4-72 作られた存在のミトラ達
俺はまどろっこしい事を抜きにして直球で質問をした。
「教えてくれますか、あなたと希典先生の関係性を」
荒木というありふれた名字だけでは弱いが、様々な根拠が彼女と両者の間に関係がある事を匂わせていた。
「それに俺はあなたと会うのは初めてですが、あなたとよく似た雰囲気のヒナという友人を知っています。あなたは何者なんですか?」
だけど関係性はこの際そこまで重要ではない。
俺はむしろこっちの質問のほうが知りたくて仕方がなかった。
ミトラとヒナが同一人物だなんて、そんな馬鹿げた事あり得るはずがないのに。
「そうですね。全てを話せるわけではないのですが……」
その問いかけは彼女を困らせるものだったに違いない。ミトラは少しの間考えこみ、言葉を選んでから説明を始めた。
「まず荒木希典と私の関係性ですが、遺伝子は共通しているものの親族といった関係ではありません。あえて既存の概念で表現するなら作品でしょうか」
「作品ですか」
作品。それは言葉通りに解釈するのなら人の手によって作られた製作物だ。
人間にはあまり使わないその表現は毒親との親子関係を表す際に用いる事はあるにはあるが、マッドサイエンティストの彼の場合は倫理的に問題がある可能性しかなかった。
「同じ様にあなたの友人でもある久遠鳳雛と私はあまり関係ありません。私や彼女とよく似た荒木鳳仙とも。ですが少し考えればおおよその察しはつくのではないでしょうか」
「ええと……クローン人間的なアレですか」
「世に知られている技術ではそれが一番近いですね」
おずおずと尋ねると彼女はすぐに認めてしまう。
あのオッサンに倫理観なんて求めていないが、生命を作り出すなんて問題があるってレベルじゃない。
「嫌悪していますか、彼の事を」
「あ、いえ」
俺は心底希典先生を軽蔑してしまったけど、ミトラさんは寂しげに笑ってその想いを受け入れた。
「それが普通の反応なので構いませんよ。そういうのを抜きにしても私も希典さんとの関係はあまり良好ではないので。アルコール依存症は病気であると頭では理解していますけどね」
「そうですか」
もちろん大抵の家族には何かしらの問題があるものだ。
ましてや希典先生は科学者としての倫理観を抜きにしても問題が多い人間だし、確執の様なものは少なからずあるのだろう。
けれどドン引きする俺にミトラさんは更に衝撃的な真実を告げた。
「彼のフォローをするのならば近々クローン兵士部隊が戦地に投入される予定です。もっと言えば既にかなりの人数が混ざっていて、公表はされていませんが英雄と呼ばれる人の中にも少なからずクローン兵士がいたりします」
「え? そうなんですか。噂では聞いた事がありますけど」
連合軍は兵士不足を補うためにクローン兵士を導入しようとしている――それは割と有名な噂話だったが、俺はあまり信じていなかった。
だけど女性や老人だけでなく病弱な高校生や子供も兵士にするくらい兵士不足は深刻だし、考えてみれば十分に有り得る話かもしれない。
「彼等がしようとしている事は希典さんと何ら変わりません。あまりこんな事は言いたくありませんがきっと我々が作る倫理によってすぐに慣れるのでしょう。人間の常識なんてそんなものです」
「そうですか……」
クローン人間は生命倫理に反するというのが現在の多くの人の意見だろう。
しかしそうしなければ自らの生活が脅かされるというのならば、きっと大多数の人間は簡単に意見を変えるに違いない。
「付け加えて言えば悪い側面だけではありません。特にLGBTQや不妊に悩む人にとっては自らとパートナーの遺伝子を受け継いだ子供を授かる事が出来るので、そうした方にとっては夢の様な技術でしょうから」
「確かにそうかも知れませんけど。実際そのお陰でヒナとも会えたわけですから」
ヒナは自分の親は父親か母親か、親子なのかもわからないと言っていた。つまりはそういう事なのだろう。
異世界でも異なる種族の間では子供が出来ないけれど、もしもそうした人が望めば誰であろうと授かる事が出来る。
確かに議論は必要かもしれないけれど、子供が欲しい人にとっては神の奇跡とも言えるかもしれない。
少なくともこの技術がなければヒナと巡り合う事もなかっただろう。
そう考えると頭ごなしに否定する事なんて俺に出来るはずがなかった。
けれどミトラさんはそうではなかったらしく、悲し気に缶コーヒーを両手で握りしめた。
「ただ……時々自分は何者なのかわからなくなります。私は荒木美虎なのか、荒木希典なのか、荒木鳳仙なのか、久遠鳳雛なのか、それともベースとなった荒木律子なのか……それが少し苦しくはありますね」
「ミトラさん……」
――荒木律子。俺はその名前をどこかで聞いた気がする。
けれど俺にはもう思い出す事が出来なかった。
俺は彼女に共感したかったがその悩みは簡単に理解出来るものではなかった。
きっとミトラさんは誰にも思いを打ち明ける事が出来ずに独りで悩み続けていたのだろう。
「少し余計な事を話し過ぎましたね。今私が話した事は忘れてください。私はあなたとは何の関係もない赤の他人ですから」
だけど彼女はそれ以上弱みを見せる事無く拒絶する事を選び、俺は手を差し伸べる事も出来なかった。
彼女は救いを必要としない。
一昔前にもてはやされた自立した強い女性そのものだ。
だが果たしてそれは強さなのだろうか。
果たしてそれは幸せなのだろうか。
「でも、俺でよければ……しんどい時には相談くらいには乗りますよ」
俺にはそれが幸せとは到底思えなかった。
だから壊れる前に助けを求めて欲しかった。
たとえヒナと雰囲気が似ていただけの別人だとしても。
「っ」
ほのかなぬくもりを感じ、俺は何が起こったのかすぐには理解出来なかった。
「……ありがとうございます」
ミトラは俺を抱きしめ、感謝の想いを体温だけで伝える。
それ以上の言葉は必要なかった。
「あ……はい……」
俺はポカンとした後、何をされたのかを理解し頭が沸騰しそうになる。
そうか、俺はミトラさんに抱きしめられたのか。
前にもリアンに同じ様な事をされたが、大人の魅力が溢れるミトラさんとは彼女とは何もかもがまるで異なっていた。
うん、餅つけ俺。
じゃない落ち着け。
なんで黎明期のネット用語が飛び出したんだ、俺歳いくつだよ。
取りあえず缶コーヒーを飲もう。
けれど味なんてわかるはずもない。
コーヒーは微糖だったが、その時の俺にはどういうわけかとてつもなく甘ったるく感じられてしまったんだ。




