4-166 回想・亜氷期による飢餓がもたらした狂気
再び場面が転換したが、こちらもまた同じくアメリカの都市だった。
馴染みがないのでどこなのかはわからないがそれなりの大都会だという事はわかる。ロサンゼルスとかシカゴとかあの辺だろうか。
ここもやはりまた雪が降り積もり都市機能がマヒしていたが道路上の車はそのまま放置されていた。
こんな状態でも車が盗まれていないのは盗んだとしても動かせないからだろうか。
ただ一応パーツだけなら需要はあるらしく、フロントが開きっぱなしの高級車からは綺麗にバッテリーだけが抜き取られていた。
ブランド品も宝石も眼中にない。
滅びゆく都市で民衆が欲するのは食糧や燃料といった文明的な生活するにあたって必須となる品々だけだった。
『肉を食わせろ!』
『虫は食いたくない!』
有刺鉄線で固定された看板にはそんな意味の言葉が書き殴られており、中にはとても口には出せない様な罵詈雑言も見受けられた。
全ての窓が割られたスーパーからは一切物が無くなっており、交通網のマヒなどで深刻な物資不足に悩んでいる事が容易に想像出来る。
「ゴホ、ゴホッ……」
避難所となっているビルには多くの人が身を寄せていたが、咳き込んでいた彼らは皆衰弱しており土気色の顔をしていた。
インフラも全て死んでいるのか室内は暗く、明かりも暖房もついていない。
けれど大雪のせいで外に助けを求める事も出来ず、彼等は凍てついた大都会で遭難してしまったのだ。
(地球の寒冷化は人間の免疫力に大きな影響を与えた。食料不足で栄養失調になり、政治や戦争が理由で公衆衛生が悪化してインフラや医療も崩壊した。こんな状態なら少し強いインフルエンザとかでも命取りだろうねぇ)
希典先生は淡々と語り、死にゆく人々をサンプルに退廃的な授業を行う。
寒いと風邪をひく。
風邪を引いた時は栄養のある物を食べて病院に行って薬を貰う。
それは子供でも知っている当たり前の常識だ。
(これがパンデミックの真相さ。未知のウィルスなんてものは最初から存在していなかった。道具と高度な文明がなければ何も出来ない人間という種は、急激に変化する環境に耐えられなかっただけなのさ)
(……………)
そんな当たり前の事に当時の人々は全く思い至る事はなかった。
当時の人々だけじゃない、今を生きる俺達ですらも。
「くいものぉ~」
「うぅうあああ~」
虚しい気持ちになりながら避難所の様子を眺めていると、低体温症で錯乱状態になった人間を発見してしまう。
あるいは感染症の高熱によってせん妄状態になったのかもしれない。
どの様な理由かはわからないが、見る人によってはこれもまたゾンビと誤認してしまうだろう。
いくら待てども助けは来ず人がまた一人、一人と死んでいき、そして狂っていく。
むしろこんな極限状態で精神を正常に保てる人間がいるとするのならそいつは異常者だ。
「肉食いたいなあ……腹いっぱい……」
やせ細った避難民はブツブツとつぶやき、あるものを発見した。
それは丸々と肥え太ったブタの様な人間の死体だった。
「なんだ……ここにあるじゃないか……」
「おい、何してるんだ」
彼はのそのそと横たわる死体に向かって歩き始めナイフを取り出す。
一部の人間は悲鳴を上げて逃げ出したが、それ以外の人間は無反応だった。
「そうね……塩気が強いって言うけど、ビーフジャーキーみたいで美味しいかも……」
「俺にもくれ……」
「何してるんだ!? お前ら何してるんだよ!?」
(……っ)
彼等は人であった物体を貴重な食糧と認識し続々と群がり始めた。
数少ない正気を保っていた避難民は必死で蛮行を止めようとしたが、人間の言葉が獣と成り果てた彼等に届くはずがなかった。
幸いにして人が群がったせいで直接見ずには済んだが、真っ赤な口元から想像するだけでも悍ましい事が行われているというのはわかってしまった。
「うまぁい、うまぁい」
「あぁあははぁは」
ようやくありつけた糧を前に彼等は歪な笑みを浮かべていた。
その狂った眼はもう人間のそれではなく、俺にはゾンビにしか見えなかった。
「ひ、ひぃいいい!?」
ここにいては殺される。
避難民はそう考えたのだろう、一目散にビルから抜け出した。
避難民の男は無我夢中で雪の中を掻き分ける様に走っていく。
逃げ場などどこにもなくとも、男にはそうする以外に選択肢はなかった。




