4-79 女の敵になった智樹君
俺は紛れ込んでいたスパイの存在に気付いて呆然とするも、痺れを切らしたハニィは涙目で叫んだ。
「よ、よくわからないっすけど早く助けてほしいっす~! 膀胱が限界で早くトイレに行きたいんすよぉ~! 漏れちゃうっす~!」
「あ、ああ!」
トイレはともかくこのままボサッとしていてもどうしようもない。俺は急いでナイフを使って縄を切り裂こうとした。
「暴れるな、ジッとしてろ!」
「ぐ、ぐすっ!」
しかしハニィは恐怖とはち切れそうな膀胱によって精神を追い込まれ理性を失いかけじたばたと暴れてしまう。腕をざっくり切ってしまうし大人しくしてほしいのに。
「だから暴れるな! 天上のシミを数えている間にすぐに終わらせてやるから!」
「うわーん!」
焦った俺はついつい命令口調になって声を荒げてしまう。クソッ、こんな事に時間をかけている暇はないのに!
「……………」
「ッ!」
けれどその時背後から強い殺気を感じ、俺は急いで振り向いた。まさか敵襲か!?
「ヒカリ!?」
「お嬢様!」
「ぶも」
だが幸いにしてそこにいたのは吹雪に跨ったヒカリだった。どうやら彼女は捕縛対象の俺を執念で俺を発見したらしい。
「ちょうどいい、お前も手伝ってくれ!」
滅茶苦茶敵意を剥き出しにしているし説得は必要だが向こうから来てくれたのなら好都合だ。偽物のイスキエルダの事について説明しないと!
「ええと、聖智樹さん? あなたは何をしているのですか?」
「え?」
だけどヒカリはとても冷静に、こめかみをひくつかせながらまるでディストピア世界に出てくるロボットの執行官の様に抑揚のない声で尋ねた。
「今この状況を説明しますと縄で縛られたレディがいて、鬼畜の表情で笑いながらナイフを持っている男がいて、ヒャッハー! すぐに終わらせてやるぜ! という看過出来ない発言をしているわけなのですが」
「いや笑ってはいないしヒャッハーとも言ってないけど」
彼女の瞳はとても曇っているのだろう、事実ではない説明も交えて静かに善良な市民を糾弾する。
俺はひょっとして国家権力の捏造に由来する冤罪が今まさに誕生しようとしている瞬間を目の当たりにしているのだろうか。
「ぐすっ、助けて……膀胱……」
「あ」
しかしほったらかしにしたせいでハニィの膀胱は限界に来てしまい漏らしてしまう。
怯えている少女がそんな事をしてしまったという状況は、ヒカリの先入観をさらに強固にしてしまっただろう。
「うん、言ったね。ハッキリと『助けて、この鬼畜レイプ魔に暴行される!』って言いましたね」
「言ってない。編集をするにしてもせめて音声素材を用意してくれ。今は生成AIとかがあるけど」
「ミトラさんだけじゃなくハニィさんやイスキエルダさんまで毒牙にかけるなんて……智樹も墜ちるところまで墜ちたね」
「ええと、お嬢様。これは」
ヒカリはわなわなと怒りの拳を震わせ秩序の執行者として覚醒する。
イスキエルダさんは誤解を解こうと説得を試みていたけど、彼女はまるで聞く耳を持つ様子はなかった。
「と、取りあえず俺の話を聞いてくっ」
「息吐くんじゃねぇド畜生がッ! 呼吸は立派なセクハラじゃいッ!」
「呼吸は生命活動だと思うよッ!?」
殺意のフェミニズムの波動に目覚めた彼女は新たなコンプライアンスの概念を作り出した。
こうして偏った主張により女尊男卑の社会が作られていくのだろう。
「チェストォォオオッッ!!」
「ギャー!?」
俺は素早く前方に飛んで回避するも、怒り狂ったヒカリは正義の鉄拳のひと振りで部屋にあるものを全て吹き飛ばしてしまう。
散らかった部屋は一瞬で綺麗になったが、壁は鉄球でもぶつけたかの様に見事にぶち抜かれたので大掃除には使えないだろう。




