80話 外伝 ソフィアとオーウェンの結婚事情3
「殿下は、ずっと王太子であらねばと気を張っていらっしゃる。言わば、王太子の仮面を被り、演技を続けているようなもの。今は私と過ごす夜までも仮面を被り続けているではありませんか。そのようなことを続けていると、いつか病気になってしまいます。」
「ああ、話はそこに行き着くのか。ふむ、そうだな。そなたは私のヒーローだから、私もそなたの前で、カッコよくいたかったのだよ。」
「殿下のお気持ちはよくわかりました。ですが、私の前では、仮面を外してくださいませ。殿下のありのままの姿でいてくだされば良いのです。」
「ふむ、ありのままの姿というのがよくわからぬが。」
幼少の頃から長い間、両親に王族であれと厳しくしつけられたオーウェンは、自分の心の解放の仕方を忘れていた。
仮面を外せと言われても、そう簡単には外せない。
「それでは、こうしましょう。これから一週間、お試し期間として、その日にあった嫌なこと、お怒りになったこと、悲しかったこと、何でもいいからお話しくださいませ。」
「そんなことをしたら、そなたが私に失望するのではないか?」
「いえ、私は絶対に失望などいたしません。私は殿下が本当は泣き虫だってこと知っているのですよ。だから安心なさってくださいませ。」
お試し期間というその言葉が気に入って、その日から、オーウェンは、夫妻の寝室に入ると少しずつではあるが、自分の心のうちを話すようになった。
初めはぎこちなかったが、いつも、ふんふんと頷きながらソフィアが話を聞いてくれるので、だんだんと話したいことが増えてきた。
内容は、ある貴族の話し方が気に入らないとか、メイドが入れたお茶が冷めていたとか、あんなこと言われた、こんなこと言われたと、不満や泣き言ばかりであったが、ソフィアは、全く聞くことを嫌だとは思わなかった。
オーウェンの話すことは、人も物も多岐にわたり、ソフィアの大好きな情報の宝庫だったのだ。
オーウェンの主観が、入りすぎることはあるが、泣き言を言わせる輩の人と成りを想像することができたし、怪しいと思えば、他の情報屋に調べさせて信憑性を確かめるのも案外と面白いと感じた。
オーウェンも、安心して泣き言を話せる相手ができたことが、よほど嬉しくなったのか、嬉々として仮面を外し、表情豊かに話すようになった。
ソフィアが読んだ専門書には、趣味に没頭するのが良いと書かれていたが、もしかしたら、これがオーウェンの趣味になってしまったのではと思う。
だが、いつしか、オーウェンは、胃を押さえることがなくなり、食欲も元に戻ったので、ソフィアは、心底ほっとした。
これで未亡人にならずに済むだろう。
夫妻の寝室を使うことは、新婚夫婦の一週間の決まりごとであったのだが、寝室の夜の会話は二人だけの秘め事であり、どちらも寝室を別にしたいとは言わなかった。
そして、オーウェンは公私のオンとオフを上手く切り替えることができるようになってからは、ますます王太子の演技に磨きがかかった。
結婚して、半年たったが、二人には、まだ子はできなかった。
そんなある日、夫妻の寝室に入るなり、いつものようにふにゃりと気弱な姿に変身したオーウェンが話し始めた。
「ソフィア、聞いておくれ。ブラウ侯爵が私に側室を持てと言いに来たんだ。」
オーウェンとソフィアは、仲良し夫婦であるのだが、実は端から見ると、そうは見えない。
日中は、二人とも別室で仕事をしており、ソフィアの性格上、公務を放って夫に会いに行くなどあるはずがなく、威厳ある凛々しい夫と、無愛想で冷たい妻というのが、二人の関係を知らない者が抱いている夫婦像である。
側室を薦めてきたブラウ侯爵は、冷めた二人の関係なら、自分の息のかかる貴族の娘を側室にして、権力を得ることも可能だと考えていた。
「それで、あなたは側室を持ちたいのですか?」
「いや、私はソフィアだけで良いのだが、未来の王たる者、側室の一人や二人持つべきだとか、権力を一つに集中させるべきではないとか言われると、何と返せば良いのかわからぬのだ。とりあえず、考えておくとは言ってあるが・・・。はあ。」
嫌ならバシッと言ってやったら良いものを。
まったくもって、気弱で優柔不断な夫である。
まあ、それがオーウェンの真の姿なのだから仕方がないが・・・。
「それでは、私が台本を書きましょう」
「台本とは、公的行事の宣言文のようなものか?」
オーウェンは、公的行事の宣言だとか挨拶は、宰相が書いたものを覚えて、まるで自分の考えのように、何も見ずに堂々と読み上げていた。
それは、一種の才能と言っても過言ではない。
「そのようなものだとお考えくださいませ。」
ソフィアは、自分でも恥ずかしくなるような台本を書いた。
しかし、ブラウ侯爵にバシッと言い聞かせるには、これぐらいはしないと効果がないだろう。
出来上がった台本をオーウェンに見せると、「なるほど、ふんふん、ここでソフィアをこうするのだな。」とまったく恥ずかしげもなく納得している。
見ているソフィアの方が恥ずかしくなった。
三日後に来ると聞いていたので、ブラウ侯爵が来たら、直ぐに連絡するように使用人たちに伝えた。
予定通り、ブラウ侯爵はオーウェンの執務室にやって来た。
侯爵は挨拶の後、早速側室の話を始めた。
「殿下、側室の件、考えていただけましたでしょうか? 何度も言いますが、王の威厳を見せるためにも、側室の一人や二人、いた方がよろしいでしょう。今のままでは、王太子妃のご実家であるハワード家に権力が集中してしまいます。貴族間のバランスを考えても、側室を持つべきだと考えます。」
そこへ、オーウェンの側近侍従が報告に来た。
「お話し中、誠に恐れいります。王太子妃殿下が、公務のことで急ぎお話ししたいことがあるとおっしゃっておりますが、いかがいたしましょう。」
「おお、妃が私に用があるとな。急ぎの用なら致し方ない。中へ通せ。」
ブラウ侯爵は不満の眼差しで侍従を睨んだが、オーウェンが許可したのなら何も言えない。
ソフィアは中に入ると、チラリとブラウ侯爵を見て言った。
「おや、ブラウ侯爵がおられましたか。殿下の仕事のお邪魔をいたしましたか?」
「いや、仕事をしていたわけではないからな。妃よ。ちょうど良いところに来た。ブラウ侯爵、この際だから、はっきり言わせてもらおう。ソフィアよ、こちらへおいで。」
ソフィアは、言われた通りにオーウェンの隣に立った。
オーウェンは、ソフィアの腰に手を回し、ぐいっと引き寄せた。




