4-102 希典の仲間として暗躍していたスパイ達
自分の罪を語った希典先生は、更にもう一つの俺達に吐いていた大きな嘘を教えた。
「テメェのケツを拭くため俺っちは手段を選んじゃいられなかったのさ。基本的に俺っちは放任主義だけど、優秀な一族の人間には役割を与えた。ミトラや鳳仙みたいにね」
「そっか、やっぱり……」
ヒカリはミトラさんがそちら側だと知り少なからず動揺していた。
俺は既に知っていたけど、自分の信じていた人間がテロリストとグルだったなんてすぐには受け入れられなかっただろう。
「今まで貴女の事を騙して申し訳ありません。ただ私には貴女や国民を騙してでも果たさなければならない役割があったのです」
「いえ、謝らないで下さい。そりゃびっくりはしましたけど別に悲しんではいませんから。ミトラさんが悪い人じゃないって言うのはちゃんとわかってますし」
ミトラさんを信頼しているヒカリは詳しい理由を聞かずに彼女の事を信じた。悪く言えば妄信だけど、これがヒカリの良さでもあるのだろう。
「僕は?」
「論外」
「むう、この扱いの差は何なのさ」
だけど鳳仙に関してはにっこりと笑ってバッサリと問答無用で切り捨てる。でもこれはきっと一種の照れ隠しの様なものなのだろう。
「同じ理由でノミコとヨンアもこちら側の人間さ。俺っちは二人に命じてヒカリちゃんやミトラを手伝わせていたんだよ」
「そうなんだ、スパイだったなんて全然わからなかったよ! 二人とも流石だね!」
「あはは、そこ褒める所なのかな?」
「ヒカリは相変わらずだね、本当に。でもショックを受けていなかったみたいで良かったよ」
能天気なヒカリはスパイを送り込まれていたというのに、まるで人狼ゲームの勝者を称賛するかの様に褒め称えた。
ただずっと相棒を欺いていたノミコはそうではなかった様で、シュンと悲しそうな顔をしてしまう。
「基本的に私達の判断で行動してヒカリ達をサポートする様に指示は出されていたけど嘘をついていた事には変わらない。本当にごめんね」
「嘘も何も、ノミコちゃんもヨンアも私に嘘をついてたっけ? よく知らない人に頼まれたとしても私達をずっと助けてくれた事には違いないし、誰にだって人に言えない秘密の一つや二つはあるって」
「……ありがとね」
だがヒカリにとっては至極どうでも良かったらしく、あっけらかんとした笑顔で感謝を述べる親友にノミコは優しい笑みを浮かべた。
「でもそっかー、だからノミコちゃんって鳳仙やミトラさんとちょいちょい仲が良さそうだったんだね」
「そうなるのかな。昔から知り合いって言うかね、うん」
希典さんが理由もなく無関係な人間を助けるはずがないし、彼女達の暗躍には目的が存在するのだろう。
ヒカリはその意味をちゃんと理解しているのだろうか。きっと理解していたとしても同じ反応をするんだろうな。
「まあそれ以外にも昔からの知り合いはいるっちゃいるんだけどね」
「むむ! それってまさか!?」
「ふふ、希典さん側ではないとだけ言っておきます。私との関係に関してはいずれ後ほど」
またイスキエルダさんもノミコとずっと前から面識があったらしい。
イスキエルダさんってどこからどう見てもナジム族だけど、一体ノミコとはどういう関係なんだろう。
「いやー、教えてくれないだなんて水臭いでござるよ。お二人はリアル忍者だったんでござるな」
「普通は自分がスパイだって教えないんじゃないかなあ。あと私は忍者じゃないよ」
他のメンツも概ね緩いリアクションで、ニアのヘンテコな感想にヨンアはおかしそうに笑ってしまう。
「ぷいー」
「そっかあ。でもスパイと言えばヨンアだし、ヨンアと言えばスパイだからなあ。それくらいしてるか」
だけどやはりそうではない人間もいた様で、エマはじゃれつくうりぼうを軽く撫で愛想笑いをしていた。
ヨンアがどういう仕事をしているのかは知らないが、NAROは不穏分子を摘発するためにスパイ活動や内偵調査も普通に行っている。
おそらく彼女はそうした分野を最も得意としているのだろう。お互い腹に一物あるというかちょっと怖いものを見た気がする。
「ええと、私これ聞いていいんでしょうか。ちなみにヨンアについてミトラさんはどこまで知ってたんですか?」
若手のエマは困惑しながらもミトラさんに尋ねる。
仲間だと思っていた人間が稀代のテロリスト、荒木希典のスパイだったという事実はやはりすぐには受け入れられなかったらしい。
「そもそもスパイという表現は適切ではありませんね。どちらかと言えば出向役員、あるいはパイプ役でしょうか。なのでそこまで警戒しなくてもいいですよ」
「そうですかー」
ミトラさんは誤解を解くために詳細な説明をしたが、エマはまだ釈然としないものがあったらしい。
「でも荒木希典の関係者なんですよね? 彼が起こしたテロ事件については正直私もちゃんと把握はしていませんが。そこはどうなんですか」
旧希典派を率いてテロを行い、首都高を崩壊させた荒木希典は誰もが知る極悪人で世界情勢にも大きな影響を与えた。
そんな人間がNAROの長官と一緒に話をしている光景を陰謀論者が見てしまえば、確実にあらぬ想像をしてしまうに違いない。
いや、それは果たして本当に想像なのだろうか。
「今は何も言えない、としか言えませんね」
冷静になって考えれば希典先生はテロ事件の真相についてまだ何も語っていない。だけどNAROの人間ですら把握していないだなんてそんな事があるのだろうか。
唯一知っていると考えられるのは協力者でもあり政府の中枢にいるミトラさんだけど、彼女もポーカーフェイスを貫き語る事はなかった。
結局真相は闇の中のままなのだろう。
もしかしたら俺は死ぬまで真相に辿り着けず、希典先生という演出家の掌の上で踊りながら最期を迎えるのかもしれない。
「ガクガクブルブル。ジブンハナニモミテイマセン。ウラガトレテイナイノデホウドウハシマセン」
幸か不幸かジャーナリストのハニィさんは決定的な瞬間に居合わせてしまったが大きすぎる特ダネに思考を停止してしまう。そういえばこの人同席してたっけ。
「裏取りも何も現行犯だと思うけど。こうして日本のメディアは駄目になっていったんだろうね。ほら、ハニィさんが怖がっているからぽふぽふしてあげてよ、キノコ君」
「いいよー。こわくないこわくなーい」
ヨンアは笑いながらマタベエを連れて行きキノコ胞子で洗脳をし、戦々恐々としていた彼女は涎を垂らして幸せそうな顔になってしまう。
「あふー。なんかもうしんじつとかどうでもいいやー。はっこうぶすうわーいわーい。しちょーりつわーいわーい」
「なんだろう、物凄く見てはいけないものを見てしまった様な気がするんだけど」
ハニィさんはラリッた顔で身体を揺らし、思想警察の手によって人格が崩壊する瞬間を目の当たりにしたヒカリはドン引きしてしまう。
「よくある事だよ」
「よくはないです」
ヨンアは冗談かどうかわからなかったがそんな恐ろしい発言をし、ミトラさんは即座に訂正をした。だけどそれってたまにはあるって事なのだろうか?
「都市伝説みたいなアレで記憶を抜き取ったり消去したりするって言うのはあるけど実際に出来るのかな。でも希典先生ならきっと普通に出来るんだろうなあ」
「智樹ちゃんにだって出来るでしょ、催淫銃を使えば」
「あ、確かに」
その姿を見て俺は恐怖を感じてしまったが、そういえば俺も催淫銃でいろいろやって来た事に思い至った。
「うらどりなんてめんどーだしこたつきじでてきとーにかいちゃえー。どうぶつえんであかちゃんがうまれたよー。おしょくよりらーめんだいすきー。ばーりばーりーくーん。びーぴーぽーがなんぼのもんじゃーい。わははー」
「わーいわーい」
人間を止めたハニィさんはなおも踊り続け、マタベエと手を取り合って踊り始めた。
俺も催淫銃を撃つたびに周りからこんな風に思われているのだろうか。お互いの尊厳を護るために今後は多用しない様にしよう。




