77話 抱擁
サラの言葉にドキリとした。
レオンは、今までの経験から、サラがこんな風に話を切り出すときは、とんでもないことを言い出すことを知っていた。
「サラ、その話は迎賓宮で聞こう。だから、とりあえずは帰ろう。」
「いえ、今、ここで聞いていただきたいのです。」
そう、ルークがいるこの場所で。
「いや、だから、ここじゃな・・・」
「私はグランテリアへは戻りません。」
サラは、話しかけているレオンの言葉を切って、はっきりと皆に聞こえるように言った。
「え?」
この言葉に、ここにいる皆が驚いた。
「何を言ってるんだ。サラが帰る場所はグランテリアだ。国民もジェネロ大神官も、君の帰りを首を長くして待っている。」
「私を待っていてくださるお気持ちはありがたいとは思いますが、私はグランテリアには戻りません。ずっとこのワーレンブルグで暮らします。」
「そんなこと、できるはずがないじゃないか。」
「お忘れですか? 同盟の条約の中に、本人の希望があれば、長期滞在を認める項目がございます。」
「だからと言って、そんな・・・」
あの項目は、商人や、研究者のために必要と判断して作った項目だった。
まさか、こんなところでサラに使われようとは思ってもいなかった。
「サラ、まだ時間はある。よく考えてくれ。」
二人の会話を聞いていて、ルークは我慢しきれずとうとう口を挟んだ。
「サラは、グランテリアの国王と結婚して、王妃になるんじゃなかったのか?国民全員が望んでいるって・・・。」
「いえ、たとえそのような噂があるとしても、私は陛下と結婚しませんし、王妃にもなるつもりもありません。」
「サ、サラっ!」
ああ、ルークにだけは、サラのこの言葉を聞かせたくなかった。
レオンの脳裏に、病室でルークの胸倉を掴んだあの場面が浮かぶ。
「サラ、今の言葉、もう一度考え直してほしい。」
「陛下、今まで、何度も陛下に助けられたこと、本当に感謝しております。ですが、私には私の事情というものがあるのです。ですから、どうか、私の結婚については、私の好きにさせてくださいませ。」
ルークは、ずっと諦めていた。
サラと一緒に暮らせるなんて夢でしかなく、願っても叶わぬことだと思っていた。
でも、サラは、グランテリアに戻らず、ワーレンブルグに残ると言う。
ならば、ならば、俺にも可能性があるのだろうか?
ルークは一緒に踊ったサラの顔を思い出した。
声をあげて、とても幸せそうに笑うサラを。
あのときサラは、俺を見て俺の手を握り、幸せそうに笑っていたではないか。
うぬぼれでもいい。
俺にもチャンスを!
ルークは、サラの前に跪き、手をとり、熱い眼差しでサラの目を見つめて言った。
「サラ、あなたがワーレンブルグに残ると言うのなら、どうか、俺のそばにいて欲しい。そして、できるなら、俺と結婚して欲しい。」
「えっ?!」
その言葉を聞いた誰もが驚いた。
サラも一瞬驚いたが、驚きと共に、暗い顔が一転して、ぱあっと表情が明るくなった。
「ルーク、ルーク、私の聞き間違いではないですか。お願いです。もう一度言って。」
「何度でも言うよ。サラ、俺と結婚して欲しい。」
「ああ、ああ、ルーク、とうとう言ってくれた。結婚します。結婚します。私はいつだって、あなたと一緒です。」
サラの目には涙が溢れ、もう、ルークしか見えていない。
サラは、跪いているルークを両手で引っ張り上げた。
そしてルークをその手で、ぎゅっと抱きしめた。
「ルーク、いえ、ヒューイ、愛しているわ。あなたはもう許されたのよ。一緒に天界に帰ろう。」
「ヒューイ? そうだ、俺はヒューイだ。思い出した。あなたはサラで、俺はヒューイだ。ああ、サラ、俺はお前を愛してる。」
ヒューイも強くサラを抱きしめ、二人は熱い口づけを交わした。
ヒューイの黒髪はシュルシュルと腰まで届く赤い髪に変わり、二人の服も神服に変わった。
そして、ふわふわと浮き上がり、天へと昇っていく。
レオンも周りにいた皆も、想像を超える目の前の現実に、何をどう言って良いのかわからず、ただ息を飲んで見ているだけだった。
サラとヒューイが皆の手の届かない高さまで上がったとき、二人は止まった。
「アイリス、いつも私のそばにいてくれてありがとう。あなたがいてくれて、とても力強かったわ。カイゼル、御者の仕事をありがとう。あなたのお陰で快適な旅ができました。セブ、ディック、トビー、いつも私を守ってくれてありがとう。あなたたちのお陰で安心して過ごすことができました。皆さんには心から感謝しています。」
サラは、一人一人の顔を見ながら感謝の言葉を綴った。
そして最後にレオンを見た。
「レオン、本当にあなたには感謝しています。あなたのお陰で、私はヒューイを見つけることができました。もうあなたとはお別れですが、これからは、私はあなたを、この国を、いつまでも見守っています。あなたが良き王として治めるこの国を。さようなら、皆さん、本当にありがとう。いつまでもお元気で・・・」
サラとヒューイは抱き合いながらゆっくりとゆっくりと天に昇っていき、ついには見えなくなった。
完
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。サラとヒューイの物語は終わってしまいましたが、これまで続けてこれたのは、本当に皆さんのお陰です。毎日誰かが読んでくれている。それがとても大きな励みになりました。感謝でいっぱいです。
サラとヒューイの物語は終わってしまいましたが、これからは外伝が始ります。偶数日に更新するようにしていますので、どうか引き続き読んでください。外伝も楽しんでいただけたら、幸いです。
どうぞよろしくお願いします。




