90話 外伝 セブの結婚事情2
レオンの元に戻ったセブは、ジュリアの剣の相手をして遅れたことを謝罪した。
「いや、理由があってのことだから謝る必要はない。他にも護衛がいるのだから、遅れたことを気にしなくていいよ。ブライアント伯爵が言ってたが、ここの令嬢は剣術に優れた者が来たら、指導をお願いしているそうだ。これからもとお願いされたのなら、明日から剣の指導をしてあげたらどうだい。伯爵も、できたら娘の希望を少しでいいから叶えてあげて欲しいって頼んできたんだよ。」
「俺もセブが適任だと思うぞ。俺だったら、きっと、わざと負けてしまうと思う。それじゃ、彼女の希望に合わないんだろ?」
ディックがレオンの言葉を後押しした。
結局、レオンが許可したので、セブは巡回後にジュリアの剣の相手をすることになった。
「ありがとう。剣の指導をしてくれることになったのね。」
「はい。殿下が許可したので。ところで、令嬢はどうしてそんなに剣術を学びたいのですか?」
「男と対等でいたかったというのが本音かな。女だからって見下されるのが嫌だった。でも、兄から剣術を学んでも、結局女だからって十五歳で教えてくれなくなった。他の人に剣の相手を頼んでも、本気で相手をしてくれないし、適当に手加減されるし。盗賊が襲ってきたとき、誰も手加減なんてしてくれないのにね。」
「ふむ、確かに。盗賊は、令嬢にわざと負けてくれませんね。」
「ところで、さっきから令嬢って。私には名前があるんだから、ジュリアって呼んでくれない?」
「いや、伯爵令嬢を呼び捨てなんてできませんよ。」
「もう、お堅いのね。私は対等がいいのよ。私もあなたのことをセブって呼ぶから、私のことはジュリアよ。誰かがいるときは仕方がないとして、私と二人でいるときはジュリアよ。敬語も要らないわ。わかった?」
「はあ、まったくあなたと来たら・・・。では、ジュリア、稽古を始めよう。」
二人の打ち合いが始まった。
ジュリアは、昨日のように木剣を叩き落されるか、絡めとられるのではと、警戒しながら剣をふるった。
しかし、セブの剣がビュッと空を切り、目にも止らぬ早さで首に迫った。
ヒッ!
首を切り落とされる恐怖で、ジュリアは目を瞑ってしまった。
しかし次に訪れるであろう首への衝撃はなかった。
恐る恐る目を開けると、木剣は首の皮一枚分空けたところで微動だにせず止まっていた。
「ジュリア、何をしている。もしも俺が敵たっだら、今頃首と胴が真っ二つだ。」
「ご、ごめんなさい。」
「謝るんじゃない。どうすべきか考えろ。」
「目を閉じない。相手をよく見る。それから・・・しゃがむ?」
「そうだ。力で負けるのなら、剣が身体に当たらないようにすればいい。当たらなければ、負けることはない。そしていつか必ず相手に隙ができる。その時を狙うんだ。」
二人は昨日より長い時間を使って剣の打ち合いをした。
昨日と違って、セブは、ジュリアの身体に木剣を振るい、ギリギリのところで寸止めをする。
そして、その度に、ジュリアの何が悪かったのか指摘した。
その指導は適切で、ジュリアは短時間で目に見える程に上達した。
ジュリアは剣術の基礎ができているのに、隙だらけだったのは、二年間も良い指導者に出会えなかったことと、経験不足が原因だった。
ジュリアの上達には、より多くの実践が必要だった。
休憩中、セブはジュリアに聞いた。
「あなたは足腰がしっかりしていて重心のかけ方も適切だ。今まで、どんな自主練を?」
「初めに兄に教えてもらう条件が、腕立て伏せを百回と、館の周りを十周走ることと、木剣の素振りを百回することだったの。それを一ケ月間休まずにしたら教えてやるって言われて。だからそれを今でも毎日続けてるわ。大きくなったから数は増やしたけど。まあ、私の日課ね。」
どれだけ増やしたのか知らないが、確かに貴族令嬢には似つかわしくない筋肉がついているようだ。
稽古が終わると、ジュリアは汗を拭きながら言った。
「私、騎士たちを父と一緒に出迎えたとき、どうせ女扱いして、まともに剣の相手をしてくれないんじゃないかと思ってた。でも、セブは違った。本気で相手をしてくれる。女だからって、わざと負けたりお世辞を言ったりしない。セブには感謝してるわ。ありがとう。」
ジュリアは話の最後に笑顔で礼を言った。
セブは黙って聞いていたが、ジュリアの笑顔に何故か胸が熱くなった。
セブの指導はそれからも毎日続き、ジュリアは力では負けるものの、剣筋を見極め、かわす能力が高くなった。
セブの剣筋を見極めるなど、並みの剣士では到底できないことなのだが。
セブは、剣術だけでなく、体術も教えたいと思った。
万が一、盗賊に襲われたときに、身を守るために必要だろうと思ってのことだった。
しかし、体術はお互いの体が触れてしまうので、伯爵令嬢のジュリアには無理があるかもしれない。
そのことを伝えると、ジュリアは、それがどうしたと意見した。
「必要なことなら、私は学びたい。体が触れたからって体が減るわけじゃないわ。気にせずに教えて。」
それからは、剣術の後に体術を教えることにしたが、セブもジュリアも指導中、お互いの手を掴んだり、腕を掴んだり、時には腰に手を回すこともあった。
真剣そのもので、冷静に顔色一つ変えずに稽古に励んだが、稽古が終わり、ジュリアが一人になると、セブの大きな手や逞しい腕を思い出し、カッと顔が熱くなるのを止めることができなかった。
ジュリアは、誰にも悟られぬように真っ先に顔を洗い、熱い頬を冷やした。
ジュリアは、きっとこれは自分だけなのだろうと思っていたが、実はセブも、一人になると、練習で真剣に自分を見つめてくるジュリアの顔や、腕を回した時に感じた細い腰を思い出し、なかなか寝付けない夜を過ごしたのだった。
数日後、いつものように稽古場に出たジュリアは、セブが相変わらず表情一つ変えずに自分に接してくるので、不公平だと思った。
私ばっかり、セブはずるい。
セブにも、少しくらい私のこと、意識させてやりたいわ。
剣術の稽古が終わり、体術の稽古が始まった。
昨日までは相手の腕を捻りあげる方法や、急所にダメージを与える方法などの指導であったが、今日は、投げ飛ばす方法だ。
「もう少し腰を落として。相手の力を利用して投げ飛ばすんだ。腕をこう掴んで足を掛けて・・・」
セブの手が、うっかりジュリアの柔らかい胸に触れてしまった。
「あっ、すまない。」
セブの顔が一瞬赤くなったように見えた。
「隙あり!」
セブが一瞬たじろいだ隙を、ジュリアは見逃さなかった。
セブに教えられた通りに腕を掴んで投げ飛ばした。
「やったわ。初めてセブに勝ったわ。」
嬉しそうにはしゃぐジュリアに、セブはやれやれと思いながらも、立ち上がって言った。
「ああ、ジュリアの勝ちだな。相手の油断を見極めるのも、大事な力だ。よくやった。」
セブは、ジュリアの頭をポンポンと優しく叩いた。
ジュリアはカッと自分の顔が赤くなるのを感じた。
「何よ、子ども扱いしないで。」
赤くなったことを知られたくなくて、わざと怒って見せた。
やっぱりセブはずるい。
ジュリアは自分のことも意識させてやりたくて、わざと胸がセブの手に触れるように体をひねったのだ。
たじろいだセブを見て勝ったと思ったのに、あんなことをするなんて。
結局、顔を赤く染めたのは自分だけ。
稽古が終わって、ジュリアは一人になると、セブが触れた頭をそっとなでた。
大きな手と逞しい腕を思い出し、火照ってしまった顔を鎮めたくて、顔を洗っていることなど、誰も知らないことであった。




