4-77 ミトラに残されたヒナの記憶~切愛のワンナイトボマイェ~
じり、じり、じり。
俺は熱い眼差しになったミトラさんからゆっくりと退避する。その時の彼女は女豹ならぬ雌虎そのものだった。
「え? ミ、ミトラさん……? まだ早いですって、それは流石に」
まさかこのまま美味しくいただかれるのか――けれど彼女は優しい顔つきになり、俺のカツラの白い部分をそっと撫でた。
「ずっと大事にしてくれたのですね、久遠鳳雛が託したものを」
「……ミトラさんも知っていたんですか」
「ええ。断片的ですが印象的な記憶は引き継いでいるので」
誤解を招きかねない行動のせいでうっかり勘違いしてしまったが、俺はミトラさんの中に少しだけヒナの魂が残っている事を知り嬉しくなってしまった。
「それってつまりヒナもあの想い出を大切にしてくれたって事なんですね」
「もちろんですよ。彼女にとって最も大事な記憶の一つです。彼女は自らの髪と共に愛する貴方へ命を託したのですから」
「愛する、って」
そして俺はその時初めてヒナの想いを知ってしまう。
俺としてはただの仲の良い友達という認識だったけどヒナはそうではなかったのか。
「鈍感な智樹さんは気付いていなかったようですが、久遠鳳雛は貴方に恋心を抱いてしました。その想いを伝える事はありませんでしたが、ラブレター代わりに小説にして残したはずです」
「そうだったんですか? 全然知りませんでした」
ミトラさんは俺も知らなかった真実を伝えてくれた。
小説にして想いを伝えるだなんて実に彼女らしい方法だ。
それを俺に伝えなかったという事はやはり伝える勇気がなかったからだろうか。
それとも胸に秘めたまま墓場まで持っていくつもりだったのだろうか。
「ちなみにそれってなんてタイトルです? 今も読めますか?」
今となっては知る由もないが、俺は彼女の想いを知るためにも作品を読まなければいけない。
けれどミトラさんはいいえ、と首を横に振って残念そうに言った。
「書籍化はしていません。またなろうプロジェクトに投稿はされましたが他の多くの作品同様既に削除されています。彼女はプロの作家だったので根気強く探せばファンの方が保存したデータを持っている可能性はありますが」
「そうですか……」
俺は残念な知らせに落胆してしまったが、希望を捨てるのはまだ早いだろう。
発禁処分になった作品を扱っている闇サイトを調べてもいいし、最悪希典さんの力を借りるという手もあるし何とかしてヒナの作品を探してみよう。
ヒナの遺した真実を教えてくれたミトラさんは、指を俺の頬に這わせ囁くように語り掛けた。
「私は久遠鳳雛ではありませんが心の奥底には彼女の魂が存在しています。私はずっと貴方に会いたかった。ずっと貴方を求めていたのです」
彼女はヒナではないのだろう。
しかし面影は存在し、更には彼女自身の魅力により俺はひどく混乱してしまう。
これは果たしてどちらなのだろう。
彼女はそういう関係になる事を望んでいるのか、あるいはただ愛を求めているだけなのだろうか。
「いいえ、私が久遠鳳雛である前からずっと、荒木律子であった時から……」
「ミトラさん……?」
何よりも今の彼女は久遠鳳雛なのか、それとも荒木美虎なのか、あるいは名前しか知らない荒木律子という女性なのだろうか。
もしも彼女がそのつもりなら、俺は抵抗する事無く叶うはずのなかった想いを受け入れるべきなのだろうか。
(あ……)
だけど彼女は柔らかな肉体で俺を優しく抱きしめ、下衆な俺は全ての思考を放棄してしまう。
うん、童貞にこれはあかんて。
「……すみません、智樹さん。うつ伏せになってください。少しプロレスごっこ的な事をするので」
「はひ」
俺は人形の様に動かされ床に顔をうずめてしまう。やっぱりこのままそういう事になったりするのだろうか。
だけどうつ伏せって、この状態からどうなるのだろう。
俺は自分が把握しているエロゲの知識を引っ張り出したがすぐには思いつかなかった。
「行きますよ」
「は、はひぃ」
ミトラさんは少し離れた場所でクネクネと身体を動かし何かの準備をする。
ううむ、全く想像が出来ない。
というかこれ以上の事をやったら確実にNAROが飛んで来るけど大丈夫なのコレ。
――スッ。
姿勢を低くして膝を曲げたミトラさんは素早く滑り込む様に俺に接近、
「ボマイェエエエッッ!!」
「のおおん!?」
それはそれは見事な気持ちいい膝蹴りを俺の顔に炸裂させたのだった。
「ふう、スッキリしました」
まるでベストバウトの様な最高のボマイェを成功させたミトラさんはとても清々しい顔をしていたけど、鼻血をだらだらと流していた俺は何が起こったのか全く理解出来なかった。
「あのー、なんで濡れ場に行きそうなムードから中〇真輔の必殺技を浴びせたんですか。ガチのプロレスごっこですか。いえマゾの俺にとってはご褒美ですし気持ちよかったからいいですけど」
今では諸事情によりキンシャサと呼ばれているボマイェは新〇本プロレスの黄金時代を作り上げ現在は海外で活動している某プロレスラーの必殺技であり、間違っても性的な行為ではない。
「このまま本能に任せて性欲を発散してはコンプラ的にアウトです。性的な事はアウトです。ボマイェは性的ではありません。よってボマイェはセーフです」
「なんすかそのトチ狂った三段論法は。それに俺はマゾなので解釈によっては成立しませんよ。酔っぱらってます?」
俺は彼女の主張が全く理解出来なかったが赤ら顔を見て酔いが回っていると判断した。
おそらく正常に働かない頭で思考した結果こんな訳の分からない結論に至ったのだろう。
「かもしれませんね。しかしまだ私の滾りは抑えられません。それではベッドの上でプロレスごっこを続けましょう。最高のボマイェでイカせてあげます。イヤァオ!」
「イクじゃなくて逝くのほうっすよね。自分はマゾなのでイクのほうが正しいかもしれませんが。ミトラさんってこんなに面白い人だったんですね」
酔っぱらったミトラさんはすっかりキャラ崩壊し訳の分からない事を言い始めた。
これ以上相手にしても疲れるし中〇真輔ファンに怒られるからやめておこう。というか毎回ネタにしてすみません。
「ぐすん、寂しいです。冷たくしないで下さい。私は阿〇羅・原ですか」
「長崎に縁があるあのプロレスラーは遅刻とか借金をしまくったから一時期嫌われただけです。つーか世代じゃないから俺もよく知りませんし誰にも元ネタがわからないと思いますよ」
マニアックなネタをぶっこんだミトラさんは相手にされなかった事ですっかり拗ねてしまい、ベッドの上でごろんごろんと転がっていた。
「むにゃー」
「寝よった」
そして唐突に爆睡して幸せそうに眠ってしまい、二重の意味で置いてけぼりにされてしまった俺は途方に暮れてしまう。
自由にも程があるがやはり希典さんの関係者という事なのだろうか。
「んっ……」
「……………」
しかし酔っぱらっていても今のミトラさんはバスローブ姿で、ごろんごろんと転がってはだけてしまったせいで角度によっては見えてしまうわけで。
「まったく、無防備過ぎませんかね」
目のやり場に困った俺は仕方なく部屋の外に出た。
マップを見る限り危険な物はないけど、安全を確認するついでに使えそうなものを探してみよう。




