89話 外伝 セブの結婚事情1
グランテリア王国とワーレンブルグ王国の終戦・同盟が締結された後、グランテリアでは、戦争関連における功労者に、功労賞が授与されることになった。
会議で授与される者が決まると、内定者には速やかに事前連絡された。
近衛騎士団所属で、国王レオンの側近護衛騎士でもあるセブも、その一人であった。
平民が子爵位を授与されるなど、前代未聞のことであったが、彼の功績を考えると、平民が貴族になることを良しとしない貴族でさえ、皆納得せざるを得なかった。
内定者に連絡が届いた日、近衛騎士団の仲間数人が、町の酒場で祝いの酒宴を開いてくれた。
「セブ、おめでとう。お前ならすぐに出世すると思っていたぞ。」
「ああ、本当にその通りだ。男爵をすっ飛ばして、子爵だもんな。これから、お前に貴族からの縁談がたくさん舞い込むんじゃないか。」
「そろそろ結婚して身を固めてもいい年だしな。」
ここにいる皆は、セブの出世をやっかむ者はなく、素直に喜んでくれている。
だが、縁談や結婚の話となると、飛躍しすぎだろうとセブは思った。
「いや、俺はまだ結婚なんて考えてないし。」
切り良いところで酒宴は終わり、一人町の家に戻るセブであったが、さっきの仲間の言葉が後を引く。
今まで、セブに縁談が、まったくなかったわけではない。
町の家に住み、毎日近衛騎士の制服を来て登城するセブは、町の娘にとって憧れの対象である。
娘の想いを叶えてやろうと、縁談を持ち込む親はそれなりにいたし、直接告白してくる女性もいた。
しかし、セブは全て断っていた。
女性に興味がまったくないわけではない。
だが、自分を好きだと言ってくれる娘たちが、本当の自分を知った際に、果たして同じ気持ちを持ってくれるのだろうか。
セブには、娘たちの気持ちが永遠に続くとは思えなかった。
彼女たちが見ているのは近衛騎士の姿であって、罪にまみれた本当の自分ではない。
それは、貴族の娘でも同じことが言えるだろう。
セブは、あの男に騙されて始まったとはいえ、五歳から十二歳まで悪事に手を染めてきた。
置き引き、窃盗、スリ、空き巣、人殺し以外は男に言われるままに何でもやった。
あの男が消えてもなお、生きるためにスリで稼いでいた。
そんな自分が国王陛下の側近護衛騎士になど、なれるはずがなかった。
ましてや子爵位まで授与されるとは。
十二歳のあの日、レオンに命をやると約束した日を、セブは一日も忘れたことがない。
このまま、レオンの護衛騎士として一生を終えても良いと思っている。
だが、そんなセブにも、たった一人だけ、心を揺さぶられた女性がいた。
勝ち気で、我がままで、平気で人を振り回す。
だけど、誰よりも正義感が強く、セブの過去を知りながらも本気で受け入れてくれた女性が。
セブが十九歳の年、王都から馬で二日ほどかかる距離にあるブライアント伯爵領から、伯爵自身が国王陛下に謁見に来た。
最近、領内で若い娘が攫われる事件が多発しているので、助けて欲しいという内容だった。
ブライアント伯爵が領内で編成した警備隊や、領民たちが自主的に作った自警団も巡回し警備に当たっているが、犯人はいまだにわからず、被害もまだ続いているという。
国王アシュラムは、第一騎士団に討伐を命じ、五十人の討伐隊が組織された。
しかし、最近、隣国ワーレンブルグの不穏な動きが報告されていたので、騎士団長、副団長は討伐隊に入らず、組隊長一人が討伐隊長に任命された。
王妃イレーヌは、団体を指揮する経験には良い機会だと言って、王太子のレオンを総隊長に任命し、組隊長と協力して討伐に当たるようにと命じた。
レオンが行くとなれば、側近護衛騎士のセブとディックを含め、近衛騎士からも十人加えられ、総勢六十一人でブライアント伯爵領に向かった。
伯爵領に着くと、ブライアント伯爵とその家族、使用人が出迎えてくれたが、その中に伯爵の娘ジュリアがいた。
輝く金髪に緑の目が美しく、ほっそりした体型に青いドレスが良く似合う美女だが、皆を見る目がなぜが厳しい。
レオンは、あらかじめ組隊長と相談して決めていた通り、討伐隊を二つに分けて、昼夜、間を空けずに町を巡回することにした。
レオンも討伐隊の一員として巡回することにしたので、セブとディックもそれに付き従った。
夕方になり、レオンの隊の巡回が終わると、騎士たちは馬を厩舎に連れて行き、馬の世話をするのだが、一日目のこの日、他の騎士は早く馬の世話が終わって館に戻ったが、セブが一人、まだ厩舎に残って道具を片づけていた。
「あなた、王太子殿下の側近護衛騎士よね。」
若い娘がセブに話しかけてきた。
ああ、ここの伯爵令嬢か。
今までにも、このような声を掛けられたことはよくあった。
そして次にくる言葉は、決まって王太子殿下に会えるようにして欲しいと言われるのだ。
はあ、この娘もか。
「悪いが殿下は・・」
「私の剣の相手をしてくれないかしら。」
「ん?・・・今なんて?」
「何度も言わせないでよ。私の剣の相手をして欲しいってお願いしてるのよ。」
とてもお願いをしている言い方ではないと思ったが、どうやら彼女は本気らしい。
服装が騎士たちを出迎えたドレスとは違っていて、男性が着るようなシャツとズボンで身を固めていた。
「なぜ私に?」
「あなたは殿下の側近護衛騎士じゃない。だったら、強いんでしょ。私は強い相手と練習したいのよ。」
「あなたは今までに剣の経験は?」
「子どもの頃から、兄に教えてもらってたわ。でも、十五歳になったら、女の子が剣を振り回すのは良くないって、教えてくれなくなったのよ。だから、それからは、自主練だったし、こうやって時々、誰かに剣の相手をしてもらってるのよ。」
相手は伯爵令嬢だ。
無下に断ると、後から何を言われるかわかったもんじゃない。
少し相手をして、無理だと思わせた方が手っ取り早いか・・・。
セブは少しだけならと、ジュリアの申し出を承諾した。
ジュリアは持って来た木剣を一本セブに渡し、厩舎の横の広場で剣を構えた。
「手加減しないでね。」
何合か打ち合えば、相手の腕前がわかる。
ジュリアは兄に教わっていただけあって、剣を振る姿勢も、太刀筋も悪くない。
日頃鍛えているのか剣を握る力も女性にしては強い。
だが、隙だらけだ。
セブは一気にかたをつけるため、ジュリアの剣を叩き落した。
ガツンと大きな音がして、木剣はジュリアの手を離れ地面に叩きつけられた。
「はっ、さすが容赦ないわね。」
「手加減をするなと言ったのはあなたでしょう。」
ジュリアはビリビリと痺れる手をさすりながら落ちた木剣を拾う。
「まだ、名前を言ってなかったわね。私の名前はジュリア・ブライアント。あなたの名前は?」
「セブ。」
「姓は?」
「姓はない。」
「そう、平民なのね。」
平民だとわかれば、きっと相手を貴族の誰かと替えたがるだろう。
この娘の相手は、これで終わりだな。
セブはそう思って、木剣を返して帰ろうと思った。
「もう一度お願いできるかしら。」
「ん? 平民だとわかっても、まだ私と打ち合いたいのですか?」
「だって、あなた、手加減しないもの。今まで、私の相手をしてくれる人は、みんな女だからって手加減して、本気で打ち合ってくれなかった。だからあなたがいい。」
おかしなことを言う令嬢だと思ったが、もう一度打ちのめせば諦めるだろうと思ったセブは、ジュリアの相手をすることにした。
「これで最後です。」
「ええ。わかったわ。」
数度打ち合ったあと、セブは、今度はジュリアの剣を絡めとって宙に飛ばした。
「すごい!」
負けた悔しさよりも、セブの技術に感心してしまうジュリアであった。
「ねえ、あなた、年齢は?」
「十九歳ですが。」
「まあ、私より二つ年上なのね。もっと年上だと思ってたわ。あなた本当にすごい技術なのね。これからも剣の指導をお願いできないかしら。」
「いえ、私の本分は殿下の護衛なので、あなたの相手をする時間はありません。今日は令嬢の申し出を無下に断ることができなかったから引き受けましたが、これからもというわけにはいきません。」
「そう、わかったわ。殿下が許可してくれたらいいのね。」
セブはレオンの元に戻ったが、ジュリアの最後の言葉が気になった。




