4-178 回想・『桜龍』の誕生
安仁屋首相の勝利宣言から場面が転換し――灰色の無機質な空間に立った瞬間、背筋が凍る様な寒気を感じてしまった。
(これはまさか……)
鉄と剥き出しの配管で囲まれた、まるで悪魔の体内の様なその空間には一本の細長いミサイルが存在していた。
成程、確かにこれは世界を滅ぼす魔龍だ。
何も知らない人々がこれを見て邪悪な魔王と形容したのも頷ける。
そびえ立つ破壊の権化はそこに存在するだけで圧倒的な絶望と恐怖を与える。
もしも肉体があれば俺は耐え切れず卒倒してそのまま死んでいたかもしれない。
「とうとう出来ちゃったね。国産大陸間弾道ミサイル『桜龍』が」
ミサイルが設置された基地には何故か宇宙飛行士の鍋島竜胆もいて、分厚いガラスの向こう側から安仁屋首相と共に人類が作り上げた魔龍を眺めていた。
「こんなものを作るためにオバちゃんは宇宙を目指したわけじゃないんだけどね」
彼女は喜びとも悲しみともつかない、何とも形容しがたい寂しげな眼差しをしていた。
こんなものが夢の果てに作り上げたものだと言うのなら、彼女は叶わない夢を見るべきではなかったはずだ。
「国産と言ってもガワはほとんど向こうのものだがな。しかしいかなる防衛システムも無力する装置がある限り世界中のどの様な迎撃システムもこの桜龍を打ち落とす事は出来ない。君は本当によくやってくれた」
「お礼の言葉なんてどうでもいい。約束は守ってくれるんだろうね」
鍋島竜胆は投げやり気味に安仁屋首相に尋ねる。
世界の秩序を変えてしまうものだとしても彼女は全く愛着がないのだろう。
「もちろんだ。仮に私が決断しなくとも日本の安全保障に必要不可欠な宇宙産業への資金提供は大幅に増額する事だろう。君はそれだけの結果を出した」
「そうかい。褒められてもあんまり嬉しくないけどね。元々それなりにあった予算をごっそり削ったあんたらも最初から軍事に協力させるのが目的だったんだろう?」
「さあ、どうなんだろうね」
軍事協力と引き換えに国家から莫大な投資を得る――彼女は夢を叶えるために悪魔に魂を売ったのだろう。
そして安仁屋首相達も狡猾な手段を用いてその選択しか出来ない様にした。
名君の様に見えてやはり政治家らしく腹黒い男だ。
「でもこれだけじゃ駄目だよ。アタシは興味がないけど京都の方の八咫鏡はどうなっているんだい?」
「詳しくは言えないがとっくの昔に完成している。後は防衛システムとしても使える様に軽く調整をするだけだ」
「そうかい。お空に浮かんで無尽蔵のエネルギーを供給する人工太陽が、本当は最強の迎撃兵器だなんて誰も知らないだろうねぇ」
(人工太陽が……防衛システムの八咫鏡?)
人工太陽と八咫鏡は終末世界で日本を支える強力な柱だけど、その二つが同じものだったと知りヒカリはかなり驚いてしまった。
(確かに言われてみればどっちも似たような技術だし……人工太陽も宇宙に浮かんでいるからこれにも鍋島竜胆が絡んでいたのかな)
宇宙に浮かぶ巨大な人工太陽は太陽光発電によってエネルギーを蓄え、それを地上の受信装置で電気に変えるというものだ。
対して衛星兵器である八咫鏡もまた精密なレーザーによってミサイルを迎撃するというものである。
同じ技術が使われているんだろうな、というのは薄々わかっていたけど、一般的には全く知られていないので国家機密として秘匿されているのだろう。
「ただ設計に関わっているハマグリンクには気を付けたほうがいい。あれは信用出来ないよ」
「スパイ対策なら大丈夫だ。既に情報を盗み出そうとした人間は排除している」
「それもあるけどそういう意味じゃなくて。技術はあるけどいい加減だから。前にお邪魔した時いろいろ適当でびっくりしちゃったよ。スパイどうのこうの以前に早めに何とかしないといつかやらかすよ」
「ふむ、そうなのか。肝に銘じておこう」
安仁屋首相は経営者でもある鍋島竜胆の忠告を素直に受け止めた。
ハマグリンクはこの頃からちょいちょいやらかす事で有名だったし、きっとその事を言っているのだろう。
技術の粋を集めた宇宙開発は入念な安全管理が求められ、限りなく成功率を百パーセントに近付ける様にしている。
何が適当かはわからないがそれはきっとエネルギー政策や安全保障において決して看過出来ないものに違いない。安仁屋首相も当然軽視するつもりはないのだろう。
(……希典先生。さっきから嫌な予感しかしないんですが)
沖縄には防衛システムを無力化する核ミサイルがあり、京都には八咫鏡の開発に関与したハマグリンクがある。
そしてこの後京都は核ミサイルで攻撃され、沖縄は正体不明の勢力による新兵器によって発生した大津波により壊滅的な被害を受けた。
それらの事実を結び付ければ何故大災厄が起きてしまい、終末戦争が始まってしまったのか容易に予想出来る。
(ええと、まさか……考えたくないけど……)
察しの悪いヒカリも答えに辿り着いてしまったらしい。
あまりにもくだらなく、あまりにも絶望しかない救いようがない真実に。
前に情報交換をした時、日本が日本を攻撃するなんて考えられないと俺達はすぐに否定した。
けれど過去の真実を知った今前提は何もかも崩れ去ってしまった。
先見の明があった安仁屋首相はアフリカと南米に光をもたらしたと同時に、核抑止論とかつての支配者に終焉をもたらした破壊者だったのだ。
当然そんな人間を権力に執着する彼等が野放しにしておくわけがない。
かつての支配者はどんな手段を使ってでも奪われたものを奪い返そうとするはずだ。
(すぐにわかる。今はあの時何が起こったのかを見届けるんだ)
その問いかけに希典先生は多くを語る事はなかった。
けれどそれは最早真相を告げている様な物であり、俺とヒカリは愕然としてしまった。
知りたくない。
何も見たくない。
この先に待ち受けているのはとてつもなく残酷な真実だという事は明らかだった。
けれど無情にも場面は転換し、俺達の意識は人間が作り出した闇の中に吸い寄せられていった。




