がわからなかった俺達は部屋の様子をうかがっていたが、注意深く観察せずとも周囲の変化に気付いてしまった。
「箱の開け方はわからんが、少なくとも宝の番人はいるらしい」
「みたいだね」
少しばかり遅れたが番人は遅れてやってくる。
床から湧き出た原初の泥はゴプゴプと蠢いて錆びついた装置の中に入り、怨霊が姿を見せるかの様に歪なホログラムが投影された。
『出ていけ……沖縄を穢すな……凪を乱すな……』
「安仁屋首相!?」
憤怒の表情を浮かべる歪なホログラムは老人の様な姿をしており、映像はかなり乱れていたが安仁屋首相であるとすぐに分かった。
「智樹、なんで安仁屋首相が……まさか幽霊?」
「ゴリゴリにSFだしそういうのじゃないだろ。きっと人格データをコピーしたとかそういう奴じゃないか」
その悍ましい姿にヒカリはオカルト的な物と誤解してしまった様だがこの空間自体が未知の科学の産物だ。
こういうのは人工人格とも呼ばれるが現代でも似た様な事は出来るし、これだけの施設を作れる程度の技術力があれば死んだ人間に永遠の命を与えるくらい容易いはずだ。
「ただ本人じゃないとしても想いは本物だ。こっちに来てから散々絡まれたからな」
初めてニライカナイを訪れた時、そしてマーラ戦後等、AI安仁屋は幾度となく俺の前に姿を見せた。
言うまでもなく安仁屋首相は悠久の平和を乱す異物を血眼になって追い出そうとしていたのだろう。
沖縄を愛し、沖縄と共に死んでいった彼は既にこの世に存在しないが、肉体を失ってもなお安仁屋首相は守護神としてずっと存在し続けていたのだ。
『貴様らが再び沖縄を奪うと言うのなら、地獄の業火で細胞の一欠けらも残さず焼き尽くしてくれるッ!』
湧き出た原初の泥はゴプゴプと擬態し羽の生えた異形のディーパが生まれる。
けれどその異形のディーパは俺の知っている人物とよく似ていたんだ。
「リンドウさん!?」
「羽の生えたディーパ!?」
きっとこのディーパはヒカリが出征船で出会ったものと同じ個体なのだろう。
彼女はリンドウさんを見た時勘違いしたが、確かに異形のディーパの随所にあの人の面影がある。
「そらをそらをぉお。あたしはぁあ、あのばしょにぃい、いかなくちゃああ。まままってるぅう」
「……違う。鍋島竜胆か」
もちろんリンドウさんはまだ生きているのでこのディーパは彼女ではない。
ならば消去法で彼女とよく似た鍋島竜胆が異形の姿となったと考えるのが妥当だろう。
「ぜんぶぜんぶなくしたああ。まって、まってまてて、あるりぃいい。さとしぃい。おかあちゃんそらをそらぉお、あきらめない、あきらめたくない、あきらめるものかあ」
羽の生えたディーパは泣きながらご機嫌そうに鼻歌を歌い、なかなか落ちない紙飛行機の様にふらふらと空中を飛んでいた。
彼女は自我を失ってもなお空に恋焦がれていた。
それは夢と呼べるかもしれないし、あるいは妄執と言うのかもしれない。
出征船では救助を行わずに脱出しようとした教官たちを皆殺しにしてヒカリを助けてくれたそうだ。
見た目こそ凶悪でも決して彼女は悪意のある存在ではないのだろう。
『鍋島竜胆ッ! 空を飛び続けたいのなら、君を地上に引きずりおろそうとする害虫を叩き潰せッ!』
「そら? そらそらそら、とびたいぃ! まだたどりつぃってないぃい! あのばしょにぃいい! ゆめのかなたにぃいい!」
安仁屋首相は鍋島竜胆に命じ、彼女は奇声を上げて剃刀の様に鋭い鱗を逆立てる。
その言葉は彼女にとってはまさしく逆鱗に触れる物だったらしい。
「リンドウさん……クソッ、やるしかないか」
人類が滅んだ後もニライカナイを護り続けた安仁屋首相も鍋島竜胆も倒すべき魔王ではない。
悪いのは土足で踏み入り悠久の凪を乱した俺達のほうだ。
「……あの時はありがとうございます、鍋島竜胆さん。貴女が私を助けてくれたから私はここにいます。どうか不義理な私を赦してください」
出征船で助けてくれた鍋島竜胆はヒカリにとっても命の恩人の様な存在だ。
恩を仇で返す形になり、彼女は唇をキュッと噛みしめて感謝と決意を述べた。
「安仁屋首相。同郷の大先輩として胸を借ります。どうか私の想いを受け止めてください。沖縄を護り切ってみせますから!」
『ガキの分際で舐めた口をきくなッ! 軽々しく正義を語るなッ! 軽々しく護り切るとほざくなッ! 貴様はこれっぽちも本物の戦争を知らないというのにッ!』
ヒカリの啖呵に安仁屋首相は激高し、それに呼応するかのように泥が湧き出てロボット兵器に擬態した。
ロボット兵器を召喚した安仁屋首相のホログラムは消滅し、再び電子の世界に身を潜める。
しかし彼はいなくなったわけではないのだろう。
何故なら彼の魂はニライカナイを守護する全てのロボット兵器に宿っているのだから。
彼等の想いを踏みにじる事になったとしても俺達は戦わなければならない。
大災厄から続く因縁を断ち切り、ニライカナイの遺産を巡る争いに終止符を打つためにも。




