87話 外伝 ロドの結婚事情2
宰相補佐の仕事を始めてからは、ロドは水を得た魚のように自分の知恵を有効に使って仕事をこなした。
その働きぶりは、他の宰相補佐の皆を唸らせるほどで、彼を選んだエドランド公爵はとても満足していた。
さて、次は、娘の誰と結婚させるべきかだが。
政略結婚で娘の気持ちを考えずに無理に結婚させると、何故、格下の子爵令息と結婚しなければならないのと、娘に文句を言われるかもしれない。
だから、なんとか、恋愛結婚にもっていきたい。
お父様、私、この人と結婚したいの。お願いだから許してくださいと言わせれば、爵位の差なんて関係ないと思うことになるだろう。
エドランド公爵は、ロドが凛々しい青年に成長するまで、娘たちに会わせなかった。
ロドが他の女性と仲睦まじくならないか心配していたが、幸いなことに、ロドは色恋沙汰には奥手なようで、浮いた話が持ち上がることはなかった。
もし、そんな話が出れば、裏から手を回してつぶすつもりであったのだが。
ロドが十七歳になり、背格好が少年から逞しく凛々しい青年に変わると、エドランド公爵は、ロドを公爵家の夕食に招待した。
娘たちは長女オリビア二十歳、次女エリザベス十八歳、三女エレノア十五歳に成長している。
娘たちの誰かが、ロドに恋してくれることを願ってのことだった。
しかし、ロドの礼儀正しく優しい人柄は娘たちに伝わったようだが、だからといって、三人の誰かがロドを好きになっているようには思えない。
数回夕食を共にしたが、結果は同じだった。
もっと荒療治が必要か。
エドランド公爵は休暇を取り、領地の視察に家族で出かけることにした。
ロドには、領地の護岸工事のことで相談があるから一緒に来て欲しいと、頼んで同行してもらった。
領地の公爵邸で夕食の時間、エドランド公爵は領民から聞いた話を持ち出した。
「この場所より少し西に、誰も住んでない館があるだろう。最近、あの館から夜な夜な悪魔の泣き声と女の泣き声が聞こえてくるそうだ。領民は怖がっていてね。」
「まあ、お父様、そんなお話怖いです。聞きたくありませんわ。」
末娘のエレノアが耳を塞ぎながら泣きそうな声で言った。
すると長女のオリビアが、妹を安心させるように話しかけた。
「怖がらなくてもいいわ。悪魔の声も、女の声も、きっと何かの聞き間違いよ。」
「あら、でも、面白そう。私行ってみたい。その悪魔と女の泣き声を聞いてみたいわ。」
こう言ったのは次女のエリザベスだ。
同じ親から生まれた三人姉妹ではあるが、性格はかなり違う。
「ロドは、どう思うかね。」
「私ですか?そうですね。その声の正体が何かを調べてみたいとは思います。」
ほう、ロドも好奇心が旺盛とみえる。
もし行きたがらなかったら、泣き声の原因を調べて欲しいと頼むつもりであったが、上手いこといったわい。
エドランド公爵はほくそ笑んだ。
「そうか、それでは二人で行ってみるかい?」
かくして、次女とロドが西の館に行くことになった。
エドランド公爵は、計画が予定通りに進み満足すると、護衛兼御者の男にこっそりと次の計画を伝えた。
「犬を用意して、二人の前に放ちなさい。できるだけ大きくて、気の弱い犬が良い。それから、お前が白いドレスを着て二人を脅かしなさい。きっとロドがエリザベスを守ってくれるだろうから、二人を結び付けるにはうってつけだろ。じゃあ、よろしく頼むよ。ふふふ。」
頼まれた護衛兼御者の男は、困ったものだとは思いながらも、主人の命令に逆らうことはできず、領民の家を探し回り、言われた通りの犬をなんとか借りてきて、当日の昼に西の館に繋いでおいた。
悪魔の泣き声も、女の泣き声も、聞こえるのはいつも夜だと聞いていたので、ロドとエリザベスは、夕暮れになってから馬車に乗って出発した。
西の館はエドランド公爵所有の館で、一昔前に領地の管理を任せていた男爵家族用に建てた館だった。
今は、血筋が絶えて、誰も住んでおらず、鍵と館の見取り図は公爵家が保管している。
館に着くと、御者が鍵を開けてくれた。ロドとエリザベスは、ランプを吊り下げた棒を片手に中に入り、玄関広間を抜けて中庭に向かう廊下を歩いた。
見取り図で、中庭に井戸があることがわかったので、ロドはその井戸を見たいと思ったのだ。
二人が廊下を歩いていると、後ろからウー、ブルル、ウーと獣の声がした。
振り向くと、大きな白い犬が一匹こちらに向かって歩いてくる。
キャァとエリザベスが悲鳴を上げた。
ロドにしてみれば、何で廊下に犬が???と不思議で仕方がなかったが、もし、噛みつかれたらたいへんだ、エリザベスを守らなければと、エリザベスの前に出て剣を抜き、犬を睨んだ。
すると、犬は怯えているように見えたので、「こらっ、あっちへ行け!」と怒鳴ると、キャインキャインと犬はしっぽ巻いて逃げだした。
はあ、いったい何だったんだ。わけがわからない。
だがエリザベスには、ロドが怯えている自分を助けてくれた王子様に見えた。
「ロド様、あんなに大きな犬を一喝で追い払うなんて、お強いのですね。」
エリザベスは尊敬の眼差しでロドを見た。
「いえ、そんなことは。」
謙遜するロドを、エリザベスはさらにカッコイイと思った。
「それより、早く井戸に行きましょう。」
地図を片手に中庭に出ると、井戸があった。
ランプで照らしてよく見ると、井戸の横に大きな木板で作られた井戸の蓋が落ちていた。
蓋をめくって下を見ると、雑草がまだ朽ちずに残っている。
つまり、この蓋は、最近井戸から外れたのだとわかった。
「なるほど、悪魔の泣き声の正体がわかりましたよ。」
「えっ、もうわかったのですか?」
「はい、たぶんこの井戸蓋が、最近、強風で外れてしまったのでしょう。この場所は夜になると風向きが変わります。時おり吹く強風で、井戸に風が入り込み、音がなるのだと思います。しばらく待ってみましょう。」
二人がその場で待っていると、ビューッと強風が渦を巻いた。
エリザベスはあわててドレスのスカートを押さえる。
その時、ウオーーーと、井戸から沸き上がるような音が響いた。
悪魔の泣き声と思えば確かにそう聞こえる。
「わあ、これだったのですね。すごい、ロド様は初めからおわかりになっていたのですか?」
「確信は持てませんでしたが、たぶんそうだろうと思っていました。これで、謎が解けましたね。」
「はい。あっ、でも、女の泣き声とは、いったい何でしょう。」
「たぶん、風の吹き方によって音が変わるのだと思います。」
「なるほど。そうでしたか。ロド様は素晴らしいですわ。」
「いや、それほどでも。」
美女に褒められて、ロドも悪い気はしない。
というか、実はとても嬉しくて照れていた。
照れて赤くなった顔をエリザベスに見られたくなかったので、暗くて良かったと思う。
「それでは、帰りましょうか。」
「はい。」
ロドが井戸に蓋をすると、二人は館に入り、廊下を歩いて入り口に向かった。
「キャアーー」
エリザベスが、悲鳴を上げて、ロドにしがみついた。
「ロ、ロド様、あ、あそこに幽霊がー」
エリザベスが指差す方向に、白いドレスを着た女がいたのを、ロドもはっきりと見た。
廊下の突き当りのT字路を、女は入口とは反対方向に横切ったのだ。
「エ、エリザベス様?」
エリザベスはロドにしがみついたまま離れない。
よく見ると、エリザベスはロドにしがみついたまま、恐怖のあまり気を失っていた。
ロドは、仕方なくエリザベスをお姫様抱っこで抱き上げて戻ることにした。
T字路を左に曲がれば玄関広間に出るのだが、反対方向からシクシクと女のすすり泣きが聞こえた。
シクシク、シクシク。
ロドが泣き声のする方を見ると、突き当たりに部屋があった。
部屋の中からすすり泣きが聞こえてくる。
さっき見た女の幽霊は、この中に隠れたのか?
泣き声は井戸から聞こえてくるのだと思っていたが、違うのかもしれない。
ロドは、エリザベスを抱きかかえたまま部屋の中に入った。




