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憂鬱聖女の結婚事情 ー憂鬱聖女は今日も最愛の恋人を探して旅に出ますー  作者: 矢間カオル


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86話 外伝 ロドの結婚事情1

「オギャア、オギャア」


宰相エドランド公爵邸の一室から赤ん坊の鳴き声が響き渡った。


もうすぐ生まれそうだと部屋から追い出され、ドアの外でうろうろと歩き回っていたマシュー・エドランド公爵は、ハッと顔を上げると急いで部屋の中に入った。


ちょうど産婆が、たらいのお湯で赤ん坊を優しく洗っている最中で、洗い終わると慣れた手付きで清潔な布で赤ん坊をくるんだ。


「おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ。」


産婆は、疲れ果ててくたくたになっている宰相の妻ハンナに赤ん坊の顔を見せた後に、宰相に手渡した。


生まれたばかりの赤ん坊は小さくて壊れそうで、三人目ではあるが、宰相は緊張して抱っこした。


「あなた、ごめんなさい。また女の子でした。」


「何を言う。無事に生まれたのだ。そのことを喜ぶべきだ。ハンナ、可愛い娘を生んでくれてありがとう。」


宰相は優しくハンナの頭をなでた。


今回の出産は今までにないほどの難産だった。


産気づいてから、痛みに苦しむ時間が長引くばかりで、いっこうに子宮口が開かず、あまりに苦しむ妻の横で、もしかしたらこのまま死んでしまうのではないかと、生きた心地がしなかった。


三人目こそは男の子をと、ハンナは意気込んでいたのだが、結果は女の子。


ハンナの事だから責任を感じて、四人目も産むと言い出しそうだが、エドランド公爵は、もう、これ以上、子を望むのは止めようと決意した。


出産で死んでしまう女性は少なくない。


今回で身に染みた。


妻を死の危険に晒すのは、もう御免だ。


マシュー・エドランド公爵は、前妻を病気で亡くしている。


その後何年も独身を貫いていたが、前妻との間に子はできなかったので、さすがに後継者作りを無視することができず、六年前に妻を娶った。


政略結婚で結ばれた年の離れた若い侯爵令嬢であったが、二人の相性は良く、エドランド公爵は妻を心から愛するようになった。


愛する妻を、これ以上失いたくはない。


そうと決まれば婿養子探しだ。


その日から、宰相エドランド公爵による未来の婿養子選びが始まった。


エドランド公爵の娘は、現在五歳の長女オリビアと三歳の次女エリザベス、そして生まれたばかりの三女エレノアがいる。


娘たちが大人になったら、三人のうちの誰かが、エドランド公爵が見つけた婿養子候補と結婚すればいいのだ。


だが、誰でも良い訳じゃない。


公爵家に匹敵する爵位、宰相を継げる優秀な頭脳、そして何よりも娘を大切にしてくれる愛が必要だ。


そんな男はどこにいる? 


エドランド公爵は、公爵家と侯爵家と伯爵家から探し始め、候補になる男の子を十人選んだ。


大人になってからでは、公爵家の財産目当てで猫を被って接して来ることもあるだろう。


しかし子どもの頃から見ていれば、その子の本質が見えてくるというものだ。


そう思って観察していたのだが、エドランド公爵に人知れず選ばれた十人は、年齢を重ねるごとに、一人また一人と脱落していった。


スミス侯爵の息子め、何と我がままに育っていることか。あれは、親の教育がなってない。


ベル伯爵の息子は、人は良いが脳みそが足らん。あれでは宰相を継げん。


娘とは年齢が少し離れているが、これはなかなか良いと目を掛けていたトレス侯爵の息子は、年頃になったら色気づきおって。あんなことでは結婚したら浮気で娘が悩まされそうだ。


うーん、いったい娘に相応しい男はどこにいる。


結婚相手を絞れぬままに、気が付けば娘たちは長女は十六、次女は十四、三女は十一になっていた。


ある日のこと。


エドランド公爵が、調べものをするために王宮図書館で、必要な本を探していた。


図書館で、時々見かける少年が、分厚い本を数冊抱えて、エドランド公爵とすれ違った。


少年が抱える本の題名が気になったので、チラリと見ると、「地形における産業効率化の考察」だった。


少年が読むには難しくないか?と興味を持ったので声をかけた。


「君、その本は誰が読むのかね?」


すると少年は、どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろうと、不思議そうな顔で返事をした。


「あの、私ですが。」


「いや、失礼なことを聞いてしまったかな。その本は内容が難しいので、まだ子どもには理解しかねるかと思ってね。」


「ご心配いただきありがとうございます。ですが、大丈夫です。以前に読んだときも十分に理解できましたから。」


ほう、二回目とな。なかなか優秀な少年と見える。


しかし、この年齢で婿養子候補に上がらなかったのは、子爵か男爵の令息か。


「そなた、名前は?」


「これは失礼いたしました。我が国の宰相であられるエドランド公爵様にごあいさつ申し上げます。私はモンテベロ子爵の息子ロドと申します。以後、お見知りおきを。」


ロドは、礼の姿勢をとって自己紹介をした。


ふむ、礼儀正しい少年だ。


そうか、子爵家か。


候補に上がらなかったはずだ。


確か王太子殿下の側近護衛として使えるように教育している少年だったな。




それからしばらくして、再度図書館で出会ったので、ロドならこの問題をどう答えるのか知りたくて、エドランド公爵は、ロドに話しかけた。


「ロド。君に聞きたいことがあるのだが、今時間はあるかね。」


「はい。少しならございます。」


エドランド公爵は地図を片手に話しだした。


「私の領地での話なんだが、雨季になると、氾濫しやすい川があるのだよ。それで、二つの村が、川の護岸工事をして欲しいと言うのだが、その村はお互いに仲が悪くてね。自分の村から先に工事をして欲しいと言ってきかないのだ。君ならどうするかね。」


「そうですね。この地形だと、もう少し上流のこの部分で川幅を広げれば、被害が減少すると思います。その工事に二つの村から人を出してもらって、より良い仕事をした方から先に護岸工事をするというのはどうでしょうか。判定は、現場監督がすれば良いでしょうし。」


「なるほど、その手があったか。良いアイディアだ。早速使わせてもらうよ。」


「お褒めに預かり恐悦至極でございます。」


氾濫の根本的な問題点を指摘するだけでなく、護岸工事の順番も解決できるとは。


これはなかなか優秀な少年だ。


人柄も良く、礼儀も正しく、しかも、殿下の護衛騎士として育てられているのだから、剣の腕も確かだろう。


これはこれは、婿養子候補ナンバーワンなのではないか?


エドランド公爵はそれから内密にロドのことを調べあげ、人柄、教養は申し分なく、年齢は十三歳で、しかも弟がいるので後継者にも問題なしだとわかると、ますます婿養子に欲しくなった。


しかし、いきなり婿養子の話は出さず、まず手元に置いて未来の宰相として使えるのか、彼の働きぶりを見てみたいと思った。


エドランド公爵は宰相の執務室にロドを呼んだ。


「ロド、君は、宰相補佐の仕事に興味はないかね。君の優秀な頭脳を生かせる仕事だと思うのだが。」


ロドは、宰相自らのその申し出に驚いたが、実はかなり嬉しかった。


ロドは、日々の鍛練のお陰で剣の腕はかなりのものであったが、頭を使う仕事の方に興味があり、その方が自分に合っているのではないかと思っていた。


だが、今は、レオンの側近護衛騎士となる自分の代わりになるような人物がいない。


「私ごときに、そのようなもったいないお言葉、ありがとうございます。しかし、今は、殿下にお仕えする身ですので、残念ながら、お断り申し上げます。」


ロドは丁寧に断った。


ロドが退室してから、エドランド公爵は考えた。


王太子殿下は今、十歳。


まだ子どもだが、とても聡明なお方だ。


ロドを手に入れるには、殿下から落とすべきか。


将を射んと欲すればまず馬を射よと言うからな。


ふふっ、王太子殿下を馬に例えるとは、なんと不敬なことよ。




エドランド公爵は、レオンに話を持ちかけた。


「ロドの頭脳は、未来の宰相として使ってこそ、我が国のためになると思います。是非とも、今から宰相補佐の仕事に付かせて欲しいのですが、殿下はどうお考えですかな。」


「宰相もそう思うか。ロドは、私よりも数倍賢い。彼の特性を生かすのは、武官よりも文官の方が適していると私も思う。だが責任感の強い彼だから、今の仕事を放って行くことは心苦しく思うだろう。代わりの者が現れるまで、待ってくれないか。」


エドランド公爵は、レオンの聡明な判断力に舌を巻いた。


さすが王と王妃のお子だと、改めて感心するのであった。


しかし、いつになったら代わりの者が現れるのかとヤキモキしていたら、一年後にセブが登場し、ロドは、十四歳で晴れて宰相補佐の仕事に移籍することができたのである。




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