94話 外伝 レオンの結婚事情1
ワーレンブルグ王国で、終戦・同盟の調印式が行われた翌日、レオンたち一行はグランテリア王国への帰路についた。
一番豪華で座り心地の良い馬車には、レオンと宰相、財務大臣が乗っているが、宰相も大臣も、あまりの居心地の悪さに胃がキリキリと痛む思いをひたすら我慢していた。
この馬車は、もともとレオンと聖女サラの二人に乗ってもらうつもりで用意したのに、肝心の聖女はもういない。
二人が直接見たわけではないが、目撃者によると、レオンは聖女にこっぴどくフラれたらしい。
慰めようにも何と声をかけて良いかもわからないし、色気もそっけもない男二人が聖女の代わりになるはずもなかった。
レオンは、馬車に乗り込んでからは、全く喋ろうとせず、じっと考え事をしている。
そして、時折、感情を抑えられなくなるのか、ドンッと拳で馬車の壁を叩き、そのたびに、二人はビクッと震えるのだった。
こんなはずではなかった。
本来なら、今頃サラと二人でワーレンブルグでの思い出を語り合い、使者の任務を無事に果たしたサラを労い、手を握り、あんなことやこんなことをして、楽しい馬車の旅を満喫しているはずだった。
俺は、本気でサラを王妃にするつもりだったのに。
だが、サラは違った。
初めから、俺など眼中になかったのだ。
俺との間に一線を引いているのはわかっていた。
恋愛に興味がないのかとも思った。
興味がなくてもそれでいい。
結婚したら、俺だけを見てくれればそれで良いのだから。
そう思っていた。
だけど彼女は、恋愛に興味がないどころか、たった一人の男を想い続け、探し続けていたのだ。
何が、あなたのお陰でヒューイを見つけることができましただ。
ずっと国民のためだと思っていた行為は、あの男を探すためだったのか。
そして、あの抱擁とキス。
目の前で見せつけられる俺の気持ちなど、全く考えてもくれない。
俺のことなど、どうでも良いのか。
レオンの行き場のない感情が、拳を壁に叩きつけさせた。
だけど、サラのお陰で、終戦と同盟が実現したのも事実だ。
それが我が国に与えた恩恵は計り知れない。
領地巡りもそうだ。
貴族の不正を暴き、領主たちの行動を反省させ、結果的に、国民が暮らしやすくなったではないか。
はあ。
レオンはサラに対する憤りと恩の狭間で揺れ動き、頭を抱えた。
馬車の中で過ごす十日間は、頭の中で堂々巡りを繰り返していた。
しかし、グランテリアに戻ると、さすがに王らしさを取り戻し、宰相たちを取り敢えずはほっとさせた。
予定されていたパレードは、馬車抜きにして、レオンも美しく装飾された馬に乗り、国民から喝采を浴びた。
町は 終戦・同盟を祝う祭りで盛り上がり、国民は幸せそうに笑っている。
これもサラのお陰なのだと、レオンは自分に言い聞かせた。
これからは、仕事だ。
国を留守にしていた間に溜まっていた仕事と、終戦・同盟に関する仕事が山積みだ。
仕事に没頭すれば、余計なことは考えずにすむ。
レオンは周りの者が心配するほど仕事に打ち込むのだった。
アイリスは、帰りの馬車の中で、ぼーっと放心状態が続いたと思うと、さめざめと涙を流し、また放心状態になっては涙を流すということを繰り返していた。
宰相は、帰りの馬車にはレオンとサラの二人で乗ってもらうことにしていたので、それとは別に、アイリス用の馬車が必要だと考えた。
公爵令嬢を一人だけで乗せるのもどうかと思い、アイリスの世話をする侍女を彼女の実家から一人連れて来ていたのだが、一緒に馬車に乗っているその侍女は、変わり果てたアイリスの姿に、どう接して良いのかわからず困惑していた。
いつも明るく、何事にも積極的なお嬢様が、どうしてこんなことに・・おいたわしい。
アイリスにとって、サラは彼女の全てだった。
初めは親が決める政略結婚が嫌で、それから逃れることが目的で志願した侍女だったが、サラと一緒に過ごすうちに、サラの優しさ、不器用だが何事にも一生懸命にしようとする姿、国民を思う気持ちに触れ、いつしか大好きになっていた。
もともと結婚願望がなかったアイリスは、このまま侍女を続け、いつかサラがレオンと結婚して王妃となってからも、王妃の側近侍女として仕えるつもりでいた。
一生を捧げても良いと思っていたのだ。
だが、アイリスの生き甲斐と人生の目標が、一瞬にして失われてしまった。
その喪失感たるや言葉では言い表せない。
全国民女性の憧れの対象でもあるレオンが、どんなにアプローチしても、なびかなかったサラ。
聖女という名に相応しく、婚約者でもない男性に対しては、たとえ相手が国王であっても身も心も清廉潔癖なのだと思っていた。
そんなところも好きだった。
だけど、思い出すのは最後のダンス。
ルークと一緒に踊るサラは、普通の恋する乙女だった。
あんなに幸せそうな笑顔を見たことがなかった。
そこには自分が知らないサラがいた。
目の前で繰り広げられた抱擁とキス。
そして訪れた永遠の別れ。
十五歳の多感な年ごろのアイリスにとって、受け止めるにはあまりにも大きすぎる出来事だった。
王都の屋敷に戻ってからも、アイリスは塞ぎ込み、必要なこと以外は自室に引きこもっていた。
「お嬢様、今日はパレードの日ですよ。カッコいい騎士様たちが大勢パレードで行進しますから、見に行きませんか?」
気分を明るくしようと、侍女が話しかけるが、今のアイリスには、その気遣いも伝わらない。
「パレード・・・」
ああ、聖女様もパレードに出るはずたったのに・・・
アイリスの目に大粒の涙がこぼれた。
侍女は要らぬことを言ってしまったと後悔したが、結局どうすることもできず、部屋を出ていき、アイリスもまた、パレードを見に行くことはなかった。
一ヶ月もこの調子であったが、若いアイリスは、泣くだけ泣くと、心の回復も早かった。
二度と見たくないと思った聖女日記に、ふと手を伸ばしたくなった。
そして自分が綴った日記を読むうちに、忘れていた自分の気持ちに気づき、また涙が溢れたが、その涙は、これまでとは違う涙であることをアイリス自身がわかっていた。
それまで、他人のことを考える余裕がなかったアイリスであったが、ふと、レオンはどうしているのだろうと考えた。
形は違うが、自分と同じ痛みを感じたはずだ。
同じ痛みを持つ者どうし、二人にしかわからないこともあるだろう。
無性にレオンに会いたくなり、アイリスは、無理を承知で謁見の申し込みの手紙を書いた。
しばらくすると、思ったより早く返事が来た。
レオンの直筆で「執務室で仕事をしているから、そこに会いにおいで。」と優しい言葉が書かれていた。
公文書扱いではなく、私的な書状として届けられた手紙であった。
レオンの言葉に甘えて、アイリスはすぐにレオンを訪ねた。




