4-6 魔王マーラの誘惑と、小さな勇者の悪意
意識を失っていた俺は再び別の場所に移動していた。
それはどこかの研究所の様だったが、すっかりキノコの苗床になっておりここでもマタンゴさんがキャッキャとはしゃいでいた。
しばらく歩くと展示スペースだったであろう開けた場所に出る。
展示スペースには人工衛星らしきものやロケットの様な残骸が置かれていたので、もしかするとこの場所は宇宙の何かにまつわる研究機関だったのかもしれない。
展示パネルは埃まみれだったが、俺は手で土を払いのけ文章を読んだ。
『……小…星………リュウ……シャカムニ……………起源……』
文字はほとんど掠れて読めなかったが、辛うじてその部分だけは読む事が出来た。
しかしこれだけでは何を意味するのかはわからない。
だがパネルに意識を取られていると、ふわりと麻薬の様な淫靡なニオイが背後から漂ってきた。
「捕まえた」
「っ」
何かは俺の背後から抱き着き、耳元で囁くようにそう呟いた。
官能的な声は耳から脳を侵食し、俺は一瞬で魂を奪われてしまう。
「あの?」
おそるおそる振り向くと女性は布切れ同然の服を着ており、青少年にはとても直視出来ない装いをしていた。
女は指で全身を撫でまわし、俺は何も出来ずに身を委ねる事しか出来なかった。
「お前は誰だ」
だが俺は興奮よりも恐怖が勝ってしまった。
こいつに誘惑されてはならない。
欲望に屈して身も心も明け渡した時、俺は全てを奪い尽くされて苗床にされてしまうだろう。
「智樹が望むなら私は何もかもを与えましょう。私と一緒に世界を滅ぼして、この世界を半分こしましょう?」
煩悩の化身である女性は聖者を誘惑する様に俺に囁き、手つきはさらに嫌らしくなる。
だがその誘惑に従えばどの様な結末を迎えるのか俺にはわかってしまった。
「すんません、自分童貞なんで勘弁してください」
俺は懸命に自我を保って魔王の誘惑を拒絶した。
しかしこの後に控える龍王との戦いに打ち克つには俺はあまりにも弱すぎた。
「そう」
「っ」
思い上がった勇者を誘惑出来なかった魔王は落胆し、あるいは興味を無くしたのか背後から禍々しい剣を突き刺した。
「あ、が、がぁ……!?」
「なら……無理やりにでも智樹を私の物にするだけね」
全身を這う生臭い分泌液を出す無数の触手は口腔から、傷口から入り込み、内臓をまさぐって俺の肉体を思うがままに作り変えようとする。
このままでは人間に戻れなくなる。早くこの悪夢から覚めなければ――!
「だめー!」
「っ」
必死で抗っていた時、一筋の光が触手を切り裂いて俺は魔王の呪縛から解放される。
その少女もまた勇者というには少しばかり禍々しい剣を構えていたが、すぐに彼女が味方であると確信した。
眩い光のせいで彼女がどのような顔をしているのかはわからなかったが、キノコの様に特徴的な大きな帽子を被っていた事だけはわかった。
「痛かったよね。ぽふぽふするね」
「あ……」
彼女は恐怖で震える俺を抱きしめ、愛に満ちた抱擁をして甘美な胞子を振りまいた。
「悲しくないよ。怖くないよ。大丈夫だよ」
すると先ほどまで感じていた絶望が嘘の様に消え去り、俺は次第に夢を見ているかのように心地よい気分になってしまう。
「だから目を閉じて。そうすればずっと幸せな夢を見ていられるから」
同時に俺は少しずつ理解してしまう。
天使の様に思えても、彼女もまた愛によって弱き人の子を誘惑する魔王であるのだと。
けれど俺はそれでもよかった。
永遠の絶望から解放され、これほどまでに安らかな眠りが手に入るのならば何も迷う事はなかった。
……………。
………。
…。




