88話 外伝 ロドの結婚事情3
エリザベスを抱っこしたままランプの棒を持ち続けるのはやりにくかったが、ロドは部屋に入り、中をランプで照らした。
ランプで照らされた部屋の壁には、ズラリと肖像画が掛けられていた。
おそらく、一昔前にこの領地管理を任されていた男爵の家族の肖像画なのだろう。
一枚一枚ランプで照らして見ると、肖像画の顔は、皆穏やかに微笑んでいる。
しかし、一枚分だけ、抜け落ちている箇所があった。
最近額ごと外れたのか、明らかに壁の色が額の大きさだけ回りと違う。
ランプで床を照らして見ると、額が一枚裏返しの状態で落ちていた。
ロドは、エリザベスを床にそっと横たえると、額をひっくり返して表側に描かれている肖像画を見た。
描かれていたのは、白いドレスを着た貴婦人だった。
肖像画のそばに、額を支える金具が落ちていた。
たぶん金具の打ち付けが甘く、壁から抜け落ち、肖像画と一緒に床に落ちてしまったのだろう。
「そうか、一人だけ家族から離れて、床に寝かされて、あなたはとても悲しかったのでしょうね。」
ロドは、剣の柄を使って金具を壁に深く打ちつけ、肖像画を元の場所に掛けた。
「安心してください。もう、寂しくないですよ。」
ふわっと白いドレスの貴婦人がロドの前に現れた。
「ありがとうございます。」
貴婦人は一言微笑んでロドに礼を言うと、スッと肖像画の中に吸い込まれて消えた。
肖像画の貴婦人は、皆と同じように穏やかな幌笑みを浮かべている。
ロドもにっこり微笑んで、貴婦人に別れの挨拶をした。
「さようなら。」
ロドは、床に寝かせていたエリザベスを起こさないようにそっと抱き上げ、玄関広間に向かった。
「うーん」
エリザベスが、途中で目を覚ました。
「えっ、ど、とうして私・・・」
ロドにお姫様抱っこされていることにうろたえている。
「先ほど白いドレスの幽霊を見て、気絶したんですよ。」
「そ、そうでした。私、ゆ、幽霊見たんです。怖い!」
エリザベスはロドにぎゅうっとしがみつき、本気で怖がっている。
また、怯えて気絶でもされたらたいへんだ。
なんとか安心させなければ。
「エリザベス様、どうかご安心ください。何が起ころうとも、私があなたを守ります。」
「ロ、ロド様。」
エリザベスは、また、ロドにしがみついた。しかし、さっきとは違う意味のしがみつきであった。
結局ロドは、お姫様抱っこでエリザベスを馬車まで運び、二人は公爵邸に戻ったのである。
翌日になると、エリザベスの自慢話で姉妹たちは、たいへんであった。
「ロド様ったら本当に、すごいのよ。狂暴で大きな犬が私たちを襲って来たんだけど、ロド様はその犬を一睨みした後、一喝で追い払ったのよ。それからね、ロド様は地図を見ただけで、悪魔と女の泣き声の正体もわかっていたのよ。もう井戸に蓋をしたから、鳴き声で領民が怖がることはないわ。そしてね。私が白いドレスの幽霊を見て気絶しちゃったらね、お姫様抱っこで私に言ってくれたの。何が起ころうとも、私があなたを守りますって。ねっ、すごくない? ああ、ロド様~。お姉さま、エレノア、ロド様は私のだからね。手を出したら駄目よ!」
朝から何度も聞かされて、姉も妹も辟易しているのだが、エリザベスはことあるごとにロドのことを夢中で話した。
これに気をよくしたのはエドランド公爵で、しめしめ計画通りに上手くいったと喜んだ。
今回がだめなら、次は長女と三女向けのイベントを用意していたが、もう必要ないだろう。
エドランド公爵は犬を二人に放ち、白いドレスを来て、二人を脅かしてくれた護衛兼御者に褒美をやろうと書斎に呼んだ。
「いや、よくやってくれた。褒美もはずんでおいたぞ。」
「ありがとうございます。ですが・・・」
この男は、犬を探すのに時間がかかりすぎて、ドレスを用意することができなかったのだと言おうとしたのだが、止めた。
「いえ、何でもないです。本当にありがとうございます。」
ご主人様が喜んでくれたのならそれで良い。
せっかくの褒美を返したくない。
男は礼を言うと、そそくさと部屋を出ていった。
エリザベスの好き好き攻撃が始まり、人によってはウザがられることもあるだろうが、恋愛ごとに奥手のロドにとって、それはかえってありがたいことだった。
落ち着いて年齢以上に見えるロドには、一つ年上であっても、一生懸命に自分につくしててくれるエリザベスが可愛くてしょうがない。
いつしか二人はお互いを深く愛し合うようになった。
しかし、一年が過ぎ、エリザベスが十九歳になると、不安が込み上げてきた。
ロドはどうしてプロポーズしてくれないの?
何事にもはっきりしたいエリザベスは、ロドに聞いてみた。
「ロド、私たちの将来のこと、どう思っているの?」
「エリザベス、不安にさせているならごめん。俺たちは身分に差がありすぎて、結婚を申し込んでいいものか、わからないんだ。公爵様は、子爵の息子にあなたを嫁に出せるのだろうか。」
「やっぱり身分差が気になっていたのね。私は子爵の妻でも構わないのよ。私、お父様に聞いてみる。」
エリザベスは、その夜、エドランド公爵が帰ってくるなり書斎に押し掛けた。
「お父様、私、ロドと結婚したいのです。ロドのお父様の爵位は子爵で、我が公爵家とは大きな差があります。ですが、私は彼以外には考えられません。お願いです。この結婚をどうかお許しください。」
エドランド公爵は心の中でガッツポーズをした。
やった、娘の中でも一番勝ち気で扱いにくいエリザベスが、私に許しを乞うとは。
「そうだな。もし、ロドが、婿養子になってくれるのなら、お前たちの結婚を許そう。」
その言葉に、エリザベスはほっと胸をなでおろした。
「お父様、許していただけるのですね。ありがとうございます。」
「しかし、ロドは、子爵家の長男で跡継ぎだ。ロドのご両親が許してくれればの話だが。」
「わかりました。そのことをロドにも伝えますわ」
エリザベスから話を聞いたロドは驚いた。
長女オリビアの相手が婿養子になって跡を継ぐと思っていたので、まさか自分が公爵家の跡取りになるとは思っていなかった。
自分の両親が許すも許さないも、弟がいるのだから跡継ぎは問題ないし、両親にとっても、息子が、子爵から公爵に格上げになるのだから、許さないわけがない。
「エリザベス。私のことは心配いりません。明日、あなたに正式に会いに行きます。待っていてくださいね。」
翌日、ロドは、大きな花束を持って、エドランド公爵家を訪問し、エリザベスにプロポーズをした。
エドランド公爵も二人の結婚を認めたので、二人はすぐに婚約し、ロドが二十歳になると、盛大な結婚式を上げた。
エリザベスは、貴族社会では珍しく私たちは恋愛結婚なのよと自慢するのだが、エリザベスもロドも、エドランド公爵の手のひらの上で転がされていたことをまったく知らない。
ロドよりも、エドランド公爵の方が一枚も二枚も上手であった。




