4-169 回想・焦土と化した都市の悪夢
とある賢人は言った。
もしも核のボタンが押され、発射の決断が下されるまでの時間は僅か十分程度であり、それが人類が滅亡するまでの時間であると。
だがサルの様な愚者はすぐさま決断を下してしまった。
おそらくこんな馬鹿げた結末は誰もが想像してもいなかっただろう。
そして十分にも満たない時間が経過し、暴徒がひしめく大都会に空を翔ける黒炎の魔龍が舞い降りた。
「……?」
(……ッ!)
理性を失った彼等はそれが何であるのかすぐには理解出来なかった。
あるいは理性があったとしても理解出来なかったかもしれない。
地上に落ちた太陽は全てを破壊し尽くし、コンクリートのビルは粉砕され、有象無象の人々は細胞の一欠けらも残らずに消え去ってしまう。
だが一部の人間は不幸にも生き残ってしまった。
地獄の業火で身を焼かれた彼等は助けを求める声を出す事も出来ず、口元を覆う焼け爛れた皮膚は虫の様な吐息で微かに揺れ、焦土と化した音の無い街には苦悶のうめき声だけが静かに響き渡る。
無数の人間であったものは血肉の塊となり、ざざ虫の様に折り重なりもぞもぞと蠢いて道路を埋め尽くしていた。
全ては赤黒く焦げ臭い血で染まり、強烈な死臭は鼻から脳に達し俺の精神をぐちゃぐちゃにかき乱す。
ああ、これだ。これはあのニオイだ。
それはただの錯覚であのニオイは感じないはずなのに、精神異常者が自らの血で描いた絵画の様なこの世のものとは思えない狂った景色は、決して忘れる事の出来ないニオイと全ての苦痛を思い出させた。
(あ、ああ……ッ!)
同じだ。
何もかもあの時と。
故郷を、家族を、俺自身を失ったあの時と。
痛い。熱い。怖い。
いたい、いたい、あつい、あつい、あつい。
心の奥底に封印した記憶が呼び起され、絶望と恐怖に包まれた俺は世界を認識出来なくなる。
(違う、これは夢だ、夢だ夢だ夢だ夢だッ! ただの悪夢だッ!)
(こ、こんなのって……! って智樹!? 智樹ッ!)
俺は半狂乱になって〇〇〇を引っ掻いた。
そうだ、これはただの幻だ、現実に起きるはずがないッ! 何もかも夢なんだッ!
(しっかりせぇやッ!)
(うごッ!?)
だけどヒカリが顔面を殴り飛ばした事で俺は正気に戻る。
目の前には必死で涙を堪える親友の顔があり、俺はようやく人間に戻る事が出来たんだ。
倒壊したビルの中に隠れていた子供はガレキの隙間から恐る恐る外の様子を伺い、地上の惨状を目の当たりにして言葉を失った。
「……夢だよね……こんなの悪い夢だよね……きっとゾンビだよね……」
子供は自らの心を護るために、俺と同じ様に悍ましい何かを人ではない怪物だと思い込もうとしたらしい。
そして幼子は静かに目を閉じて眠る。
安らかで甘美な夢を見続け、この絶望しかない世界に永遠の別れを告げるために。




