81話 外伝 ソフィアとオーウェンの結婚事情4
オーウェンは、ソフィアを引き寄せ、身体を密着させたまま、ブラウ侯爵を睨んで言った。
「私は妃を誰よりも愛しているのだ。私には側室など必要ない。側室ごときで王の威厳が増すなどとは、私を見くびっているのか。」
前回とは違い、堂々とはっきりした言い方に、ブラウ侯爵はブルっと震えた。
「いえ、そのようなこと、滅相もございません。」
「そうだろう。私の威厳はそのようなものに左右されるものではない。貴族間の力のバランス? 私が側室を寵愛しないのであれば、今と何も変わらぬではないか。ブラウ侯爵よ、側室の話はもう終わりだ。他に話がないのなら出ていくが良い。」
ブラウ侯爵は、この夫婦間の距離を見誤っていることに気がついた。
腰に手を回し、身体を密着させている王太子夫妻は、決して冷めた夫婦関係とは思えない。
「ソフィア、こちらを向いてごらん。」
ん? これは台本にないセリフ。
ソフィアはキョトンとしてオーウェンに顔を向けた。
するとオーウェンは、片手でクイッとソフィアの顎を持ち上げ、その柔らかな唇に接吻をした。
えっ?
驚いたソフィアは、思わず叫びそうになったが、ぐっとこらえてその場をしのいだ。
ブラウ侯爵は二人に熱烈なキスまで見せられて、いたたまれなくなり、慌ただしく帰った。
まあ、これで当分の間、側室を薦めようとする者は出ないであろう。
その夜の夫妻の寝室。
「ソフィア、今日の私はどうだった?カッコ良かったかい?」
オーウェンが、ちょっと機嫌良さげにソフィアに聞いた。
どうやら今日の演技に手応えを感じたようだ。
ソフィアにとって、自分が書いた台本を、誰かに演じさせることは初めてのことであったが、オーウェンの演技は素晴らしかった。
ただそばにいるだけで、まるで、自分も舞台に立つ女優になったような気がした。
客は、ブラウ侯爵と侍従の二人だけであったが。
それに最後のアドリブ。
オーウェンには、天性の俳優の素質があるのではないかと思う。
「はい。とてもお上手で、カッコ良かったですわ。」
「つい、乗ってしまって、台本になかったことをしてしまったが、怒ってないかい?」
「怒ってなんかいませんわ。あれは、効果的なアドリブでした。ブラウ侯爵は、諦めてもう来ないでしょう。」
「そうか。それは良かった。私はソフィアに褒められることが一番嬉しいよ。」
この後、二人は熱い抱擁を交わしたのだった。
月日が流れ、オーウェンとソフィア夫妻には、長男ヘンリー、次男アルトー、三男アンソニーが生まれた。
子どもたちに囲まれ、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
と言いたいところだが、実際は、王太子妃として悔しい思いを何度もした。
公務に慣れた頃から、ソフィアはグランテリアのイレーヌのように、研究所を作ろうとしたのだが、ことごとくサンチェス公爵に阻まれた。
サンチェス公爵にとって、王族は御しやすく、強そうに見えるオーウェンも、実は見かけ倒しの王太子なのだとわかっていた。
その中で、ソフィアは異質で、もっとも警戒すべき人物であると感じていた。
杭は出る前に打つ。
それがサンチェスのやり方だ。
ソフィアが国のために、王室の威信のためにと何か計画していると、事前に察知し、裏から手を回して阻止した。
そのために、ソフィアは何度も悔しい思いをした。
だが、好機は訪れた。
しかも、あのイレーヌの息子がその好機をもたらすとは。
ソフィアは運命を感じずにはいられなかった。
イレーヌの息子レオンたちと聖女の働きにより、ワーレンブルグとグランテリアは終戦を迎え、同盟を結んだ。
同盟を結ぶ前にレオンと約束していたグランテリアの協力のもと、ソフィアは念願だった医療研究所と農作物研究所を設立した。
農作物研究所は、専任の役職を、それに相応しい人物に与え管理を任せたが、医療研究所は、ソフィア自身が先頭に立って指揮をした。
ソフィアは内科、外科、薬学科などの医療の発展に尽力していたが、それだけでなく、グランテリアにはなかった心療内科部門も立ち上げた。
どんなに公務で忙しくても、医療研究所が国民の救いになるようにと、研究の発展とその実用化にも力を尽くした。
国王オーウェンが六十五歳で、王太子ヘンリー夫妻に王座を譲った後は、ソフィア自ら率先して心療内科の研究に励み、数々の功績を残した。
医療研究所の名称はいつの頃からか、ソフィア医療研究所と呼ばれるようになり、ソフィアの名は、ワーレンブルグの医療の母として、後世に語り継がれることとなったのである。




