84話 外伝 ディックの結婚事情3
ドロボウ事件があった後も、レオンが町に視察に出かける度に、ディックは護衛として町の家に行き、エミリーと顔を合わせていた。
その度に、エミリーは、ニコニコと笑顔でお茶とお菓子を出し、レオンに誉められると、毎回舞い上がるような喜びの表情で顔を赤くしていた。
それを見て、心の中で、チェッ、なんだよ、殿下ばっかり・・・と思うが、何も言えないディックであった。
ディックの甘酸っぱい思いはよそに、この頃から隣国であり敵国のワーレンブルグとの関係が徐々に悪化していく。
長い間、国境付近で軍同士のにらみ合いが続き、時々小規模の戦闘が起こることはあったが、どれも期間が短く、お互いに大きな被害はなかったのだが、ディックが二十歳を過ぎた頃、両軍の間者のトラブルから、大規模で激しい戦闘へと広がった。
その被害は甚大で、国境付近の村は特に大きな被害を受けた。
レオンは体調を崩した国王アシュラムの代理として、食料をはじめとする膨大な救援物資を戦地に届け、騎士や兵士の士気を高める役割を担った。
当然、レオンの側近護衛騎士であるディックも一緒に戦地へ行く。
この戦争は二年にも及び、その間何度もレオンと共に戦地へ向かった。
前線に出ることはなかったので、身の危険はなかったが、後方に運び込まれる使者と負傷兵の数に戦争の悲惨さを身をもって知るのだった。
この戦争の激しさが収まった頃、体調を崩していた国王アシュラムが崩御した。
ディックは二十二歳になっていた。
同じく二十二歳のレオンが王位を継承し、レオンは王位継承の雑務だけでなく、ワーレンブルグと休戦協定を結ぶために多忙を極めた。
レオンの護衛騎士であるディックも、絶えずレオンに付き従うため、多忙であった。
そのため、レオンとディックは、二年以上、町の家に行くことがなく、エミリーに会うこともなかった。
ディックは、仕事抜きでエミリーに会いに行きたいという願望はある。
だが、適齢期の娘のいる家に、家族でもない男性が出入りすることは、一歩間違えばエミリーの結婚に支障が出ることになるだろう。
そう思うと、ディックは町の家に寄ることはできなかった。
休戦協定が結ばれ、ようやく余裕ができた頃、レオンは町の視察を兼ねて、久しぶりに町の家に寄った。
もちろん、護衛騎士のディックとセブも一緒である。
久しぶりの再会であったが、エミリーは変わらぬ笑顔で皆を迎えて、お茶とお菓子を出してくれた。
エミリーは二十一歳になっていたが、結婚はしていないし、恋人もいないようだった。
視察が終わって城に帰ると、ディックはセブに聞いてみた。
「なあ、セブ、エミリーにいい人はいないのか?」
「いないな。少し前、近所の青年に付き合ってほしいって申し込まれたけど、断ったって言ってたな。」
「断ったって、何で?」
「ああ、タイプじゃないそうだ。」
「タイプって・・・エミリーの好きなタイプってどんな奴なんだ?」
「ああ。強くて、優しくて、カッコ良くて、男前な奴らしいぞ。」
はあ、それって、陛下そのままじゃないか。
セブはディックの顔を見て、何を考えているのかわかったようだ。
「ああ、でも、陛下と結婚したいとは一ミリも考えてないと思うぞ。」
「そ、そりゃそうだろうけど・・・」
でも、好きって気持ちは止めることはできないよな。
ディックは、久しぶりにレオンを前にしたエミリーの嬉しそうな顔を思い出していた。
最近、ディックには縁談の話が持ち上がっている。
せめて婚約だけでもと、親が薦める縁談がいろいろあるのだが、まだ若いという理由で、ディックは断り続けていた。
エミリーの結婚を見届けてからにしようという思いは、まだ変わっていない。
ディックが二十三歳を過ぎると、聖女サラが降臨した。
サラは国中の領地を巡り、国民と共に祈りを捧げたいと言う。
なんとレオンはその護衛騎士として、ディックとセブを指名した。
しかもいきなりの指名で、事前に相談もなしだ。
ディックはますますエミリーが遠のいたと思った。
だが、所詮は一緒になれないのだから、自分が王都を離れている間に好きな人を見つけて結婚してくれれば、それでいいとも思っていた。
しかし、領地巡りが終わった後も、エミリーはまだ独り身だった。
そして、変わらない笑顔で、腕に磨きをかけたお菓子とお茶でもてなしてくれる。
しかし、エミリーはもう二十三歳だ。
二十歳前後で結婚する娘が多い中、このまままでは、行き遅れてしまうのではないかと心配になった。
ディックはその後、和平の使者としてワーレンブルグへ赴くサラの護衛騎士として一緒にワーレンブルグへ行くことになった。
ワーレンブルグでは、実にいろいろなことが起こったが、和平交渉は成立し、終戦と同盟の調印が行われた。
平和になったグランテリアでは、戦争に携わった騎士や兵士に功労賞が授与されることになった。
本来なら、和平の使者として志願したサラにも賞が与えられるはずだったのだが、そのサラはもういない。
神となって天界へ昇ってしまった。
だが、和平に導いたのはサラだけではない。
共に活躍した騎士にも賞が与えられることになった。
誰にどのような賞を与えるのかは、国王であるレオンと主要な貴族で話し合って決めるのだが、会議の最中、部屋のドアの外で護衛をしているディックは気が気じゃなかった。
セブの今までの活躍を思い出すと、どれほどの賞が授与されるのだろうか。
セブの活躍は十代の頃から目覚ましいものがあった。
領地巡りの際にもベイツ伯爵の不正の証拠を掴んだ。
ワーレンブルグでサンチェス公爵とゴメス侯爵を追い詰めることができたのも、セブの働きがあってこそだ。
はっきり言って、セブがいたから和平交渉が成立したと言っても過言ではないだろ?
ああ、お願いだ。どうか、セブの働きに相応しい賞を!
会議の結果は、受賞者に速やかに伝えられた。
セブは、いまだかつてないほどの昇進で、子爵位を与えられることになった。
平民が男爵位を越えて子爵位を賜るなんて、まず、ありえないことだったが、今までの功績に加え、和平交渉成立に大きく貢献したことが評価され、会議の中で反対を唱える者は誰もいなかった。
そのことを聞いたディックは心底喜んだ。
セブが貴族になったのだ。
セブの家族ももちろん貴族だ。
エミリーの身分は、子爵家の令嬢になったのだ。
授与式の日、近衛騎士の制服を着たセブは、国王レオンから、子爵位と勇敢な友を意味する姓ボールドウィン、そして子爵として住む館と報奨金が授与された。
それに伴い、今まで暮らしていた町の家の管理は、他の人に任せることになった。
セブ・ボールドウィン子爵に姓を改めたセブは、レオンから賜った屋敷に家族と共に引っ越した。
この館は、もとは男爵の爵位を授与した者に与えられた屋敷であったが、男爵の死後、後継者がなく、今は王室所有の空き家になっていたものだった。
それを内装と外装を新しく整え庭を整備し、セブに与えたのだ。
爵位を得たものは国の雇用対策の一環で、使用人を複数人雇うことが義務付けられており、セブたち家族は、とりあえず五人の使用人を雇って暮らすことになった。
領地を持たない貴族には、爵位維持費が給料とは別途支給されることになっている。
エミリーは、使用人に身の回りを世話されることに不慣れであったが、数日暮らすうちに、貴族らしい服装、装飾で身を飾るには、彼女たちに任せた方が安心だと思うようになった。
今日はディックがこの屋敷に来ることになっている。
ならば、エミリーは子爵家の令嬢として、ディックを迎えなければと思った。
ディックは、自分が持つ一番上等の服を着こみ、花束を持ってセブの屋敷を訪問した。




