4-55 リアンと分かり合うために
カチコミ用の木刀を携えたリアンはニヤニヤと笑いながら私とノミコちゃんを睨みつける。
彼女は実力もさることながら、心情的にも出来れば智樹の次くらいに戦いたくない相手だったけど仕方ない。
「その木刀は?」
「ああコレ? ヒムカに行った時に土産物屋で見かけて買ったんだ。ほら、木刀ってなんか買いたくなるだろ」
「わかるわかる」
リアンは得物を自慢げに見せつけ入手経路を語り、その感覚は大いに共感出来るものだったので私はうんうんと頷いてしまう。
どうやら私と彼女の価値観はよく似ている様だ。
「んで、やっぱオレと戦うつもりなんだよな。トモキのダチらしいし、オレとしちゃああんま戦いたくないんだけど」
彼女は意図してかどうかはわからないけれど少し困った様な表情を浮かべてしまう。
だけどそれが嘘である事は私にはすぐにわかってしまった。
「そう? その割には随分と殺気を感じるけど」
「へぇ?」
本音を見抜かれたリアンは愛理の顔から、お尋ね者の泥棒猫リアン・ミャオの不敵な笑みに変化してしまう。
刺激する事になるけど折角だからもうちょっとお話をしてみよう。
「けどそれはお互い様だろ? お前集落にいた時もずっとオレとサスケを警戒してたじゃねぇか」
「そりゃ二人は指名手配犯だからね。普通の累犯窃盗とかならともかく、あなたは強盗殺人ってまあまあシャレにならない犯罪をしてるわけだから」
「それもそっか。普通はそうだよな」
プロの犯罪者であるリアンもまた鋭い洞察力を持っており、私がずっと目を光らせていた事に気付いていた様だ。
美人局が切っ掛けて智樹と知り合ったリアンはこちらの世界では『泥棒猫』の異名を持つ極悪人らしい。
そんな人間が友達と一緒にいる――その事実は強い警戒心を抱かせるのに十分だった。
「……やっぱり本当の事なの? あんたは本当に人を何人も殺したの?」
「どうしてそんな事を聞くんだ」
「私はこの世界の事を何も知らないけど楽園じゃない事は知っている。人類の子孫がグリードって人達に対して差別をしている事も。だからあなたがちゃんとした捜査や裁判を経たうえで犯罪者と認められたのかもわからない」
「ああ、ひょっとしたらオレが冤罪なのかもしれないってお前は思ってるのか」
現代でも冤罪はしばしば発生する。
ましてやそれが差別や偏見が存在する場所でならばなおの事だ。
そうした地域では往々にしてまともな捜査もされず一方的に犯罪者とされる事も多い。
法律が万人に対して平等でも、人間が万人に対して平等でなければ何の意味もないのだ。
「一応金を持ってる奴やアンジョしか狙わないし、極力人を殺さない様にはしているがオレはちゃんとした極悪人だ。夢を壊して悪かったな」
「そう」
彼女は寂しそうに苦笑しながら私の考えを否定した。
だけどそこに微かな嘘が残っている事も私はすぐに見抜いてしまった。
「ならどうしてあなたはそんな事をする様になったの? どうしてあなたはそういう生き方を選んでしまったの?」
私はリアンの本心を知るためになおも問いかける。
それが彼女を傷付ける事になったとしても、私は知らなければいけなかったから。
「……それ言わないと駄目なのか? なんでテメェにそんな事を言わなくちゃいけないんだ?」
しかし私はどうやら踏み込み過ぎたらしい。
土足で心の中に足を踏み込まれたリアンは侮蔑の眼差しで睨みつけ、殺気はさらに増してしまう。
「お前は勝手なイメージで知ったつもりになってるだけだ。アンジョの連中はお前が思っているよりも百倍無茶苦茶なんだ」
リアンは陽気な少女の仮面を捨て去り、智樹には決して見せない憎悪に満ちた表情を浮かべる。
もしも智樹がこの顔を知っていたら彼女を愛理だとは思わなかったかもしれない。
「悪いのはいつだってアンジョだ。そのくせ奴らはエセ人道主義者を気取って手を差し伸べてあげましょうとか訳の分からない事を言いやがる。オレ達を本気で助けたいなら御託を並べてないで全財産を寄越せって話だよ」
私は踏み込んではいけない一線を安易に越えてしまった無知な自分を恥じてしまう。
彼女の剥き出しの怒りは恐ろしく、そして切なかった。
虐げられたグリード達の怒りや憎悪は私が理解出来るような次元ではなかったのだ。
「お前はオレが一番嫌いなタイプの人間だ。可哀想だから助けてあげましょうって頭にお花畑が生えてるように見えて、受け入れられない奴だって認識した途端に敵として排除しようとする。お前は天使の振りをした悪魔だよ」
吐き捨てる様に言い放った彼女は義手のガジェットを展開、殺傷能力があるニードルガンをいつでも射出出来る様にした。
「お前は智樹達の世界じゃ支配者側の人間なんだろ? そうやって何人もの命をテメェらの勝手な正義で奪い続けてきたんだろ?」
「私達は困っている人をこっそり助けているけど……そんな理屈は通用しないよね」
「同じ事だ。テメェにとっては正義かもしれないが助けているのは自分が受け入れられる人間だけなんだろ。言い換えればテメェの価値観で救う価値がない奴を選んでいるだけだ。そんなものは正義でも優しさでもねぇ、ただの傲慢だ」
「……かもね。そうかもしれない」
彼女の罵倒は全くもってその通りだったので私は何も言い返せなかった。
秩序を護る事とはそういうものだけれど、偽善者である私に説教をする権利はないのだろう。
「お前は本当にトモキをダチだと思ってるのか? テメェの勝手なルールでトモキを殺さないって言いきれるのか? もしもトモキがテメェらの敵になったとして、それでもテメェはトモキを受け入れられるのか? いや――トモキを殺さないって断言出来るのか?」
「……………」
私が親友である智樹を殺すなんて有り得ない。けれど私達はもう別々の道を選んでしまった。
戦争を誰よりも憎んでいる智樹は、もしも私達の世界が滅亡の危機に瀕しても何もしないだろう。
智樹の性格を考えたら直接手を下す事はないだろうけど、私達の世界と異世界を天秤にかけてどちらかしか救えないという選択肢を突きつけられた時、彼は間違いなく異世界を選ぶはずだ。
「オレはアンジョが大嫌いだが、オレ達以上に人間を憎んでいるトモキとは仲良くなれると思ってる。だからテメェの正義を押し付けるな。テメェの理屈を押し付けるな。そんなんだからトモキから愛想をつかされたんだ」
「あー……やっぱり嫌われてたんだ」
彼女は私が薄々感じていた事を言葉にしてくれた。
折角再会出来たというのに智樹の態度はどこか余所余所しかったのは私の気のせいではなかった様だ。
それは私がNAROになった事もあるだろうけど、やっぱり一番の理由は彼やリアンの魂を無意識のうちに審査していたからだろう。
それはとても傲慢な考えだというのに、私にはその自覚がなかったんだ。
「お前と話していて分かったよ。お前は正義のヒーローと思い込んでいるだけの痛い奴だ。そういう奴は正義のためなら簡単に一線を越えられる。簡単に想いを踏みにじる事が出来るんだ」
NAROの制服を着ていても私には信念らしいものがない。
元々スパイとして潜入したって事もあるけど、それを加味しても私は少しズレていた。
自分の正義を信じる――それは一見信念を持っている様に見えるけれど、ある種のサイコパスだと言えるかもしれない。
「トモキに誰も殺すなって言われてたし、ダチだから手加減しておくつもりだったが……オレやっぱお前が嫌いだわ。殺しはしないが気ぃ抜いたら死ぬから覚悟しとけよ」
「それがあなたの選択なんだね」
リアンは正義を振りかざす私を敵と認識したけれど、それでもちゃんと最低限の手加減をしてくれるあたり悪い子ではないらしい。
「けど智樹の事をそんなに想ってくれて嬉しいよ。そんな事をしたら絶対に嫌われるのに、智樹のために私を倒そうとするだなんて。やっぱり好きなの?」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ! キモイ事言うな!」
思わずにやけてしまった私が茶化すとリアンは赤面してぷんすかと怒ってしまう。
性格も愛の形も違うけど智樹を心の底から想ってくれている彼女を見て、私はやっぱりリアンは愛理なのかもしれないな、と思ってしまった。
「なら私も親友として全力で相手をするよ、リアン。もしも危なくなってもノミコちゃんは手出ししないでね」
「ヒカリがそうしたいなら構わないよ。じゃあその間私は異世界軍をシバいておくから」
影の中から様子をうかがっていたノミコちゃんはほんの少しの逡巡の後、お願いを受け入れ操られたカルラ族の兵士の対処をしてくれた。
「というわけだからごめんね。サクッと倒すよ」
「ああ!?」
「オゥイェス!?」
彼女は無数の影の手を伸ばして相手が飛んでいようがお構いなしに捕縛して瞬殺する。
相変わらずのチートスキルで見せ場も何もないけど本当に頼りになる相棒だ。
「そこのAV男優変な声出さない。誰が得するのさ」
「ほぉん、あぁん!」
「……………」
また何故か芦田隊長も巻き添えを食らって緊縛プレイをしていたけれど、ノミコちゃんはチラリと見ただけでそれ以上認識する事はなかった。
きっとスルーしてあげたほうがいいと判断したのだろう。
「私もあなたの事を知りたいから。だから魂をぶつけ合おう。ちゃんとお互いの事を理解するために」
出来れば戦わずに済めばよかったけれどそれでは禍根を残すだけだ。
だから傷つけあう事になったとしても私はリアンと戦わなければならない。
「これよりあなたの魂を審査します!」
「上等だ、かかってこいやッ!」
私は気合を入れて拳を振り上げる。
気の済むまで殴り合って想いをぶつけ、最後に互いの手を握るためにも。




