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憂鬱聖女の結婚事情 ー憂鬱聖女は今日も最愛の恋人を探して旅に出ますー  作者: 矢間カオル


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71話 トビー

男は、薄気味悪くニヤリと笑いながら、トビーに話し出した。


「ゴメス侯爵様は、お前の妹が指輪を盗んだことを、たいそうお怒りだ。可哀そうだが、使用人が主人の物に手を付けたとなると、まあ、殺されても文句は言えないな。」


「殺される?」


「そりゃそうだろう。相手は侯爵様、お前の妹は平民だからな。身分の差はどうにもならんよ。それでだ、侯爵様は、お前しだいで、妹を助けてやっても良いと言っている。それで俺がここに来たんだ。」


「何をすればいいんだ?」


「何、簡単なことだ。明日、聖女の護衛の任務のときに、この薬を聖女とルークに飲ませればいい。ただ、それだけだ。」


そう言って、男は薬が入った小さな瓶を懐から取り出した。


「この薬は?」


「安心しろ。この薬で死ぬことはない。ちょっと眠らせるだけだ。薬で殺すわけにはいかないからな。薬で眠った二人を馬車で運ばせてもらうよ。その後は、全てをルークがしたことにして、報告すればいい。どうだ? たったこれだけで、妹は助かるんだぞ。なんと侯爵様の寛大なことか。」


トビーはしばらく、返事ができなかった。


目の前の、ジャスミンの髪の毛とネックレスを見つめているだけで、頭の中はいっぱいになってしまった。


「返事がないというのは、やる気がないってことか? 可哀そうな妹だ。兄に殺されるなんてな。こんな所に長居は無用。じゃあ、俺はもう行くぜ。」


男が動こうとしたとき


「待て!」とトビーは男を引き止めてしまった。


こうなったら、トビーは男の言いなりで、結局、男が持って来た薬瓶を受けとってしまった。


男は帰り際に言った。


「もし、お前が怪しい動きをしたら、妹の命はないと思え。何度も言うが、妹を生かすも殺すもお前しだいだ。」


翌朝、トビーは二人に薬を飲ませ、二人がいなくなったことを騎士団長に報告しに行った。


心の中で、どうか死なないでくれと、祈りながらその日を過ごした。


夜になって、聖女一人が帰って来たと報告を受けた。


ルークは崖から落ちたと聞いた。


聖女は、まだルークは生きているから探してくれと言っている。


ああ、ルーク、どうか生きていてくれ。


その思いだけで、夜を過ごした。


朝になって、ルークの捜索隊が組まれることになったから、トビーも志願して探しに行った。


捜索中に、山道で一人、鷲城内に四人、倒れている男を見つけ、保護した。


しかし、ルークは見つからない。


ルークを探しながらも、トビーはあることが気になっていた。


何故、俺は捕まらない?


サラに聞けば、トビーが嘘をついていることが、ばれるはずだった。


トビーは捜索中に、団長に聞いてみた。


「聖女は、どのように証言しているのですか?」


「ああ、お前が言ってることと同じことを言ってたぞ。自分が水を飲みたいと言ったら、トビーが水をもらいに行ってくれて、その間に馬車が急に走り出し、ルークが助けに来てくれたと。聖女が一人で神殿に行くって話も、結局ルークが偽物の御者に騙されたそうだ。聖女の話を聞いて、本物の御者を探したら、馬車置き場の倉庫で見つかった。ロープで縛られていたよ。まだ、聞いてなかったのか?」


サラは俺をかばってくれている。

きっと、ルークと相談してのことだろう。

俺は二人を裏切ったというのに・・・。


トビーは目頭が熱くなるのを感じたが、まだ妹の命が危険にさらされていると思うと、本当のことを団長に話せなかった。


今は、ルークを探すことが先決だと自分に言い聞かせ、血眼になってルークを探した。


だが、捜索の甲斐むなしく、ルークは見つからず、川に流されたのだろうと、捜索に終止符が打たれた。


夕方に兵舎に帰って来たが、それからは何をする気にもなれず、自室でふさぎ込んでいた。


目の前に妹の髪の毛とネックレスを置いて、妹を救うこともできず、友の命も失ってしまった何もできない自分の愚かさを、嘆いていた。


「生きていて欲しいと願ったルークは死んでしまった。俺が殺したも同然だ。ルーク、すまない。本当にごめん。」


後悔ばかりが押し寄せる。


ジャスミンが無事に解放されたら、どこか遠い場所に移して、その後は、自分の命で償おうとまで、思いつめていた。


コンコンコン


窓をたたく音がして顔を上げた。


窓の外には、サラがいた。


サラの後ろには、護衛騎士が二人。


「トビー、開けてください。あなたに伝えたいことがあって、ここまで来ました。」


サラは回りに聞こえないように、小さな声で話した。


「サラ、どうやってここに?」


トビーは驚いて窓を開けた。


「私を中に入れてください。二人だけで話がしたいので、申し訳ありませんが、お二人は少し待っていてくださいね。」


サラが護衛騎士に言うと、トビーはサラを引っ張り上げて中に入れた。


「サラ、すまない。あなたを騙して恐ろしい目に合わせてしまった。」


「いいえ、私のことはいいのです。ルークが守ってくれましたから。」


「だが、そのルークを、俺は殺してしまった。」


トビーの目から、涙が溢れた。


「いいえ、ルークは死んでいません。それをあなたに伝えに来ました。」


「あの崖から落ちて、しかもどこを探しても見つからなかった。もし落ちたときに生きていたとしても、川に流されて、今頃は死んでいるだろう。どうして、死んでいないと言いきれるのですか?」


「それは・・・。私が聖女だからです。ルークの生死がわかるのです。聖女の能力の一つです。」


こう言わなければ、トビーは納得しないだろう。


「本当ですか? 本当にルークは生きている?」


「はい。必ず生きています。」


「ならば、どうして戻って来ないのですか?」


「きっと、死んだことになっていた方が、都合がいいからだと思います。城から逃げるときに、ルークは言ってました。トビーに会いに行って、俺は生きてるぞって言ってやりたい。そして、トビーを苦しめるものから、救ってやりたい。トビーは私利私欲のために、俺たちを裏切るようなことはしない。トビーは一番誇り高き騎士だ。トビーの誇りを傷つけた奴を、俺は許さないって。」


「俺の誇りを傷つけた奴を許さないって、言ったのか?」


「はい。そう言いました。」


「そうか、あいつらしいな。サラ、いや、聖女様。やはりあなたは本当に聖女様だ。」


トビーはサラの手を握りしめて言った。


「聖女様、本当にありがとう。」


トビーの、今までふさぎ込んでいたその目に、光が宿った。


次に自分が何をするべきか、はっきりとわかったのだ。


サラは、トビーの目の光を確認すると、護衛騎士の二人とともに、迎賓宮に戻った。



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