4-110 NAROとの共同戦線
ミトラさんは俺の気持ちを慮るも、感情を押し殺し事実のみを告げる。
「我那覇総督の反乱には瀬田直子も関与していましたが、彼女もまたニライカナイの遺産を狙っており、龍を目覚めさせ夢の落方を引き起こすと――そう我々に宣言しました」
「つまりニライカナイにはそんなヤバいテロリストが欲しがるようなものがあるって事ですか。核ミサイルを二千発も用意出来て、いつでも世界を滅ぼせる奴が欲しがる様なものが」
「ええ」
俺が念のため確認すると、ミトラさんは受け入れたくない事実を静かに認めた。
「つまりニライカナイの遺産は現実世界を滅ぼす程の極めて恐ろしい何かであるという事です。むしろ今ある戦力だけでは足りないくらいですね」
「ミトラさんはそれが何なのか知っているんですか?」
「ある程度は。この件に関しては彼女の方が詳しいとは思いますが」
そう告げたミトラさんは希典先生の方を見る。かつての部下が狙っている恐ろしい遺産を元上司でもある夢幻の仙人も当然把握していた様だ。
「そうだねぇ。もしもアレを手に入れたら世界を支配出来るかもねぇ。使い方次第では英雄にも魔王にもなれるだろう」
「それは一体」
「取りあえず今言えるのはそれを使うにしても捨てるにしても、どの選択をするにしても管理者権限が必要って事だねぇ。つまり智樹ちゃんか俺っちが必要不可欠ってわけ。もちろん俺っちはそんなものに興味はないねぇ」
世界を救う事も滅ぼす事にもまったく興味がない仙人は適当に肩をすくめた。
もしも彼がパパッと片付けてくれれば万事解決だけど、このオッサンにそんな事を期待しないほうがいいだろう。
「もっと言えばあの遺産は瀬田直子が一番欲しがると同時に一番奪われたくないものだ。あれがあればあいつの持っている二千発の核ミサイルを平和的に無力化出来るからねぇ」
「ッ!」
そして希典先生が伝えたもう一つの真実は俺に戦う決意をさせるのに十分だった。
その遺産があれば一時的ではあるが世界の平和を保てる上に、瀬田直子に一矢報いる事が出来るのだから。
「……あれ? でもミトラさん、確か管理者権限を持つ人間は現状智樹だけって言っていた気がするんですけど」
しかしヒカリは矛盾点に気付きミトラさんに問いかける。だけど俺はその理由の見当がついていた。
「荒木希典の正体が明かされていないあの時点ではそう伝える事しか出来ませんでしたから。それに言っては何ですが、常に非協力的な彼に頼る事はリスクでしかありませんし」
「ああ、確かにそれもそうですよね……」
希典さんの事をあまり知らなくとも、ヒカリは今までのやり取りから複雑な事情がある事をなんとなく理解したらしい。
「にしても希典さんって滅茶苦茶信頼されてませんね」
「俺っちは基本的に自分の目的以外の事はどうでもいいからねぇ。それこそ世界が滅んだとしてもね」
語る事すら禁忌とされている荒木希典は基本的にいないものとして扱わなければいけないし、裏切る可能性もあるので味方にも敵にもすべきではないだろう。
「まあこいつに関しては私情もあるっぽいけどねぇ。あんま仲良くないし」
「……とにかく、現状では智樹さんだけが瀬田直子の野望を阻止し事態を打開出来るというわけです」
それにミトラさんは誰よりも希典さんの人間性を知っている。荒木希典がいい加減で、人としても身内としても全く信頼出来ない人間である事を。
もしかしたらそうした個人的な理由も一パーセントくらいはあったかもしれない。
「成程、だから俺の身柄を必死で抑えたかったんですか。瀬田直子にニライカナイの遺産を奪われる前に手にして、俺の力を使って核ミサイルを無力化するために」
「そうなりますね。ですが逆に言えば智樹さんがそう望まなければ、我々人類には最早打つ手は存在しないのです」
俺が話を元に戻すとミトラさんは正直にも程がある現実を伝える。こんな偉い人に頭を下げられるだなんて俺も随分と偉くなったものだ。
「僕たちNAROも任務を遂行させるために全力を尽くす。その為に異世界まで来たんだ。誰にも語られない名誉の存在しない戦いだとしてもね」
さらには双龍として知られる二番隊の高倉エイトまでもがそう告げた。
これがなろう小説の冒頭ならこの後に始まるのは英雄譚なのだろうか、それとも陰惨な復讐劇の伏線なのだろうか。
「確認ですが、あなたたちは俺達に命を預けられるんですか?」
俺は最初に相手の意志を確認すると、空気の読めない猫耳メイド隊長が素早く接近して俺の手を両手で握った。
「私は預けられるよ! 智樹君となら一緒に死んでもいいニャ~! むしろ死ぬ時は一緒だニャ!」
「いやあんたには聞いてないけど」
彼女のせいで一瞬変な空気が流れたけど、微妙な空気はコテツこと芦田隊長の渋い声によって消し飛んでしまう。
「預けられるかどうかじゃない。どんな戦争でも命令に従って任務を遂行する。兵隊にはそれ以外の選択肢はない。君も仮にも兵士として訓練を受けた人間ならわかるはずだ」
「……………」
俺が沈黙していると、美魔女の柳隊長はフフっと色香のある笑みを浮かべた。
「なあに、気にしないでくれ。いつもの事だ。私達は全員覚悟が出来ている。そうだよね、ベルウッド君?」
「え、ええ」
だけど声をかけられたベルウッド隊長はそうでないのか、間をおいてやや頼りない返事をしてしまう。
「……………」
またヒカリは何故かベルウッド隊長に冷たい眼差しを向けておりあまり良好な関係ではないのだと察した。
どんな職場にもそういうのはあるだろうけど、これではこちらのほうが命を預けるのを躊躇してしまう。
(まあいい。だけどこの作戦に勝利すれば瀬田直子に……)
ニライカナイの遺産が何であるのかはまだわからないが、これもある種の弔い合戦となるのだろうか。
私情を挟むべきではないがこういう復讐ならばいいかもしれない。
(だけど……)
もしも俺が物語の主人公なら即座に引き受けていただろう。だけど俺は土壇場で怖気づいてしまった。
この戦いは世界の命運をかけたものであり、俺の一存で断る事なんて出来るはずもない。そんな事はわかっている。
けれどそんな事は関係ない。これから始まるのは紛れもなく戦争なのだ。
「……トモキさん。このお願いを引き受けるんですポ?」
「……………」
母さんの様に優しく悲し気な瞳をしたモリンさんを見て、本音では今すぐにでも嫌だと言って逃げ出したかった。
だけどこんな目をされたら断れるわけがない。俺は様々な気持ちを押し殺し何もかもを必死で堪えた。
「我々は全力で智樹さんをクガニナーの祠へ護衛します。どうか力を貸してくれますか」
「はい」
「……………」
熟考の後、俺はミトラさんに決意を伝えた。この優しい世界には命を懸ける価値があるのだと信じて。




