4-3 滅亡寸前の人類の悪あがき
グリードの領主の中で不和が生まれつつある中、アシュラッドでもまた険悪な空気が流れていた。
「エドラドにしてやられたな。まさかトリノスを掌握されるとは……」
「我々の命運はあの男に握られているも同然だ。一体どうすればいいのだ!」
「騒ぐでない。騒いだところでどうとなるものでもなかろう」
アシュラッドの支配者たちはヒステリックに叫び、バオウル議長は静かに諭して狼狽える彼らを落ち着かせた。
「だがこのまま手をこまねいていれば我々は緩やかに滅ぼされる。早々に手を打たなければなるまい。クライよ、何か策はあるか」
バオウルは参謀も務めるクライ大臣に意見を伺った。
彼は冷徹な一面はあるものの、この男の知恵により今までアシュラッドは首の皮一枚で繋がり続けた。
きっと彼ならば今回も妙案を献策するに違いない。だがそれはおそらく痛みを伴うものなのだろう。
「はい。やはりここはニライカナイの遺産を手にするのが上策かと」
「禁足地ニライカナイの遺産か……」
クライ大臣はやはり悍ましい策を発案した。
それはトリノスを掌握された事よりも衝撃的であり、支配者たちは狂気じみた策に恐れをなしてしまう。
「クライ大臣よ、気でも触れたか。禁忌を破るなど言語道断だ!」
「確かに今まではそれで何も問題はなかったかもしれません。しかし管理者権限を持つマレビトが彼の地へ向かっています。禁忌を犯したとしても早急に手を打たなければ取り返しのつかない事態になるでしょう」
禁忌を犯す――それは終末の歴史を知るアンジョの子孫にとっては神を冒涜するが如くの暴挙だったが、クライ大臣は平然と誰もやろうとしなかった禁じ手を打とうとしていたのだ。
「マレビトに神代の遺産を奪われてしまえば我々にはもう為すすべがない。やむを得ぬか」
「だがそれで天罰が下って我々が滅んでしまえば元も子もないではないか!」
「その結果がこれだろう! 我々はもっと早くにアンジョの遺産を使うべきだった。そうしていればこんな事にはならなかったはずだ!」
「最早グリード達の工業製品は我々の技術力をとうに上回っている。これも全て問題を先延ばしにし続けた愚かな先王達のせいだ!」
権力の失墜に恐怖した支配者たちは互いに仲間割れを始めて責任を擦り付けあう。
この世界でアンジョの子孫が支配者のままでいられたのはひとえに技術を独占していたからだが、権力の座で胡坐をかいているうちにその優位性はとうに失われてしまった。
本来この最悪の結果は避けられたはずだ。
だが誰もがいずれそうなる事を理解していたというのに、先人達は何もせずに眼をそらし先送りにし続けたのだ。
「よさぬか、みっともない」
醜い争いを見たバオウル議長は何故栄華を誇った人間が滅んでしまったのかを理解してしまった。
人間は傲慢だったから滅んだのではない。ただ愚かだったから滅んでしまったのだ。このような生き物には天罰を下す価値もないだろう。
「かつて三百人委員会やディープステートと呼ばれた我々がこのザマか。我々を神格化していた当時の人間がこの惨めな姿を見てしまえば幻滅してしまうだろうな。諸行無常、盛者必衰の理はいつの時代も変わらぬか」
アンジョの先祖達はかつてそう呼ばれ、世界を裏から支配していたとされるほど絶大な権勢を誇っていたという。
だが所詮あんなものはフィクションでしかない。
もしも支配者達が協力して世界を支配し平等に利益を分け合おうと崇高な事を考えていたのならば、この世界には戦争も差別も存在しなかっただろう。
ましてやそれを家畜同然の信奉者に分け与えるなどあり得るはずもない。実際の所、彼らもまた同じ志を持つ支配者同士で仲間割れをしていたのだから。
いつの日か再び世界の支配者になる事を望んだ旧支配者達の魂は今もこの世界に存在するが、なけなしの権力を手放そうとする酔狂な支配者は誰一人として存在しなかった。
「誠に勝手ではございますが既に兵士を派遣しております。管理者権限を持つマレビトを配下に加えニライカナイの遺産を手にした暁には、必ずや人類の栄光を取り戻してみせましょう」
「……頼むぞ、クライ大臣。誰も信じられない以上、我々にはお前だけが頼りだ」
アンジョの支配者たちは権力を維持するため、誇りを捨ててクライ大臣に縋り付く事しか出来なかった。
当初はクライの事を素性の知れない胡散臭い男だと邪険にしていたが、このような関係性になる事を一体誰が想像出来ただろうか。
「ええ、全て私めにお任せ下さい」
支配者たちを掌握したクライは邪悪な笑みを浮かべ護るつもりのない約束をする。
無論彼はニライカナイの遺産を手にした所でその恩恵を彼らに与えるつもりは毛頭なかった。そんな事をしてもクライにはさしたるメリットがなかったからだ。
支配者たちもまたその事を薄々理解していたが懇願する事しか出来なかった。
閉ざされた世界で細々と生き続けた人類の生き残りは、そう遠くないうちにその歴史に幕を閉じる事になるのだろう。
薄暗い山奥で枯れかけた野花が散る様に、誰にも知られずひっそりと。




