4-181 回想・世界に破滅をもたらした夢の落方
最期に辿り着いた景色は、世界が終わるとは思えないほど眩く光り輝いていた。
金と欲望によって作られた地上に広がる星は醜くもあり美しく、黄金宮の様な星桜リュウグウリゾートはまさしく天上の神々の居城の様だった。
内地の人間も沖縄の人間も外国人も乱痴気騒ぎをし、誰もがこの世の春と自由を謳歌し生き生きとした目をしており、人々は浜辺で酒を飲み何も考えずに夜通し踊り狂っている。
「理想郷というには少しばかり騒がしく欲にまみれてはいるが、これはこれで美しい光景だな」
それは少しばかり品がなかったが、安仁屋首相は老いた犬を撫でながら欲望と生命力にあふれた下界を愛おしそうに眺めていた。
「鍋島君、君はこの景色を見てどう思うかね」
「別にどうとも思わないね。アタシはもう空しか見ていない。地球にはもう何の未練もないよ」
夢を叶える対価に全てを犠牲にしてもうすぐ宇宙に向かう鍋島竜胆は微かに顔をほころばせたが、特に何も感じる事はなかった様だ。
「ツンツンだっけ。そいつも随分長い事生きてるねぇ」
「代替わりはしているがコザ暴動の時からの付き合いだ。結局最後まで私と一緒にいてくれたのはこいつだけだったな」
「クゥン」
白く濁った眼の老犬にもう残された時間はあまりないのだろう。
それでも主と共に居たいのか白トゥラーの老犬は温もりを求めて安仁屋首相に身を寄せた。
「琉球犬は先の大戦でほとんど絶滅した。最後の琉球犬であるこいつが死ねば地球上から純血種はいなくなるだろう。その辺りを特に意識したわけではないが、あの時死に物狂いで護って正解だったな」
孤独な安仁屋首相にとって老犬は唯一の友と呼べる存在なのだろう。
彼は最期のその時まで過ごす事を決意し惜しみなく家族に愛情を注いでいた。
「あんたは軍事力を使わない武闘派なんて呼ばれてるけど、どうして今まで軍事力を使わなかったんだい。そこに拘らなければもっと手っ取り早くこの景色が見れたんじゃないかしら」
「それについては戦争が嫌だから、としか言えないな。沖縄は二度滅んだ。一度は先の大戦で、二度目はコザ暴動だ」
安仁屋首相は結局最後の最後まで戦う選択をする事はなかった。
けれど鍋島竜胆の問いかけに答えた時、彼は微かに人間らしい悲しげな瞳になってしまう。
「コザ暴動をきっかけに沖縄は本土に復帰した。変革を求めるために戦った彼等は確かに英雄と呼べるのかもしれない」
コザ暴動――それは沖縄の歴史を語る上で欠かせない歴史だ。
それは初めて沖縄の人々が戦う事を選択した記念日であり未来を掴み取った戦いだった。
「だが共に沖縄で生きる人々が悪鬼の如く怒り狂い、躊躇なく暴力を行使する様は私にとって恐ろしくて仕方がなかった。たとえそこに大義があったとしても私には受け入れられなかった」
けれど安仁屋首相にとってはそうではなかった。
彼は誰よりも人が人でなくなる恐怖を知っていたからこそ、あらゆる手段を用いて戦う選択から逃れようとしたのだ。
「私はあの時から全ての人間に恐怖する様になってしまった。愛などというつまらない理想論ではない。私が狡猾に立ち回り暴力を用いないのはとても卑屈で臆病だからなのだよ」
稀代の暗君とも名君とも語られる彼には功罪両面存在する。
彼がいなければ日本は戦火と亜氷期の時代で生き残る事は出来なかったが、世紀の悪法であるアニマ法も誕生しなかった。
未来を見据えるという理想だけを説き行動した結果、強者だけの世界となり切り捨てられた弱者は生きられなくなってしまった。
対外的な政策に重きを置いて国家が生き残る事を優先し、国内のインフラや産業を蔑ろにした結果未来の人々の生活は当時とは比べ物にならない程困窮してしまった。
彼のした事が正しかったのかどうかはわからない。
けれどなんとしてでも戦争を避けたいと願った安仁屋清河という男の想いは、彼と同じ臆病者の俺は痛いほどわかってしまった。
「だが私はようやく沖縄を取り戻す事が出来た。これが喜ばずにいられようか」
「そうだねぇ。まあ今日ばかりは一緒にお祝いしようか。お互いの夢が叶ったお祝いをね」
安仁屋首相に敵意を抱いていた鍋島竜胆も彼の心を理解し受け入れる事が出来たらしい。
なんだかんだ言ってもともに夢のために戦った二人は戦友と呼べる関係だったのだろう。
たとえそれが世界に破滅をもたらすものだったとしても。
二人は下界に降り民衆と共に宴に参加し、何も考えずに思うがままにカチャーシーを踊った。
それは夢かと思う程幸せに満ち足りた光景だった。
この幸せなひと時が永遠に続けばいい。
そうすれば誰もが幸せでいられたはずなのに。
(―――――っ)
けれど夢から覚める時間が訪れた。
夜空には大量の虹色の花火が打ち上げられ、世界は眩い光で包まれる。
俺達は必死で叫んだけれど、その声は彼等には届かなかった。
だけど光と共に何もかもが破壊されていくその光景はとてつもなく美しく、世界の終焉には相応しすぎたんだ。




