91話 外伝 セブの結婚事情3
稽古が始まって一ヶ月が過ぎようとする頃には、ジュリアの剣術も体術も上達し、そんじょそこらの男では、敵わぬほどの強さになった。
騎士たちの巡回も同じく一ヶ月が過ぎようとしているが、この間、町はいたって平和であり、若い娘が被害に遭うような事件は起こらなかった。
残念ながら、犯人たちの手がかりを見つけることができなかったが、犯人たちは、別の領地に移動したのかもしれない。
これ以上この地にいても、犯人逮捕はできないだろうと判断し、騎士たちは、王都に戻ることになった。
伯爵も騎士たちをこれ以上引き留めるわけにもいかず、不安は残るが仕方がないと レオンたちを送り出すことにした。
「明日の巡回が終われば、王都に帰る。」
セブは、稽古が終わるとジュリアに告げた。
「そう、残念ね。セブにもっと教わりたかったのに。」
どことなく寂しそうに、そう答えるジュリアの横顔が、セブには愛おしく思えた。
「ねえ、私、強くなったわよね。」
「ああ、そうだな。お前に勝てるやつを見つける方が難しいかもな。」
「あなたのお陰ね。ありがとう。」
別れたあと、セブは、ジュリアの寂しげな顔を思い出し、もしも、身分の差などなかったら、きっとその場で抱きしめてしまっただろうと思った。
翌日、巡回が終わると、伯爵の見送りを受けて、レオンと騎士たちは王都に向かった。
一ヶ月前に来たときには、伯爵と一緒に出迎えてくれたジュリアの姿が、別れのときは見えなかった。
セブは、その事が気になった。
昨日の別れの際に、今日の稽古の話はしなかった。
俺は、昨日で終わりだと思っていたが、ジュリアは、もしかしたら、今日が最後だと思っていたのではないか。
今も、俺が来ると思って、稽古場で待っているかもしれない。
セブは、レオンに理由を話し、この場を少し離れる許しを乞うた。
「ああ、待っているなら、別れの挨拶をしてくるといい。くれぐれも作戦に支障のないように。」
「ありがとうございます。」
セブは、今来た道を引き返した。
レオンたちは、王都に帰るふりをして、後で、平民の服に着替えて、こっそりと伯爵領に戻るつもりであった。
毎日毎日、騎士の制服で二十四時間体制で巡回をした。
たぶん、犯人たちは、動くに動けなかったのだろう。
だが、騎士たちが去ったとわかると、今まで我慢していた分、反動ですぐに動くのではないかと考え、この作戦を立てたのだ。
伯爵の城の中に、犯人の仲間が潜伏しているかもしれないので、この計画は、伯爵にも話していない。
当然、ジュリアも知らないことだった。
セブが稽古場に着くと、ジュリアの姿を探したが、そこにはいなかった。
嫌な予感がした。
いつも休憩に使っていた大木の木陰まで行くと、幹に一枚の紙が貼りつけられていた。
「ノース通りを北に向かって歩きます。誰にも見つからないように、こっそり後をつけてきて。」
まったく、いったい何を考えている。
ノース通りは普段から人通りが少ない道だ。
ジュリアが考えそうなことだと思ったが、あまりにも危険すぎる。
昨日、ジュリアにあんなことを言わなければ良かったと、心底後悔した。
レオンに伝えに行きたかったが、時間がない。
ここで、もたもたしている間にも、ジュリアに危険が迫っているかもしれないのだ。
セブは、馬を繋ぐとノース通りに向かって走った。
通りに出ると、ずいぶん先にドレス姿の女性が歩いていた。
後ろ姿だが、きっとジュリアに違いない。
セブはジュリアがしようとしていることを、止めようと急いだ。
しかし、交差点から急に出てきた馬車が、ジュリアと並行して走ったかと思うと、扉が開き、出てきた男がジュリアを抱きかかえるようにして馬車の中に引きずりこんだ。
「あーれー」と棒読みのような悲鳴が聞こえた。
馬車はそのまま走り出したが、セブは全速力で追いかけて、馬車の後ろにある突起物を掴むと屋根の上に乗り上げた。
そして振り落とされないように屋根にしがみつき、馬車が止まるのを待った。
馬車はしばらく走ると、人通りの少ない通りにある、ごく普通の民家の前で止まった。
馬車の中から男が三人出てきたが、一人はジュリアを抱き抱えている。
気絶しているのか、ジュリアはピクリとも動かなかった。
今、攻撃を加えたら、ジュリアの身に危害が加わるかもしれない。
事を起こすのは、男たちがジュリアから離れてからだ。
御者が、馬車を移動し始めたので、セブはそっと馬車の屋根から降りた。
ジュリアを連れ込んだ民家の入口には鍵がかかっていたが、セブはヘアピンで鍵を開け、隙間から中を覗いた。
玄関広間にも、それに続く廊下にも誰もいない。
そっと中に入り、部屋の構造を見ると、廊下に沿ってドアが三つ並んでいる。
どれかのドアの向こうに、きっとジュリアがいるはずだ。
セブはドアに耳を当て、中をうかがった。
二つ目のドアの向こうから人の気配がした。
んーんーと、声にならない声が聞こえた。
ここか。
セブは鍵が掛かっているドアを開け、隙間から中を覗くと、縄で縛られたジュリアがいた。
男たちの姿は見えない。
セブは警戒しながら中に入ったが、本当にジュリア一人だった。
ジュリアは、助けを求める目でセブを見ながら、うーうーと唸っている。
セブはジュリアの口に噛まされていた猿轡を外した。
「ふう、良かった。あなたが来てくれて。」
安心したようにジュリアは言うが、セブはジュリアを縛っている縄を切りながら怒った口調で言った。
「いったい何を考えているんだ。こんな危険なことを事前に相談もなく・・・」
「だって事前に相談していたら、反対したでしょ。明日になったら、あなたはいないし。」
「もし、俺が来なかったらどうするつもりだったんだ。」
「きっと来てくれると信じてたわ。現にこうして来てくれたじゃない。」
「まったくあなたという人は。」
セブは呆れたように言ったが、ジュリアはまったく気にもかけていないのか、好奇心いっぱいの目で、別の話を持ち出した。
「ねえ、男たちはドアに鍵をかけてたんだけど、簡単に開けることができるのね。騎士ってそんなこともできるの?」
「いや、そんなことはない。」
「じゃあセブだけ? すごい、いつそんな技術を身に付けたの?」
「子どもの頃からだが。」
「・・・そう・・・」
少し間が空き、ジュリアの表情から好奇心の目が消えた。
「苦労したのね。」
「それはどういう・・・」
「だって、子どもの頃にそんな専門的な技術を身に付けるなんて、何のためだったかは、想像できるわ。もし、私の想像が違ってたら訂正していいわよ。ああ、何も言いたくなかったら、言わなくてもいいし。私にとって、セブの過去よりも、今が大切だもの。」
「ジュリア?」
「あっ、し、師匠として大切って意味よ。」
思わず言ってしまった自分の言葉に、顔が赤くなってしまったが、ジュリアは慌ててごまかした。
「さあ、ここから出よう。」
手足の縄を切りほどいたセブは、ジュリアの手を掴み引き上げて言った。
「待って。私以外にも攫われた女性がいるみたいなの。気絶したフリをして聞いてたんだけど、男たちが、騎士たちがうろうろしていたから運ぶことができなかったって言ってたわ。きっとまだどこかにいるはずよ。」
それを聞いたセブは、三つ目のドアを開け、中に入ったがそこにも誰もいなかった。
おかしい。
馬車から降りてきた男は三人。
あいつらまで、どこに消えたんだ?
この一ヶ月間、町をただ巡回していただけではない。
全ての家の中も、見せてもらって調べた。
この家も、対象になっていたはずだ。
きっとどこかに地下に通じる隠し扉があるのだろう。
「あのね。思い出したんだけど、私を縛って出て行った後、この部屋に入ったみたいだった。だから、この部屋のどこかに、何か仕掛けがあるんじゃないかしら。」
「ああ、そうだな。調べてみるか。」
二人が部屋の中に何かないかと探していると、背後から怒鳴り声が聞こえた。
「おい、お前ら、何をしている。」




