4-50 聖智樹捕縛に向けてのティータイム
デンジャー先輩が陥落した事で警戒していた皆は一致に打ち解け、空気を読んで忖度焼きに手を伸ばす。
私が食べた抹茶クリームはほんのり苦みを感じ、甘過ぎないのでサンゴコーヒーとの相性はピッタリだ。こういうのを食べながらアニメ制作が出来たらどれだけ幸せなのだろう。
私はもしゃもしゃと忖度焼きを食べミトラさんと鳳仙の顔を交互に見比べる。やっぱり二人の見た目ってってそっくりだよなあ。
「やあ、ミトラ。仕事は頑張ってる?」
「まずまずですね」
鳳仙はニコニコしながらミトラさんに世間話を振ったけれど、彼女は不愛想に短めの返事をする。仲がいいのか悪いのかわからない絶妙な空気感だ。
本当はバチバチでも仲が良い事をアピールするため見せつける様に談笑をしたりする事もあるけど、こういう高度な大人のプロレスは息苦しくて仕方がない。
「そういえばミトラって今年で何歳だっけ。前に会った時は十歳くらいだったけど」
「今は三歳くらいですね」
「?」
年齢を聞かれたミトラさんは冗談にしてもイマイチ笑えない微妙なボケを返した。
ギャグにしてももう少し笑いのセンスが欲しいというか。若返ったってボケなのかな?
でもミトラさんって何歳なんだろう。
普通行政のトップって若くても五十代くらいが普通だけど、見た目は二十代くらいだし滅茶苦茶美魔女だよなあ。
それにそれを言えば鳳仙もかなりの年齢のはずだ。
久遠瑞鳳は私達が生まれる前からアニメ業界で活躍しており、民間ならとっくに定年退職している年齢だ。
なのにこっちも見た目は高校生くらいだし……今更だけどシンプルながら一番の謎だ。
私はまだ気にしなくてもいいけど、将来に備えて若さを保つ秘訣を教えてほしい。
「どう、そっちは上手くやっているかい?」
「いつも通り胃が痛む日々です。甲東官房長官の乗っていた船がゾンビに襲われて沈没しました。しばらく国内政治は混乱するでしょうね」
「あらら、そりゃ大変だ」
(マジ? 甲東官房長官が……)
また世間話をしている最中ミトラさんは衝撃的な事実を伝えた。
そういえば甲東官房長官が視察をするとかそんな事を言っていたけど死んじゃったのか。
正確には死んではおらず行方不明らしいけど、あんな大物が死んでしまったらまた変な陰謀論が生まれてしまうだろう。
ゾンビは旧希典派が呼び寄せたわけだから犯人は旧希典派になるけど、きっと彼らはそんなつまらない真実じゃ納得しないはずだ。
今度の黒幕は誰になるんだろう。せめて悪い人が民衆の敵と認識されたらいいんだけど。
「私も立場があるので何かを言う事は出来ませんが、そちらも上手くやってください。今言える事はそれだけです」
「ふふ、わかってるよ」
(ええと?)
ミトラさんはコーヒーを飲み、言質を取った鳳仙は満足げな笑みを浮かべた。
上手くやってください――それはきっとアニメ制作の事なんだろうけど、私はその意味が全く理解出来なかった。
ミトラさんは摘発対象者を助けているヨンアやトレンタさんの汚職を黙認しているけど、NAROから認可を受けていないアニメ制作に目を瞑るなんて。
私達のやっている事に薄々気付いている節はあったけど、実際はやっぱりガバガバなんだ。あまりこういう事は言いたくないけどもしそうなら凄く助かる。
フードコートでの世間話というには少しばかりデカ過ぎるニュースが詰め込まれていたけど、ミトラさんは話を進めるため鳳仙に本題を切り出した。
「ですがよろしいのですか?」
「何が?」
「あなたならもう察していると思いますが私達はこれから聖智樹を捕縛します。つまり彼と敵対する事になります」
私は鳳仙と智樹の関係性をよく知らないけど、浅からぬ因縁があるっぽいという事だけは知っていた。
特別な相手に危害を加えるというのは敵と戦うよりも覚悟がいる事だし、作戦遂行にも支障が出るのではないか――ミトラさんはそんな危惧をしているのだろう。
「捕縛するだけで殺すわけじゃないんだろう? なら構わないよ。だけど少し壊すのは構わないよね」
しかし鳳仙はニヤリと笑い、その不気味な笑みは性犯罪のそれだった。どうやら大義名分を得たこいつは智樹を殺さない程度に弄ぶつもりらしい。
「コンプライアンスは遵守してくださいね」
「はいはい、わかってるよ」
その笑みはミトラさんですらドン引きしてしまう程不気味だったので、彼女はそれとなく犯罪者予備軍に警告をした。
まったく、心配して損しちゃった。私も鳳仙がやり過ぎない様に目を光らせておかないと。
「仲村渠さん」
「え、は、はいっ!」
そのやり取りを眺めていると不意にミトラさんが話しかけてくる。この空気じゃちょっとお話しにくいのに。
「このコーヒーを飲んだら出発します。いつでも出撃出来るように準備してください」
「もうですか?」
「行動は早ければ早い方がいいです。こうしている間にも彼は我々を迎撃する準備をしているでしょうから」
「はあ。でもすぐに終わりそうな気もしますが……」
私はミトラさんが言っている事が理解出来たけど少し違和感を覚えてしまう。それはまるで智樹が脅威であると考えているかの様な口振りだったからだ。
「彼は曲がりなりにも特待生、ゲリラ戦の戦い方は熟知しているでしょう」
「確かにそうかも知れませんが」
智樹は特待生だけどそれだけだ。
兵力差は歴然であり、向こうもニライカナイにやってきたばかりで地形を熟知しているわけでもない。
ゲリラ戦はジャングルや穴の中に隠れるのがセオリーだけど、土地勘がなければそれも出来ない。
もしもゲームみたいにマップ機能でもあればともかく、どう考えてもこっちのほうが有利だったからだ。
「あまり油断しない様に。彼はわずかな手勢でこちらの世界で数々の武勲をあげています。特に白衣の少女に関してはこちらの世界に迷い込んだゴルイニシチェの中隊をたった一人で壊滅させました」
「っ」
けれどミトラさんはたるんだ私に警告する。
おそらく白衣の少女はまれっちの事を指しているのだろうけど、それは突拍子もなさ過ぎてとても信じられなかったからだ。
フィクションでは一騎当千の兵士が敵の大群を壊滅させる事はあるけれど、実際の戦争ではまずありえない。
最強最悪のゴルイニシチェをあの女の子がたった一人でやっつけただなんて……だけどミトラさんが言っているならそれは本当の事なのだろう。
「おそらく一筋縄ではいかないでしょう。唯一の救いは向こうにも殺す意思がない事ですが、たとえ模擬戦紛いの戦いだとしても運が悪ければ死ぬ事もあるでしょうから」
「……はい」
私はようやく智樹達が強敵であると認識する。けれどむしろそっちのほうが良かったかもしれない。
圧倒的な戦力差で叩きのめすのはフェアじゃないし可哀想な気もしたけれど、智樹がそれ程までに厄介な相手ならそのほうが戦いやすかったからだ。
お互いに殺す意思がない以上今回の戦いは本番だけど本番じゃない。
落ちこぼれの私は演習じゃいっつも智樹にフルボッコにされていたから、胸を借りるつもりで勝負を挑ませてもらおう。




