4-167 回想・飢えた民衆と裁かれる事のないマリー・アントワネット
未曽有の大寒波による混乱は収束に向かう事はなく、食糧危機、医療崩壊、社会不安、そして人種間の対立が合わさった事でより深刻なものに変化していった。
各地では暴動まがいのデモが頻発し、銃を持った治安維持部隊が対処するも怒りに支配され恐怖という感情を失った民衆には無意味だった。
『パンデミックを引き起こした奴らを殺せ!』
『ベロヴォーディエの真実を明らかにしろ!』
『肉を食わせろ! 虫はいらない!』
『庶民には虫を食わせ金持ちは肉を食う!』
『肉を食う権利を!』
『肉! 肉! 肉!』
『オラ! ニク! クウ!』
デモ隊のプラカードにはその様な文言が書かれていたが、血走った眼の彼等はゾンビの様にも見えた。
民衆は食という原始的な欲求を求め進軍し、銃弾に怯む事無く特殊部隊をゲバ棒で撲殺し、政府が管轄する公共機関を見境なく襲撃する。
(まるで餓鬼地獄だな。暴徒化して完全に収拾がつかなくなってる。こうなったらどうやってももう止められないだろうな)
(結局食べ物がないと人間はこうなっちゃうんだよね。特にアメリカは銃社会だし……)
暴力的な光景に俺は恐怖するも、ヒカリは民衆の中に銃を持って応戦する暴徒を発見した。
性能の低いハンドガンでも大勢が一斉にばら撒けば特殊部隊でもどうしようもない。
訓練を受けた屈強な治安維持部隊はハチの巣にされて沈み、暴徒によってあっさりと蹂躙されてしまう。
けれど民衆の怒りはそれでもなお収まらず、原形を留めなくなるまで死体を何度も蹴り飛ばした。
……………。
その頃ホワイトハウスでは事態の収束に当たって政府の人間が建物内を駆けずり回っていた。
「軍隊を派遣しても収まる気配がないな。肉が食えないくらいで何をこんなに騒いでいるんだか」
「だがどうする? このままでは各地に波及し取り返しのつかない事になる……いや、もうなってるぞ」
「一部の州兵も自国民を殺すな、大統領の命令に従わずボイコットしろと呼び掛けている。このままではクーデターが起きかねん」
けれど上層部の人間はまるで他人事であるかのように談話室でベイクドチーズケーキを食べながらコーヒーを飲んで寛いでおり、面倒事を押し付けて保身の事だけを考えていた。
マリー・アントワネットの様な事を素でやっているが、時代が時代なら彼等は断頭台で首を切り落とされていただろう。
「まあ制圧が上手く行けば我々の手柄にして、非難されればいつも通り責任を押し付けて更迭すればいいだろう」
「あいつも終わりだ。ただ大統領の最後の責務として責任ほどは取ってもらわなければ。国家を維持するためにはそれしかない」
「今後の身の振り方を考えたほうが良さそうだな。今のうちに次の大統領と仲良くしておこう」
だが彼等にデマから民衆によって処刑された悲運の貴族の様な末路は訪れない。
何故ならマリー・アントワネットとして生贄に捧げられるのは、当時と同じ様に彼等が切り捨てた誰かだからだ。
暴徒がホワイトハウスに辿り着く頃には彼等はとっくにどこかに高跳びしているだろう。
どうやらお偉いさんはどこも似た様な感じであまり下々の事には興味がないらしい。
それは日本でもアメリカでもどこの国でも変わらないのだろう。




