96話 外伝 レオンの結婚事情3
予定の時間になると、ワーレンブルグの医療宮の医師であり、責任者でもあるギルバート・ケリーと、医療研究所職員との会議が行われた。
その会議には、レオンもアイリスも同席している。
ギルバートは、アイリスを見て懐かしそうに話しかけた。
「お久しぶりです。しばらく見ないうちに、とてもお美しくなられましたね。今でも、聖女様を一生懸命に看病していた姿を懐かしく思い出しますよ。」
「あのときはお世話になりました。ギルバート先生もお元気そうで何よりです。」
「王妃様も大神官様も、アイリス様にはよろしく伝えて欲しいとおっしゃっていらっしゃいました。神官様は、あれから大神官様に昇格されたのですよ。またお会いしたいようなので、是非とも我が国に遊びに来てくださいね。」
「恐れ多いお言葉ありがとうございます。王妃様、大神官様に私からもよろしくお伝えくださいませ。」
何気ない挨拶であったが、同席していた職員たちは皆一様に驚いていた。
この少女にいったいどれほど大きな人脈があるのだろうと。
だが、レオンは当たり前だというように微笑みを浮かべているのだった。
月日は流れ、アイリスは十八歳になった。十五歳の幼い少女の面影は消え、大人の色香を醸し出す立派なレディに成長していた。
サラと別れてからの三年間で、身近な人々にも大きな変化があった。
セブが平民から子爵位に叙爵された。
それに伴い、ディックもセブも愛する女性と結婚できた。
そして今はディックには男の子が、セブには女の子が生まれて幸せな家庭を築いている。
アイリスは二人に子どもが生まれた際に、レオンに誘われて一緒にお祝いの贈り物を届けに屋敷を訪問した。
ディックは、妻エミリーと赤ん坊を前に、見ている方が呆れるほどデレデレしていた。
エミリーのことを、この上なく愛している気持ちが堰き止めることもなく溢れいて、一緒に話している間、始終ニコニコしていた。
「結局、最後まで当てられっぱなしだったな。」
と呆れたようにレオンは言ったが、アイリスはちょっとうらやましいなと思いながら帰路についた。
セブの妻ジュリアはとても凛々しく、出産予定日ギリギリまで、セブと一緒に剣術の稽古をしていたと聞いて驚いた。
さすがにランニングは医者に止められたらしい。
適度な運動は出産に良いからね。と笑いながら話していた二人はとても幸せそうだった。
ジュリアは、女の子だけど剣術も体術も教えて、いつか陛下のお役にたつようなレディに育てたいと話していたことが印象的だった。
「ところで、もうすぐ、終戦・同盟記念パーティーが開かれるが、今年もパートナーになってくれるかい?」
「はい。私でよろしければ、お引き受けいたします。」
終戦・同盟記念パーティーは、和平交渉か成立した年から、毎年王宮の大広間で催されている王室主催の記念行事だ。
平民たちは町や村の祭りを楽しむが、貴族たちは王室主催のこのパーティーを楽しむことになっている。
アイリスは、初めての記念パーティーのときは、自室に引きこもり、参加しなかったが、翌年の十六歳から、毎年レオンのパートナーとして参加している。
初めてレオンに頼まれたときは、、年が離れすぎていることと、大人の色気のない自分がレオンの横に並ぶなど不釣り合いだと思い断ろうとした。
しかし、ディックに初回の悲惨な様子を聞いて考えが変わり、引き受けることにしたのだ。
パートナーを持たずに参加したレオンは、彼目当ての令嬢に周りを取り囲まれ、さんざんな目にあったらしい。
令嬢から、声をかけることができないので、声をかけてほしさに周りをうろつき、チラチラと視線を投げてくる令嬢たち。
特にひどかったのは、チャリティー舞踏会でレオンと踊った令嬢たちだったそうだ。
あの時踊った令嬢たちの数は三十人。
つまり、パーティーでは三十人以上もの令嬢に取り囲まれ、チラチラ攻撃を受け続けたことになる。
レオンは結局誰とも踊らず閉会まで過ごしたそうだが、サラのことで傷ついているレオンが、なんとも気の毒に見えたとディックは語った。
なんと気の毒な・・・とアイリスもレオンに同情した。
しかし二回目からは、そばに公爵令嬢のアイリスがぴったりとくっついているので、取り囲む令嬢はほとんどなく、チラチラ攻撃も激減した。
パーティーにはアイリスの父ハストルップ公爵も来ている。
下手に動いて公爵に睨まれては大変だと、令嬢たちも警戒したのであろう。
レオンの傷ついた心を、少しは守ることができただろうかとアイリスは思った。
その後も、王室主催の建国記念パーティ―と、終戦・同盟記念パーティーがある度に、レオンに頼まれて一緒に参加し、令嬢たちから守る役目を担ってきた。
レオンが今年も自分にパートナーを申し込んだ。
つまりそれは、まだレオンの心の傷が完全には癒えてない証拠なのだと思った。
アイリスがパートナーを引き受けた翌日、父親のハストルップ公爵に書斎に呼び出された。
このように改まって呼び出されるなど、めったにないことだった。
「お父様、お話とはどのようなことでございましょう。」
「アイリス、わざわざ呼び出したのは、真剣に考えて欲しい内容だからだ。今から尋ねることに真面目に答えておくれ。」
「はい。お父様。」
「今年も国王陛下にパートナーを申し込まれたのだろうか。」
「はい、昨日頼まれたので、お引き受けいたしました。」
「二人の間に、その・・・なんだね。将来の約束みたいなものをしているのだろうか。」
「いえ、そのようなものは一切ございません。」
「ふむ、そうか。お前は昔から結婚願望が無かったから、それでもいいだろうが、陛下は違う。必ず誰かと結婚して後継者を作らねばならぬ身だ。あの歳でまだ、婚約者もいない。行事の度に、公爵令嬢のお前を横に置く。それではいつまでたっても他の令嬢が近寄ることができないと、貴族たちから苦情が出ているのだ。賢いお前のことだから、ことの重大性がわかるだろう。」
ああ、お父様は何もわかっていらっしゃらない。
陛下は まだ心の傷が癒えていらっしゃらないのに。
傷が癒えたのであれば、私などに申し込まずに、真剣に王妃となられるお方をお探しになるはずだわ。
「お父様がお話になりたいことはよくわかりました。ですが、 まだ、陛下が私を必要とされるのであれば、陛下に従いたいと存じます。」
「しかし、アイリス・・・」
「これ以上お話がないようであれば、これで失礼いたします。」
書斎を出たあと、アイリスは、父との会話にどこかしっくりしないものを感じた。
しばらく考えて、それが、結婚願望がないと言われたことだと気がついた。
確かに、子どもだった頃は、父が決める相手との政略結婚が嫌で結婚したくないと思った。
だから、結婚しなくても暮らしていけるようにと、聖女様の侍女をかって出た。
だが、大人になった今はどうだろう。
ディックの奥様の出産祝いに行ったとき、デレデレに愛されるエミリー様を正直うらやましいと思った。
セブの奥様の出産祝いにしてもそうだ。
赤ん坊を膝に乗せ、将来の夢を語るジュリア様を素敵だなと思った。
私もお二人のようになれたら良いなと、思わなかったと言えば嘘になる。
私が嫌なのは、自分の意志が無視される政略結婚であって、お互いを理解し尊重し合える相手なら、結婚しても良いと思う。
そう、例えば陛下となら・・・
アイリスはここまで考えて、思わず思考が止まってしまった。
陛下と? 私が?




