69話 理由
「願いとは?」
ルークの真剣な眼差しに、ただ事ではない何かを感じ取ったジョンは、願いが何かを尋ねた。
「私は行かねばならない所があります。ですが、剣がありません。あなたが作った剣を譲って欲しいのです。もちろん、後で金は払います。」
「ああ、そういうことでしたら、こちらへどうぞ。」
ジョンはルークを仕事場に連れて行った。そこには、ジョンが鍛え上げた剣がいくつも壁に掛けられていた。
ルークはそれを見て、1本の剣に吸い寄せられた。
手に取ると、しっくり馴染んだ。
「この剣がいい。」
「さすが、目が高い。その剣は、私の会心の一本です。」
ルークはこの剣をとても気に入った。
自分が鍛え上げた剣を嬉しそうに持ち上げるルークを見て、ジョンは思った。
軍に戻れば、良い剣がいくらでもあるだろうに、この場で剣を望むということは、軍に戻らずに、どこか厳しい場所に行くのではないだろうか。せっかく助かった命なのだから、このまま生きて欲しい。
鍛冶屋の家を出る前に、リリーが食事を用意してくれた。
そう言えば、昨日の朝から、何も食べていないことを思い出した。
鍛冶屋の家族と一緒に美味しい料理を食べ、腹を満たしたルークは、鍛冶屋夫妻とその息子に、心からの感謝を述べて、家を出た。
出る前にジョンが言った。
「あなたはとても運が強い人だ。これから行くところも、この剣があなたを守ってくれますように。幸運を祈ります。」
ルークは、何故トビーが自分を裏切ったのか、ずっとそのことを考えていた。
きっと、裏切らずにはいられない切羽詰まった事情があるはずだ。
だから、レオンがトビーの証言を話したとき、それを否定せずに受け入れた。
薬を飲まされたことは言わなかった。
トビーの証言は正しい。
トビーが水をもらいに行ったとき、急に馬車がサラを乗せたまま走り出したので、慌てて追いかけたのだと話した。
御者に、今日は聖女一人で来るようにと言われたので、そのことを疑いもせずにトビーに伝えた。俺もすっかり騙されてしまったのだと。
これは、レオンだけでなく、サラにも聞かせるつもりで話した。
きっとサラなら、自分に合わせてくれるだろうと、考えてのことだった。
いろいろ考えて、どう考えても、トビーが自分を裏切る理由は、一つしかないと思った。
トビーには三つ年下の妹ジャスミンがいる。
トビーが十歳のときに父親が事故で死に、それからは、トビーが父親代わりになってジャスミンの面倒を見ていた。
トビーが十六歳になり、トップの成績で近衛騎士団に入団してからは、毎月給金を、ほぼ全額実家に仕送りしていたが、三年前に母親が病気で亡くなった。
そばに身寄りがいなくなったジャスミンは、兄を頼って王都に来て、ゴメス侯爵邸のメイドになったのだ。
トビーを脅迫するには、ジャスミンを使うことしか考えられない。
きっと何らかの理由をつけて、ジャスミンを人質にしているのではないか。
ルークはそう考えた。
だから、今から行くルークの目的地は、ゴメス侯爵邸だった。
ルークにとって、ゴメス侯爵邸の攻略は、そんなに難しいとことではなかった。
というのも、ルークは、以前にゴメス侯爵の領地視察の護衛騎士として、任務についたことがあったからだ。
近衛騎士団に入団して三ヶ月後のことだった。
何で俺が? と思ったが、団長は、「二位と三位をお望みだ。すまんが、お偉方の命令には逆らえないのだ。」と言った。
団長の言うお偉方というのは、サンチェス公爵のことだった。
ゴメス侯爵が頼んだので、サンチェス公爵が裏から手を回したのだ。
ゴメス侯爵は、伯爵、侯爵令息で入団試験二位と三位の見目麗しい若者を、護衛騎士として連れ歩けることを自慢したかっただけだった。
ここでルークが最も許せなかったことは、トップで合格したトビーは、平民を理由に無視されたことだった。
ゴメス侯爵は護衛騎士の任務に際して、領地視察の前に、執事に邸宅の中を案内させた。
地下には、使用人が罪を犯した際に使用する牢屋まであった。
ジャスミンはその牢屋に閉じ込められているのかもしれない。
そう思ったルークは、暗くなるのを待って、ゴメス邸に忍び込んだ。
部屋の配置や廊下、階段など、わかっているから、警備員の目をかいくぐり、迷いなく進めた。
地下牢に着くと、一人の女が中に閉じ込められていた。
床に座り込み、顔を下に向けているので、ジャスミンかどうかわからない。
ルークは見えない場所から、小石を放り投げた。
コツンと音がすると、女は顔を上げて、牢屋の鉄格子を掴むと叫び出した。
「お願いです。ここから出してください。私は指輪なんて盗んでいません。何かの間違いです。お願いだから私を信じてください。」
その叫びに何の反応もないことがわかると、女はまた元の位置に戻って座った。
トビーの妹のジャスミンだった。
数回会ったことがあるが、まだ幼さが残る可愛い娘だった。
しかし、鉄格子を掴んで叫ぶジャスミンは、とてもやつれて憔悴しきっていた。
その姿は、記憶の中のジャスミンとは、余りにも違っていた。
彼女を救い出せるか?
鉄格子のドアについている錠前は大きく、とても剣で切り落とせるものではなかった。
仮に牢屋から出せたとしても、無事にゴメス邸から逃げ切れるのか?
どうしたらいい?
いったい俺に何ができる?
そのとき、ふと、カイゼルのことを思い出した。
小さな箱の鍵をヘアピンで開けたとき、彼は言った。
「セブならこれくらい簡単に開けるのに。」
セブは今、どこにいる?
レンが、国王が、ワーレンブルグにいるってことは、きっとどこかにいるはずだ。
ルークはそっと地下牢を離れ、ゴメス侯爵邸から静かに出て行った。




