70話 穴
サラは、迎賓宮で騎士からの報告を待っていた。
一緒にルークを探しに行きたかったが、そうすることが、かえって迷惑になると言われると、ただ、待つことしかできなかった。
夕方になって、騎士たちが帰ってくると、そのうちの一人から、報告が来た。
「ルークは見つからなかった。たぶん、川に流されて、死んでしまったのだろう。」と言われた。
ルークを探しに行った者たちは、見つからなかったことと、ルークの死を結びつけていたが、サラにしてみれば、少なくとも、現在ルークは生きていて、落ちた場所から離れた場所にいることを意味していた。
ルークは今、どのような状況にいるのか、何故、戻って来ないのか、わからないことだらけではあったが、サラには、一つの強い思いがあった。
私には、しなければならないことがある。
ルークは、トビーに自分が生きていると言ってやりたいと話していた。
ルークができないのなら、代わりに私がしなければ。
誇り高き騎士であるトビーは、きっと今、辛いはずだ。
友人を裏切っただけでなく、結局は殺してしまったことを嘆いているはずだ。
最悪の場合は・・・。
そう考えると、サラはじっとしていられなかった。
サラは、夕食が終わり、護衛騎士の付き人マテオの任務が終わってから、護衛騎士の部屋に、アイリスを連れて自分の願いを話しに行った。
護衛騎士のセオドアとアイザックは、セブとディックの代わりに任務につくだけあって、やはりとても優秀な騎士である。
隠密行動に優れた能力を発揮し、鍛え上げた筋力は、騎士の中でもずば抜けていた。
「セオドア様、アイザック様、お願いがございます。」
「聖女様が、私たちの部屋に来るなんて、いったい何事ですか?」
セオドアが、聖女の急な訪問に驚いて言った。
「お願いと言うのは・・・、私を兵舎に連れて行って欲しいのです。」
いきなりの申し出に、騎士もアイリスも驚いた。
「いや、しかし、兵舎なんて、今から行けるはずがないでしょう。それに、聖女様は迎賓宮からお出になることはできません。」
「そこをなんとかお願いします。お二人は、夜に城外に出ているではないですか。今日は私を一緒に連れ出してください。」
「いやいやいや、いくら何でも、それは・・・」
二人の会話を聞いていたアイザックが、理由を尋ねた。
「仮に城外に出たとして、兵舎に何の用なのですか?」
「トビーに会うためです。私はトビーに話さなければならないことがあるのです。早く言わないと、もしかしたら、トビーは辛い選択をするかもしれません。だから、一刻も早く行きたいのです。」
「ですが、どうやって兵舎の中に入るおつもりですか?」
「それなら大丈夫です。兵舎の塀に抜け穴があるのです。それに、兵舎の警備はそれほど厳重ではありません。」
「なぜ、そんなことを知っているのですか?」
「・・・ル、ルークに聞きました。」
嘘である。
ルークはそんなことを、一度も話したことはない。
これは、サラが女神だったから知り得た情報だった。
ワーレンブルグの軍隊の規律は、とても厳しい。
だから、兵舎の規律も厳しく、門限についても同様だった。
門限になったら、ぴたりと門が閉まり、門からの出入りは、許可ある者以外は禁止されている。
そして、その後の点呼にいなければ、とても厳しいお咎めが待っていた。
だが、点呼が終れば、翌朝まで兵舎の中で自由にくつろぐことができたので、若者たちは、その時間を利用して、こっそりと兵舎を抜け出し、愛しい恋人との逢瀬を楽しんでいたのである。
兵舎の塀に、人が潜れる程度の穴が空いており、それは表も裏も、植え込みで隠されていた。
兵舎に暮らしたことがある者なら、誰でも一度は通ったことがある抜け穴だった。
今は偉くなった上官たちも、何度もこの抜け穴のお世話になっていた。
だから、暗黙の了解で、その抜け穴付近に警備の者が付くことはなかった。
警備の者がいなくても、その穴を通って兵舎に入るような間抜けな盗賊はいない。
もし、そのような盗賊がいたとしたら、鍛え抜かれた騎士や兵士たちに、捕まえてくれと言ってるようなものだ。
サラは、女神の仕事をしているときは、兵舎に住む騎士や兵士の祈りに耳を傾け、よく幸運を授けたものだった。
「お願いです。騎士の誇りと名誉がかかっているのです。」
騎士の誇りと名誉と言われると、護衛騎士の二人の心は揺らいだ。
先程から、三人のやり取りを聞いていたアイリスは、考えていた。
聖女様が、誰にも相談せずに、いきなり驚くような話を始めることが、今まで幾度となくあった。
その度に自分自身も驚かされたが、いつも、それは国民を思ってのことだった。
今回も、トビーを思ってのことだろう。
きっと聖女様には、私には計り知れない深い思いが、おありになるのだ。
「護衛騎士様、私からもお願いします。どうか聖女様の願いをおききくださいませ。もし、警備の者が調べに来たら、私がなんとかごまかします。ですからお願いします。」
公爵令嬢のアイリスに言われると、なおさら断りにくくなった。
セブとディックの頃から、表面上はおとなしく規律を守って真面目に生活しているせいか、警備兵の監視は緩やかになっていて、最近は、ドアを開けて中を確かめるようなこともなくなった。
おそらく、今回もサラを連れて部屋を抜け出しても、見つかることはないだろう。
「わかりました。聖女様を兵舎にご案しましょう。では、その前に、その服装では、動きにくいので、我々の黒い上下に着替えてください。大きいでしょうから、袖やズボンの裾は折って長さを調整してください。」
サラは、一旦部屋に戻り、黒服に着替えてバルコニーで待った。
同じく黒服に着替えた二人の護衛騎士が、バルコニーを飛び越え、目の前に現れた。
アイザックが、「それでは失礼します。」と、サラを抱き上げた。
「しっかり掴まってください。」
サラを抱えたまま、バルコニーからバルコニーへと飛び移り、大木にロープをかけると、サラを抱えたまま大木に飛び移り、するすると地面に降りた。
鍛え上げられた騎士の身体能力は、サラをいとも簡単に城を脱出させた。
ワーレンブルグの兵舎の一室で、トビーは顔を伏せ、後悔の念に押し潰されそうになっていた。
目の前には、切られた栗色の髪の一束とネックレスが置かれていた。
「ルーク、すまない。本当にごめん。」
何度も同じ言葉を呟いては、頭を抱えていた。
「あの時、俺は、どうすれば良かったのだろう。」
その答えは、未だに出ない。
あの時とは、ルークを裏切った前日の夜のことだ。
夕食も風呂も終え、部屋に戻ると、見知らぬ男がいた。
右目の下に、ほくろのある男だった。
その時、トビーは剣を手にしていなかったが、一瞬で男に飛び掛かり、羽交い絞めにして拘束した。
「お前は誰だ。何のためにここにいる?」
男が苦しげに言った。
「いっ、妹の命が惜しかったら、止めておくんだな。」
「妹?」
トビーは、拘束を緩めた。
「ああ、お前の妹ジャスミンのことだ。詳しく話すから、まずは、その手を離してくれないか。」
トビーが手を離すと、男は、ヤレヤレと独り言を言いながら、トビーに向き合った。
「お前の妹は、ご主人様の指輪を盗んだのでな。今は、地下牢に閉じ込められている。」
「何を言う。ジャスミンがそんなことをするはずがない。」
「ところがしたんだよ。ジャスミンの部屋から指輪が見つかった。」
「でたらめなことを言うな。」
「信じたくないのはわかるが、まあ、これを見ろ。」
男は、髪の毛を一束と、ネックレスを袋から取り出して、テーブルの上に置いた。
テーブルの上に置かれた物は、ジャスミンと同じ髪色の束と、母の形見のネックレスで、ジャスミンがいつも身に付けているものだった。
ジャスミンが人の物を盗んだとは信じられないが、地下牢に閉じ込められていることは事実だと分かった。
「なぜ、こんなことに・・・」
「宝石に目が眩んだんじゃないのかい。さあ、ここからが、本題だ。」
男は勝ち誇ったようにニヤリと笑って、話し始めた。




