97話 外伝 レオンの結婚事情4
アイリスは父に呼び出された後の数日間、レオンの隣で仕事をしている最中も、なんだか落ち着かなかった。
レオンは相変わらず、仕事をしているアイリスが困らないように優しく見守り、仕事が終ると労いの言葉をかけて気遣ってくれる。
そんな優しいレオンを、自分は一瞬でも結婚相手として想像してしまった。
とても失礼なことをしてしまったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
それからしばらく経ったある日、仕事を終えたレオンが、アイリスに話しかけた。
「今日の仕事も終わったことだし、そろそろダンスの練習をしようか。」
終戦・同盟記念パーティ―は、王宮の広間で行われ、舞踏会もプログラムに組み込まれている。
レオンとアイリスは、最初に皆の見ている前で踊るので、いつも事前に練習することにしていた。
二人とも、子どもの頃からみっちりと指導を受けているので、ダンスがとても上手だ。
二回目の終戦・同盟記念パーティ―からアイリスはレオンのパートナーを務め、その後の公式行事である建国記念パーティ―でも二人はいつも流れるような美しいダンスを披露していた。
「はい。よろしくお願いいたします。」
アイリスが同意したので、レオンは待機させていたバイオリンとチェロの奏者を二人、執務室に呼んだ。
テーブルと椅子は隅に寄せて、執務室は小さな舞踏会会場になった。
レオンはアイリスの手を握って腰に手を回し、アイリスはレオンの肩に手を添えた。
いつもならこのまま何事もなく踊り始めるのだが、アイリスはレオンに手を握られた時、胸がドキっとした。
自分でもその胸の高鳴りに驚いた。
レオンの顔を見ると、また胸が高鳴る。
えっ?私、どうしたの? 陛下と結婚なんて想像してしまったから?
思わず目を逸らしてしまった。
レオンは、そんなアイリスの変化に気が付いた。
顔を見ると、頬がバラ色に染まっている。
少し手も震えているような気がする。
えっ? もしかして?
レオンは試しに腰に回した手にぐいっと力を入れ引き寄せてみた。
「あっ」
小さな声を上げて、アイリスの顔が増々赤くなった。
えっ? これってもしかして、アイリスが俺を男として意識している? やっと、男として認めてくれたのか?
レオンはもう一度、アイリスの赤く染まった顔を見た。
アイリス、可愛い。なんて可憐で可愛いいんだ。
バイオリンとチェロの演奏が始まった。
二人は音楽に合わせて踊り出した。
レオンはアイリスに優しく微笑みながらステップを踏んだ。
アイリスにはレオンの微笑みが眩しすぎて、真面にレオンの顔を見ることができず、いつもと違って少しぎこちない。
君は知らないだろうけど、俺はとっくに心の傷は癒えているんだよ。
もちろん俺も人間だから、失恋したときは傷ついたし、腹も立ったりした。
でも、君が俺を癒してくれたんだ。
ふふっ、君は俺がまだ心の傷を抱えていると思ってる。
そして、俺を守るためにパートナーになってくれいてる。
だから、まだしばらくは言わないでおくよ。
本当のことを言わないだけで、嘘は言ってないから許してくれるよね。
アイリス、君は気づいているだろうか。
この国で君が一番王妃に相応しい女性だと。
君と一緒に仕事して、君の素晴らしさがよくわかったよ。
知識も教養もずば抜けていて、仕事をさせたら早くて完璧だ。
それに、この国のことを誰よりもわかっている。
領主全員と面識があって領地にも領民にも詳しい人間なんて君以外にいないよ。
そして、君は国民を愛している。
君の日記から国民に対する思いやりが伝わってくるよ。
人脈もすごい。
ワーレンブルグの王妃と大神官によろしく伝え合える令嬢なんてどこにもいないよ。
誰に対しても優しくて誠実な可愛いアイリス。
そんな君と一緒に過ごすうちに、俺はいつしか君に恋をしてしまったよ。
フフッ、本当はね。俺は、君と結婚しようと思えば、いつでもできるんだ。
君の父上に話せばすむことだからね。
でもそんなことをしたら、君の大嫌いな政略結婚になってしまうだろ?
だから、言わない。
君が僕を好きになってくれるように頑張ってるんだが、少しは心に届いたかなあ。
仕事中、ずっと君を見ているよ。
優しい言葉もかけ続けてる。
サラのことを話すときは、もう気にしてないよって伝えているつもりなんだけど、君はどこまでわかってくれているのかな。
結婚を意識してほしくて、ディックとセブの出産祝いにも一緒に行った。
少しは家庭を持つ幸せを感じてくれただろうか。
やっと俺のことを意識し始めてくれたようだから、その気持ちがもっと大きくなるようにこれからもっと努力しよう。
アイリスは、一緒に踊るレオンがそんなことを考えているとはつゆしらず、音楽に合わせて踊り続けていた。
ハストルップ公爵家の使用人の中で、アイリスの衣装担当の達人メルは、アイリスの微妙な変化に気づいていた。
陛下を話題にすると、少しギクシャクする。
こんなことは今までになかったことだった。
お二人の間に、もしかして何かあったのかしら。でも、お話を聞く限りでは、まだ、何もないみたいだし・・・。だけど、お嬢様の意識が大人になってきたのなら、衣装もそれ相応に合わせなくては。今回のパーティーに着る衣装は、今までよりも大人びたものにして、お嬢様の魅力を最大限引き出すわ!
パーティ―当日、メルは今までよりも大人びた衣装と装飾で、アイリスを美しく飾り立てた。
「あの、メル? 少し露出が多すぎないかしら。」
「お嬢様、何をおっしゃいます。他のご令嬢のドレスに比べれば、お嬢様のドレスはまだ控えめな方ですよ。」
メルに送り出されて、アイリスは王宮のレオンが待つ控室へと向かった。
控室でアイリスに対面したレオンは、しばらく言葉を失った。
濃紺の艶やかなシルクに星空を散りばめたようなデザインのドレスは、アイリスの陶器のように滑らかで白い肌をいっそう際立たせている。
目の前にいるのは、子どもの頃から知っている少女ではなく、大人に成長した色香漂うレディであった。
「あの、私おかしいですか? いつもと違うから少し恥ずかしいような・・・。」
「アイリス、あまりの美しさに言葉を失ってしまったよ。ごめんね。恥ずかしがらずに、堂々とすると良いよ。きっと皆、君に釘付けだ。」
「恐れ多いお言葉ありがとうございます。」
「それから、今日は特に俺のそばにぴったりとくっついていて欲しい。」
「はい。私が陛下をお守りいたします。」
「ああ、頼むよ。」
君はまだ、他の令嬢たちから俺を守っていると思っているようだが、本当は俺がアイリスに男が近寄らないようにくっついているんだよ。
今日のアイリスを見たら、男どもが放っておかないだろう。
だから、絶対にそばを離れないでおくれ。
しかし、アイリスはそんなレオンの気持ちにまったく気づかず、いつものように女性からレオンを守ろうと意気込んでいた。
パーティー会場に二人が入場したときは、女性も男性も会場にいる全ての人間が、二人に釘付けになり、あちこちからため息がもれた。
特に男性からの視線が熱く、レオンはアイリスにぴったりとくっつき、男たちを牽制し、しつこくチラチラ見てくる男には、睨みを効かせて追い払った。
陛下がこんなにくっついてくるなんて、令嬢たちのチラチラ攻撃をよっぽど恐れているのだわ。
アイリスはできるだけレオンから離れまいと心に誓う。
ダンスの時間が来た。
レオンとアイリスは中央に出て挨拶をする。
練習のときには意識しすぎてぎこちなさが残るダンスだったが、皆の見ている前でみっともないダンスを見せるわけにはいかない。
アイリスは集中して、誰もがため息をつくほどの美しいダンスを披露した。
これほどの華麗なダンスを見せられると、レオンが婚約者でもないアイリスをパートナーに選ぶのも無理はない、と誰もがそう思い盛大な拍手を送った。
踊り終わって拍手が鳴りやまない中、ほっとしたアイリスの手をとり、レオンは手の甲にそっと口づけた。
いつものお決まりの口づけなのに、アイリスはボッと火が付いたように赤くなってしまった。
「アイリス?」
「え? 私どうしたのでしょう。急に顔が火照ってしまって。」
うなじまでピンク色に染まってしまったアイリスは、とても色っぽい。
このままでは、男どもの視線をますます集めてしまいそうだ。
レオンは他人にそんなアイリスを見せたくなかった。
「バルコニーに出ていったん熱を冷まそう。」
「はい。私もその方が良いと思います。」
レオンはアイリスを庇うようにしてバルコニーへと移動した。
アイリスも外の空気に触れれば熱が冷めると思った。
しかし、その後すぐに、もっと赤くなってしまうとは思ってもいなかった。




