3-191 もう飲む事が出来ない最高の酒
宴会から一夜明け、出発直前に俺は港を適当に散歩していた。
災害直後という事もあり流石に運動をしている人はいなかったが、救援に必要な物資が続々と運ばれていたので割と賑わってはいた。
打算とはいえエドラドが恩を売るためにあれこれしているみたいだし、復興に関しては俺が何かをしなくても問題ないだろう。
「どうもです」
「うぃ」
船の出発の時間までする事がないので、海辺でのんびりしていた希典先生に話しかけてみる。
先生は念願の赤星ビールをカザンマ切子のグラスに入れて飲んでおり、優雅なひと時を過ごしていた。
「相変わらず元気な火山ですねぇ」
俺は今日もいい天気ですね、みたいなノリでそう切り出した。
災害をもたらした火山は煙を吐き出しているものの、今は比較的落ち着いているのでしばらくは大丈夫だろう。
「今回は結構な規模の噴火だったけど九州ではそんなに珍しくない。火山が噴火するたびに大地は焼き尽くされ、そのたびに新たな命が芽生える。この世界はそうやって滅びと再生を繰り返してきたのさ」
「そしてそのサイクルは人間の事なんてお構いなしに自然の営みとして起こる。いくら人間が地球を大事にしても、地球は人間の事なんて考えませんからね」
「そうだね。ほんの少しでも地球のバランスが崩れたのならば人間は簡単に滅んでしまう。気温が暑くなっても寒くなっても大気が変わってもね。人間が滅びに抗うために何かをしたところでせいぜい誤差にしかならないだろう」
俺は虚無の眼差しで噴火したばかりの火山を眺める。
向こうじゃ地球を護ろうとかいろいろ言っていたけど、そんなものは所詮人間のエゴであり幻想に過ぎないのだと、この絶景を見れば嫌でも理解してしまうに違いない。
「ビール、美味しいですか?」
「まずまずだね。これはこれで美味しいけどまだ完成はされていない。今回は間に合わせるために醸造速度を速める技術を使ったけど、オリジナルと同じ方法を使ったとしても俺っちが飲みたかった赤星ビールにはならないかもねぇ」
「そうですか。希典先生ってどうしてそこまで赤星ビールに拘るんですか?」
何の気なしにしみじみと赤星ビールを飲む先生に尋ねると、彼はそうだねぇ、とつぶやいてこう言った。
「俺っちはいろんな酒を飲んできたけど、なんだかんだで若い頃に仲間と愚痴って夢を語りながら飲んだ赤星ビールが一番美味かったんだよねぇ。だけどきっと味を再現した所で、もう飲めないんだろうねぇ」
憂鬱な想いはアルコールと混ざり合って溶け、彼の意識は微睡の中に消えていく。
そうやって彼はいつだって現実から眼をそらし続けていたのだろう。
「俺も付き合いましょうか」
「ん? ついに酒を飲む気になったの?」
「いいえ、俺はこれで」
俺はそう言って九州民のソウルドリンクを取り出す。酒ではないが炭酸なのでギリギリ代用は可能だろう。
「そうかい。まあ今はそれで妥協しておこう」
「ええ」
俺と希典先生は瓶をカチン、とぶつけて乾杯をした。
子供だましでごっこ遊びの様な乾杯だけど、俺もいつかは彼が好きだったビールを飲んでみたいな、と思ってしまったんだ。




