95話 外伝 レオンの結婚事情2
執務室に案内されると、護衛中のディックが「それではドアの外におりますので、何かありしましたらお呼びください。」と入れ替わるように部屋から出た。
レオンは椅子から立ち上がり、アイリスに声をかけた。
「久しぶりだね。」
そう言って迎えてくれたレオンであったが、レオンの机の上は、書類の山で埋め尽くされ、顔を見ると目の周りにはクマが浮かび、ほとんど寝ていないのだろうと推察された。
やつれたように見えるのは、疲労がたまっている証拠だろうか。
その全てが彼の仕事量の多さを物語っていた。
「国王陛下にご挨拶・・・」
「ああ、堅苦しい挨拶はしなくていいよ。どうぞ、椅子に座って。ところで今日は何の用かな? ディックは外に出てもらったから、気にせず話すといいよ。」
「何か用があったわけではございません。ただ無性に陛下に会いたくなったのです。失礼とは思いましたが、同じ痛みを分け合った陛下は今、どうしているのかと。」
「ははは、仕事に忙殺されてるよ。仕事をしている方が考えなくて済むからね。」
この会話だけで、二人は同類なのだと認めることができる。
「アイリスは、ずっと部屋から出てなかったそうじゃないか。ここに来れたということは、気持ちが少しは晴れたかな?」
「なぜ、それをご存じで?」
「アイリスのお父上と話す機会があってね。君のことが心配だったから聞いたんだよ。」
自分も辛い思いをしているのに、私のことを心配してくれるなんて・・・。
やはり、この方はとてもお優しい。
アイリスの心に熱いものがこみ上げる。
「晴れたというよりも、考え方が変わったというべきでしょうか。初めは、聖女様に裏切られたような複雑な気持ちで心の中がいっぱいだったのですが、最近やっと、聖女日記を読み直すことができました。それで思い出したんです。私は聖女様に幸せになって欲しいと思っていたことに。」
「幸せ?」
「聖女様は本当にお優しくて、誰に対しても嫌な顔一つしませんでした。ですが、時々、一人でいらっしゃるときに、ふと、憂鬱そうなお顔をされることがありました。辛そうであったり、寂しそうであったり、物思いにふけっていらっしゃることもありました。私はこっそりと盗み見をしていたのですが、そのお顔を見るたびに、聖女様に笑って欲しい、幸せになって欲しいと思っていたのです。陛下は御存知ありませんが、お祭りの最後にルーク様とダンスを踊ったとき、とても楽しそうに笑っていらっしゃったのです。それはそれはお幸せそうでした。そして、そのあと、天に昇って行かれたのですけど、最愛の恋人を見つけることができて、本当にお幸せになられたのだと、今になってやっと理解できたように思います。」
「そうか。アイリスはすごいな。私よりもずっと年下なのに、そんなに風に考えることができるとは。私は仕事で忙しくして、考えることから逃げているよ。」
「貴重なお時間を、私のために割いてくださいましてありがとうございます。陛下のお顔も見れましたし、お仕事のお邪魔をしているようなので、もう帰りますね。」
「もっとゆっくりしてもいいんだが。では、そこまで送っていくよ。」
レオンは椅子から立ち上がり、アイリスを送ろうと歩いたが、ふらりと体が傾き、そのまま、ばたりと倒れてしまった。
「へ、陛下! ディック、大変です。中に入って!」
王宮内の医務室で、レオンは目を覚ました。
額に当てられている濡れたハンカチが冷たくて心地よい。
「陛下、目が覚めましたか?」
枕元で椅子に座っているアイリスが話しかけた。
「俺は、どうなったんだっけ?」
「私と別れる間際にお倒れになりました。ここまでディック様が運んでくださいましたよ。お医者様が言うには、過労の上に風邪をひかれているそうで、しばらく安静にするようにと言われました。」
「そうか、このハンカチはアイリスが?」
「はい。少しお熱がございましたので。」
「ありがとう。世話になったね。」
「私は病人の看護に慣れていますから。ワーレンブルグで聖女様が毒蛇に噛まれたときも、ずっとお世話しましたもの。」
「そうだったね。あちらの医者もアイリスのことを褒めてたな。」
「身に余るお言葉ありがとうございます。ところで、思ったのですが、よろしければ、私に陛下のお仕事のお手伝いをさせていただけませんか? 少しでも陛下のお仕事を減らすことができれば、また、お倒れになることもなくなるかと思うのです。」
「確かに、アイリスが有能であることは認めるが・・・。」
領地巡りをしている間、アイリスは、どちらかと言うと人付き合いが苦手なサラと領主の間に入って、上手く仲を取り持っていた。
一年近く続いた旅が順調に進めたのも、しっかり者のアイリスのお陰だと思う。
だが、レオンの仕事を任せても良いのかどうか、すぐに返事ができず、レオンは少し悩んだ。
「私は文書を読むのも書くのも早いですわ。それに、領地巡りをしたお陰で、領主についても他の人よりもよくわかっていると思います。」
「そうだね。この国で領主のことを一番よく知っているのはアイリスかもしれない。」
これが決定打となって、レオンは試しにアイリスに仕事を任せることにした。
「それでは、しばらく仕事を手伝ってもらうことにしようか。明日から、俺の横で仕事をして欲しい。」
次の日から、アイリスは王宮内の医務室で、レオンの仕事を手伝うことになった。
レオンがベッドで安静にしているその横で、書類の山に目を通し、緊急を要する案件、まだ余裕のある案件、どうでもよいものと分けていく。
その作業は早く適切で、わからない場合はレオンに尋ねるが、少し説明するだけで理解し分類することができた。
十五歳の少女ではあるが、その仕事振りは、大人顔負けである。
レオンが元気になって執務室で仕事ができるようになっても、アイリスの仕事は続いた。
初めは書類の分類から始めたが、慣れてくると、レオンのスケジュール管理、客の応対まで任せるようになった。
「アイリス、今日の予定は?」
「本日の予定は午後一時から、ワーレンブルグの医療宮の責任者ギルバート・ケリー様と研究所職員との会議がございます。新薬の研究データの比較と共有について話し合われる予定です。」
ギルバートは、サラが毒におかされた際の主治医だ。
サラを救うために、レオンは医療従事者レンとして解毒剤を届けた。
その際に医療について話し合った仲である。
今でも、医療に関して親交を重ね、友好な関係が続いている。
「それからルーター子爵様から謁見の申し込みがありましたが、どうされますか。」
「ふむ、ルーター子爵の人柄などの情報は?」
「少々お待ちくださいませ。」
アイリスは聖女日記をカバンから取り出し、ページをめくって、目当てのページを探した。
聖女日記には、サラと過ごした毎日が綴られている。
アイリスは、サラの言動だけではなく、世話になった領主に関すること、領地の特性、領地の人々の様子なども書き込んでいた。
いつか、サラが王妃になった際に、役立つようにと思ってのことだった。
今は、レオンのためにその情報を提供している。
アイリスたちは、領地を縦横断することが多く、そこに住む人々の暮らし振りを見ることができた。
その様子もアイリスは日記に記録していたのである。
中には、とてもひどい状態を目にすることがあり、その時は、ディックの伝書鳥レディを使って王都にいるレオンに連絡したこともあった。
日記には、当時の領主の民に対する扱いを、アイリスが見て感じたことをそのまま記録していた。
レオンに聞かれれば、怒りを覚えたことも、正直に告げるようにしていた。
アイリスは、ルーター子爵のページを見つけると、読み上げた。
「王都より馬車で三日ほど南にある小麦生産が主体の領地を治めています。妻あり、子どもは三人、使用人からも、領民からも信望は厚く、領民たちの生活振りは良好のように思えました。」
「では、十日後に謁見の間に来るように伝えてくれ。ところで、そこでのサラの様子はどうだった?」
初めは領主の情報だけであったが、いつの頃からか、レオンは時々サラのことも尋ねるようになっていた。
まったく気にしていないかのような素振りで尋ねてくるのだが、アイリスには、レオンの気持ちがわからない。
「聖女様は、ルーター家の三人の子どもたちから歓迎を受け、嬉しそうにしておられました。また、その地方に伝わる民族楽器の演奏も楽しそうに聞いておられました。」
「そうか。そんなこともあったんだね。アイリスはどうだった?」
「私は、民族楽器に興味がわきましたので、演奏の仕方など教わりました。」
「楽しかったかい?」
「はい。とても楽しかったです。」
レオンがどのような気持ちで、サラの話を聞いているのか、表情を見るだけではアイリスにはわからなかったが、少なくとも、まだ心の傷は完全には癒えてないのだろうと思った。
そして、サラだけでなく、自分のことも気遣って聞いてくれるレオンのことを、優しい王だと思った。




