78話 外伝 ソフィアとオーウェンの結婚事情1
今回から外伝が始ります。結婚事情を抱えているのは、何も聖女だけではありません。
他の登場人物にも、それなりの秘めたる事情というものがあるのです。
外伝も本編に引き続きお楽しみいただけたら幸いです。
「そうか、聖女とルークは、神となって、天に昇っていったと申すのだな。」
ワーレンブルグ国の王妃ソフィアは、自分が雇っている情報屋から、執務室で報告を受けていた。
にわかに信じがたい話であるが、これでもう三人目だ。
彼らの情報は真実なのだろう。
私もその場で見たかったなと、ソフィアは思った。
「それで、残された者の様子はどうであったか?」
「ふむ、国王は意気消沈しすぎて、回りの誰も声を掛けられなかったのか。」
先ほどの情報屋の話では、国王は泣いていたと言ってたが・・・。
国王は聖女に惚れていたから、さぞや気落ちしたであろう。
だが、相手は神なのだから、所詮結ばれる相手ではなかったのだ。
一日でも早く立ち直って欲しいものだ。
今朝早く、グランテリアへ出発する前に挨拶を交わしたが、レオンは国王らしく微笑んではいたものの、どことなく引きつっているようにも見えた。
そのことからも、彼の心が平静でなかったことがうかがえる。
「ルーク、いや、ヒューイとかいう神は、聖女に許されたと言われたのだな。ふふふ、いったいどんな許されないことをしたのやら。」
ソフィアの想像が、空に浮かぶ雲のようにふわふわと広がっていく。
「まあ、夫婦の間には、人に言えぬ事情というものがあるものだ。他人の私がとやかく言うことではないな。」
ソフィアは情報屋に報酬を渡して帰らせた。
ソフィアは、夫婦には人に言えぬ事情があるものだと言ったが、そう言うソフィアとオーウェンも人に言えぬ事情をもつ夫婦であった。
ソフィアがまだ十九歳でハワード公爵家の令嬢であった頃、王宮の広間で舞踏会がほぼ、月に一度のペースで行われていた。
二歳年上の王太子オーウェンの妃を選ぶことが一番の目的であったが、まだ婚約者がいない貴族令息、令嬢たちにとっても、未来の配偶者を品定めする重要な機会であった。
二十一歳のオーウェンは、まだ若くても、王としての風格、優雅な身のこなし、堂々とした話し方、どれをとっても、まさしく王太子と褒め称えられる存在であった。
オーウェンは朗々と舞踏会の開会宣言をした後は、妃候補と思われる令嬢と優雅にダンスを披露したが、いつも途中で退席していた。
「自分がいては、皆が緊張し、舞踏会が楽しめないであろう。」
というのが、その理由であった。
ソフィアの家門のハワード公爵家は、王族に次ぐ地位であり、オーウェンはダンスを披露する際は毎回一番にソフィアと踊った。
大方の貴族の見方では、貴族令嬢の中で一番格が高いソフィアが、王太子妃に選ばれるだろうと思っていた。
たがソフィアは、違った。
自分が選ばれるとは思っていなかった。
舞踏会に参加している令嬢たちは、皆美しく煌びやかなドレスを身にまとい、何より上手に媚びを売る。
男心をくすぐる会話の技術は、いったいどこで習って来たのかと聞きたいほどだ。
ソフィアは、輝くプラチナブロンドの長い髪、青く冷たく見える瞳と抜けるような白い肌を持つ氷の美貌と称される美人ではあったが、望めば何でも手に入る環境にいるせいか、煌びやかなドレスも、高価な宝石にも興味がなかった。
自分を美しく着飾ることは、自分よりセンスの良い侍女たちに任せればそれで良いと考えている。
それよりも、医療や地理などの専門書を好んだ。
王家に次ぐ地位のせいか、他人に媚びを売ったこともなかった。
そういう理由で、男である王太子が他の令嬢を差し置き、自分を選ぶとは、とても考えられなかったのである。
しかし、自分の身を飾るものには興味がないソフィアではあるが、情報を得ることには熱心であった。
子どもの頃から、使用人に町の噂や面白い情報を求め、良い情報をくれた者には、必ず褒美を与えた。
幼かったゆえ、褒美になるものは、自分に出された菓子や果物であったが、使用人にはめったに口にすることができない食べ物であったので、褒美としての役割は果たせていた。
しかし、成長するにつれ、良い情報を得るには、それに見合う報酬が必要なことを覚え、さらには、より正確な情報を得るには、一人からの情報では足りないことを学んだ。
見る人の立場によって見方は変わり、報告する者の主観が入ると情報はさらに変化するからだ。
だからソフィアは、十二歳になる頃には数人の情報屋を雇い、定期的に報告させていた。
町の噂を聞いていると、時々グランテリアの王妃イレーヌの話題が上がった。
ガドフィール侯爵家の令嬢であったイレーヌは、十五歳で王太子妃になり、私費を投じて研究所を作り、国の農業を発展させ、さらには王家の財政を立て直したという。
研究所は農業だけでなく、衣服、さらには医療分野にまで広げ、その成果を着々とあげている。
敵国にも関わらず、その名声がここまで聞こえてくるのだ。
その手腕たるや相当なものなのであろう。
そして、彼女の名前はきっと後世まで語り継がれるのだろう。
そう思うと、ソフィアはとても羨ましいと思った。
人を羨ましいと思ったのは、イレーヌが初めてだった。
自分もこの国において、後世まで語り継がれるような何かを成し遂げたい。
ソフィアにとって、王太子妃になるよりも、後世に名を残すことの方が魅力的で、それは、ささやかな野心となった。
しかし、何故か、オーウェンは、王太子妃にソフィアを選んだ。
何故、私を?と不思議に思ったが、結局、王太子の好みなどどうでも良く、格の高さだけで選んだのかもしれない。
どちらにせよ、ソフィアは、ささやかな野心を捨てるつもりはなかったので、王太子妃になってから事をなせば良いと思った。
その後、二十歳になると、豪華絢爛な結婚式を挙げ、オーウェンとソフィアは、夫婦になった。
基本、ワーレンブルグの王家は、夫と妻の寝室は別々である。
国王が住む王宮も、王太子が住む王太子宮も、寝室の造りは同じだ。
これは、夫が側室を持つ場合、その方が都合が良いからだった。
しかし夫妻の寝室も作られており、新婚の夫婦は、初夜から一週間、夫妻の寝室で夜を過ごすことが決められている。
一週間を共に過ごした後は、寝室を別にするのか、そのまま夫妻の寝室で寝るのかは、夫婦が決めることになっている。
オーウェンは、新婚初夜から積極的で、その態度にも卒がなく、王をそのまま絵に書いたような威厳を備えていた。
ソフィアは、オーウェンの態度に違和感を感じていた。
寝屋の中まで気を張り詰めているように感じたのだ。
日中は王太子の公務で気を張り、心を休めるはずの夜まで気を張り続けていれば、いつかは、壊れてしまうのではないかと心配にもなった。
五日目の夜になると、オーウェンは、胃の辺りを手で押さえ、顔色はいつもよりも青ざめ、少し辛そうに見えた。
「お体の調子がよろしくないのではありませんか?」
ソフィアが問うても、「いや、心配には及ばぬ。」と答えるだけで、自分の不調を認めようとはしなかった。
そして鍛え上げた表情筋を見事に操り、いつもの端正で威厳のある顔立ちに戻すと、ソフィアを抱いた。
翌日、ソフィアは、実家から連れてきた侍従、侍女、メイドたちに、オーウェンを見張り、その様子を報告するように命じた。
侍従たちは慣れたもので、ソフィアが必要とする情報を的確に把握し報告した。
もちろん報酬は給料とは別払いだ。
報告をもとに、ソフィアはあることを結論付けた。




