4-182 終末戦争の残酷な真実
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世界の輪郭がはっきりとし、現実世界に帰還した俺とヒカリは肉体を取り戻したものの魂は失ったままだった。
全ての真実が明らかになり、希典先生は歴史の生き証人として最期の記憶の総括をする。
「話をまとめると……大型台風の影響で観測機器が壊れ、諸々の設定をミスって、人工知能が花火を核ミサイルと誤認して、軽く嫌がらせをするつもりが最大出力で防衛システムが作動して沖縄は壊滅したんだ」
八咫鏡の誤作動は様々な要因が積み重なった事で起きてしまった。
おそらく人間の都合なんて何もわからない軍用コクリは、軍事的緊張のある地域からミサイルの様なよくわからないものが大量に発射されたと認識したのだろう。
「もう気付いていると思うけどあの虹色の花火は改良型の猫弾Cボムと同じ奴が使われている。花火とミサイルじゃ弾道とかパターンは全然違うけど、誤作動と設定の誤りが組み合わさった結果ミサイルと認識してしまったんだ」
少し前にムゲンパレスでオンダコを倒した後、ハマグリンク製の猫型配膳ロボは改良型猫弾Cボムをミサイルと認識して自爆攻撃を行った。
猫型配膳ロボに八咫鏡と同じプログラムが組まれていたのなら、大災厄でも全く同じ事が起きてしまったのだろう。
「そして自動報復システムが作動し、八咫鏡のシステムを破壊する為に沖縄から京都へ核ミサイルが発射されたというわけだね」
全ての真実はあまりにも馬鹿馬鹿しく滑稽なものだった。
彼等もきっとこのような結果になるとは誰一人として予想していなかっただろう。
「サルよりも愚かな人間は過ぎたる玩具を使って自らを滅ぼしたのさ。これが人間の業によって引き起こされた大災厄の真実だよ」
大義も無ければ意味もない。
始まりの地ベロヴォーディエの真実は利益と権力を巡る支配者同士の不毛な争いだった。
ゾンビハザードは起きておらず、無能な人間が保身のためにその場しのぎでデマに乗っかっただけだった。
そして京都と沖縄を襲った大災厄は、メンツを潰された支配者による最強の盾を使った嫌がらせが、最強の矛によって破滅的な結果をもたらしたというものだった。
「……ゾンビは」
だけどまだ全ての真実を明らかになっていなかった。
俺は薄々わかっていたけど、最後に残された謎を解くために尋ねた。
「この世界にゾンビはいつ現れたんですか」
低体温症による錯乱。
帰還兵等の薬物中毒者。
飢餓による食人行為。
社会の混乱と理性を失った暴徒。
免疫力低下に伴うパンデミック。
回想の中でゾンビに近しいものは多々あった。
それらの何かが想いを具現化する原初の泥によって受肉し本当にゾンビが生まれ、世界の秩序が壊れて終末戦争に発展したのだと俺達はずっとそう考えていた。
「そうだねぇ。逆に俺っちのほうがずっとわかんなかったんだけどさあ」
だが俺の惨めな姿に希典先生はため息をつき、絶望に打ちひしがれ現実を直視出来ない俺達に告げた。
「ゾンビハザードが起きて世界が滅亡しそうになっている? 銃や近代兵器を使う知性のあるゾンビ? ゾンビを倒すために一致団結して戦って世界を救う英雄になれ?」
それは俺達が幾度となく彼等から聞いてきた言葉だった。
だけど今なら彼等がその言葉を言い続けた意味が分かってしまう。
「そんな現実で起こるはずのない荒唐無稽な話を、どうしてお前さん方は今まで一度も疑う事無く信じる事が出来たんだい?」
人類の敵であるゾンビなど最初からいなかった。
俺達はずっと彼等の都合で人間同士で無意味に殺し合っていたのだ。
「あ……ああ……」
それは絶望なんて言葉では言い表せなかった。
俺がずっと信じていた世界は崩れ去り、この世界は本当に存在しているのか、それすらもが信じられなくなってしまった。
「嘘です」
しかしヒカリは現実をすぐには認めなかった。
何故ならば彼女には明らかにそれが嘘だと断言出来るだけの根拠があったからだ。
「私は何度もゾンビと戦いました。学校の皆も、先生たちも、鉄兵もゾンビに殺されました」
戦争に行く前に異世界転移した俺とは違い、彼女は出征船や錦界収容所で実際にゾンビと戦った。それは実際に体験した確かな真実だったからだ。
「初めて出征船でゾンビと戦った時の周りの反応はどうだった? 連合軍の兵士や先生はまるで初めてゾンビを見たって感じでビビりまくっていたはずだ」
「……………」
「お前さんはそれよりも前に、シミュレーターやテレビ画面以外で一度でも本物のゾンビを見た事はあったのかい? 学校でゾンビは泥が擬態した奴だって習ったのかい?」
けれどその言葉に心当たりがあったのか、ヒカリは青ざめた顔のまま黙り込んでしまう。
(そう言えばジョレスも……)
ニューナジムでジョレスと初めて会った時、ゾンビについての話題を振ると彼は見下した様に俺を笑い飛ばしていた。
ベロヴォーディエの時や、あるいはそれよりも前から本物の戦争を経験していたあいつは最初から真実を知っていたんだ。
ゾンビなんてものはどこにも存在せず、支配者が無意味な戦争を続ける為に民衆から生まれたデマを利用していたという事に。
(そうだ、父さんも死ぬ前に確かこう言っていた)
――四十一、四十二、四十三、四十四……これはゾンビ、これは人間じゃない、これはゾンビ、これは人間じゃない……――。
戦争から帰って精神を病んだ父さんはずっとそう呟いて何かに謝罪していた。
俺はずっと戦争に行った父さんがゾンビを殺す際、ゾンビが人間ではないと言い聞かせていたのだと思い込んでいた。
けれど実際は違っていた。
父さんは言葉そのままの意味で相手をゾンビだと思い込もうとしていたのだ。
相手が人間ではないと自分に言い聞かせる事で、普通の人間には決して越えられない一線を越えてしまったんだ。
「出征船が襲撃された時、ゾンビという存在は初めて人類に観測されたのさ。それまでは概念だけが存在し、原初の泥で実体化するまでずっとこの世界に物質としては存在しなかったんだ」
疑心暗鬼を生ず。
そういう意味では存在していないゾンビは確かに存在していた。
多くの戦争では相手国の人間を鬼畜だ、ネオナチだ、ファシストだ、悪魔崇拝者と人ならざる者として定義する。
歴史が示す様にそれが事実であるかどうかは問題ではない。
そして俺達の戦争では敵がゾンビだと定義された、ただそれだけの事だったのだ。
「まあそれっぽい総括をするなら、無意味に戦って死に続けていた人間こそがゾンビそのものだったと言えなくもないけどねぇ。思考を停止した人間なんてゾンビみたいなものだからねぇ」
争いを望む人々の願いによって生まれたゾンビは善でも悪でもない。
陰謀論でありがちな、破滅を望みつつも結局力ある者に選ばれる事で救済を望んでいる終末論者にとって都合のいい真実でもない。
彼等はただ戦争がしたいという願いを叶えるためにこの世界に顕現しただけだった。
そういう意味では人類の業により生まれたゾンビは、世界を滅ぼすために遣わされた破壊神であり救世主だったのだろう。




