4-170 回想・作られた歪な真実と権力に執着する支配者達
人類三回目の核攻撃が、それもアメリカで起こったという事実が世界に与えた衝撃は凄まじかった。
『現段階では詳細は不明』
『ゾンビが人を食う決定的な瞬間を激写!』
『ゾンビハザード アメリカ政府は否定せず』
『パンデミックの事実認める』
ニュースやSNSにはそんなセンセーショナルな文言が躍り、世界は一部の人間の戯言に過ぎなかったゾンビの存在を次第に信じる様になってしまった。
当然酒に酔った勢いで自国に核ミサイル攻撃の指示を出し、関係者も保身のために承認したとは口が裂けても言えるはずもなく、彼等はデマを権力を護るために利用した。
それからというものゾンビのデマが拡散するのはあっという間だった。
彼等は食糧不足によって人が人を食べたというショッキングな事実を認めたくなかったのかもしれない。
あるいは個人の力ではどうしようもないパンデミックをゾンビのせいにしたかったのかもしれない。
もしくは自国の暴動を抑えるために核を用いたという狂った判断を受け入れたくなかったのかもしれない。
受け入れ難い現実を受け入れ、そして見えない不安に打ち克つため、民衆もまたゾンビという怪物を求めたのだ。
「ええと……なんですかこれ? ゾンビってなんですか?」
『行き当たりばったりで乗っかった。我々も正直これは無いと思っている』
いつものリモート会議室で思春期の不良の様な言い訳を聞かされ、流石の甲東も無茶苦茶な展開についていけずに呆気に取られていた。
日本を代表する事なかれ主義の彼にとってこれは想像すらしていなかった最悪の事態だった事だろう。
『だが世界各地でパンデミックが起きている事は事実だ。それにゾンビの存在を認めたわけではないので嘘は言っていない』
「そりゃそうですけども」
彼等は苦し紛れの弁明をしたが、社会が混乱している中であんな説明をしてしまえば多くの人がゾンビは実際に存在すると考えてしまうだろう。
『……で、君はどう責任を取るのだ。嘘をつくにしてももっとマシな嘘があるだろう。余計に混乱が広がってしまうぞ』
『核攻撃の判断もゾンビという言い訳も全て部下の独断によるものだ。私は意思決定のプロセスには一切関与していない』
『いやしかし』
『私はその時トイレに行っていた。だから何も悪くない』
『そんな事知りません、』
『全ての責任は部下にあるッ! 私は何も関係ないッ!』
アメリカの代表者は意味不明な言い訳の後ヒステリックに叫び、堂々と開き直って責任を押し付けたので参加者も呆気に取られて何も言えなくなってしまった。
『後は適当に上手くやれ。なんならこの馬鹿げた戯言に乗っかってもいい』
『ベロヴォーディエに始まり嘘を嘘で塗り固めるのか。余計ややこしくなりそうだが』
『知らん、もう勝手にしろ。これ以上お前達と話しても時間の無駄だ。私はバングラデシュに移住する』
『ちょっ』
支配者は事態の収束を諦め財産を持って国を捨てる準備をし、一方的にモニターの電源を切った。
それはまるで社畜生活に疲れた人間が現実逃避をする様な発言で、支配者がするものとは到底思えなかった。
『どうします、これ』
『どうすると言われてもどうしろと。呆れて物も言えん。ここまで愚かとは』
『あのクソジジイ、じゃないプライアーって昔からこういう所がありましたよね。何が何でも絶対に謝らないって言いますか』
『ちょっと前にトイレの悪魔って仇名が付けられましたよね。何かデカい事がある度にトイレに行っていたって言い訳をするんで』
『アダム・プライアー大統領首席補佐官がトイレに行くと世界が滅ぶって感じのアレでな。実際常にストレスのせいで胃腸は弱いらしいが』
『だがこれは……うん。妙案はあるか?』
『無理だ。いや誰か止め……何でこうなったんだ』
『ヘイ、ここは落ち着くんだ。こういう時こそとっておきのメキシカンジョークを』
『殺すぞ』
『ノ・フエ・ミ・インテンシオン……そんなつもりはなかったのさ、こんな私を許してくれアミーゴ』
急激にも程がある変化に各国の支配者は右往左往してしまい、彼等はここでもグダグダ会議っぷりを発揮してしまう。
(何でだよ)
それは最早喜劇であり滑稽というよりほかなかった。
そう、無関係な人間が傍から見る分には。
(何でこいつらはこんなに無責任なんだッ! ベロヴォーディエでも核攻撃でもッ! テメェらのせいで大勢の人間が死んだって言うのにッ!)
(智樹……)
元々大義名分が存在しない無意味な戦争から始まったとはいえ、彼等は終始保身と利権の事しか考えていなかった。
こんな奴らのせいで戦争が始まったのか。
俺達はこんな奴らのために無意味に戦っていたのか。
俺達はこんな奴らのために無意味に殺し合っていたのか。
俺達はこんな奴らのために無意味に死んでいったというのか。
『……我々も身の振り方を考えるか』
『そうだな。取りあえず他の国や次期大統領候補と仲良くするか』
『折角だ、恩を売るためテロリストやクーデターを目論む勢力でも支援しよう。アメリカと今後も仲良くする為に』
『そうしてくれると助かる。我々もアメリカを立て直すために国内の面倒な連中を排除したい。大統領の理想を受け継ぐためにも』
しばらくして彼等はもうどうにもならないと判断しこれからの事を考え始めた。
たとえ無茶苦茶だとしても、どの国の支配者も権力を維持するために関係を断つという事は出来なかったらしい。
『で、日本はどうする?』
「え? 我々ですか?」
困惑しながら様子見をしていた甲東はまたしてもいきなり話を振られギョッとしてしまう。
このオッサンはこんなにも頼りないのにどうして影の首相と呼ばれていたのだろうか。
『世界は激動の時代を迎える。もう日和る事は出来ん。君達の都合など知らん。いい加減血を流す覚悟を決めろ』
「……その様ですね」
難しい決断を迫られた甲東は嘆息し権謀を巡らせる。
しかし保身を誰よりも得意とする彼にとって最適解を選ぶ事はさほど難しい事ではなかった。
彼の頭の中はどうすれば一番得をするのか、どうすれば政府と自分を護れるのか、それだけしか考えていなかった。




