4-67 勇者を誘う特別なマタンゴさん
わずかな隙をつかれてミトラに手錠をかけられ、窮地に追いやられたその時意外な救世主が現れた。
「ともきくーん!」
「マタベエ!?」
「ッ!?」
ぴょこぴょこと間抜けな足音と共にやってきたマタベエは普段と変わらない能天気な笑顔で現れ、死に物狂いで戦う俺達を面白そうに見物する。
「なにしてるのー? ぼくもいっしょにあそんでいい?」
「遊んでもいいからとにかく手伝ってくれ! 胞子でも何でもいいから!」
この状況を遊んでいると馬鹿げた解釈したマタベエに言いたい事はあったがそんなのは後回しだ。俺は藁にも縋る思いでマタベエに懇願した。
「何でもいいんだね」
「え?」
けれどマタベエはニタリと笑い、その無邪気でありながら狂気を感じる不気味な笑みに俺は凍り付いてしまった。
「マタベエ……!?」
「まさか!?」
マタベエは俺が落としたM9を拾い、その銃口をミトラではなく俺に向けた。
マタベエは一体何をしようとしているんだ。
「にこにこ」
違う、こいつはマタベエじゃない。
マタベエの姿をした悍ましい何かだ。
彼の背後には触手の生えた黒い影が蠢き、人が見てはいけないものを認識した俺は発狂しそうになってしまった。
「ぐぁッ!?」
マタベエの姿をした何かは躊躇なくM9の引き金を引き、催淫弾を撃ち込まれた俺の精神は煩悩と色欲に支配され獣へと変わる。
「智樹君。法も倫理も所詮人が定めたルールだ。だけどどうして戦争で人を殺して相手の物を奪ってもいいのに犯すのは駄目なんだろうね。本質的には何も変わらないのに」
「ぐ、ああ……」
「大丈夫、誰も言わないだけで戦場では皆やってる事だよ。平和な時もそういう事をしている人は結構いるのに、肉食獣である事が求められる戦場でしないわけないじゃないか。人間ってそういうものだよ」
魔王は可愛らしい声で倫理を踏みにじる発言し、俺の思考は歪んだ物に書き換えられてしまう。この化け物はおそらく俺に鬼畜となる事を望んでいるのだろう。
「彼らは理想論しか語らない。そのくせすぐに人の罪から目を背けてしまう。だからその時になればすぐにルールを変えてしまうんだ。だって『そういうものだから』」
言葉は脳味噌をかき回し俺はそれが正しい常識だと思い込んでしまう。
それは人として決してやってはいけない事だというのに。
「智樹さんッ!」
気付くと獣になった俺はミトラを押し倒してボタンを引きちぎっていた。
そうだ、こいつは憎くてたまらない相手のはずだ。
俺はルールを護ったのに彼らは俺を護らなかった。
どうせ何もかもが無意味なら人である事にこだわる必要などない。
ならば何も問題ない――。
(わけがないだろッ!)
だが俺はなけなしの理性を奮い立たせ、鋭く尖った太い木の枝を掴んで自らの大腿部に深く突き刺した。
痛みによって我に返った俺は荒い呼吸をし、人の心を惑わす邪悪な魔王を睨みつける。
だが彼はなおも不敵な笑みを浮かべ俺の魂を食らおうとしていた。
ハッタリでもいい、とにかく虚勢を張り続けろ。
一瞬でも隙を見せたらこいつに食われて悪鬼に変えられてしまう!
「今はそれでもいいよ、智樹君。僕は君が魔王になるのを待っているからね」
キノコの魔王はクスクスと笑い、得体の知れない影と共に密林の中に消えていく。
けれど俺は奴の姿が見えなくなっても息をする事が出来なかった。
ようやく魔王の気配が消え、俺は急いで空気を吸い込んで酸素を補給する。
しかしそのせいで痛みをはっきりと認識してしまい、疲労と大量の出血のせいで意識が朦朧としてしまった。
「智樹さんッ! 智樹さんッ!」
ミトラは倒れた俺を抱きかかえて必死で声をかけて世界に引き戻そうとする。
だけど疲労が限界に来ていた俺はもう抗う事が出来なかった。
よくわからない奴の横槍のせいで争いが終わってしまったが、俺はこのままNAROに捕まり戦争に利用されてしまうのだろうか。
けれど何もかもがどうでもいい。もう疲れた……。




