64話 再会
初めに目が覚めたのは、サラだった。
両手が体の後ろで縛られていて、両足首も縛られていた。
横を見ると、ルークも同じ状態で寝かされていた。
口を塞がれていないのは、きっと叫んでも、誰も助けに来ない場所なのだろう。
それに、大きな声を出せば、犯人に、目覚めたことを教えることになる。
手が届かない高い場所に、明り取りに作られた小さな窓が三つあるおかげで、部屋の中は明るく見渡すことができた。
自分たち二人以外は何もない部屋だった。
まずはルークを起こさなくっちゃ。
縛られて動きにくい体をなんとか動かして、足でルークを突いてみた。
ツンツンツン
ルークはこの程度では目を覚まさなかったので、サラは、強く蹴ってみた。
「ううーん・・・」
ルークが目を覚ました。
「サラ、あれ、何で縛られている? ああ、俺たち縛られているのか・・・。」
自分たちの現状を認識したルークは、寝ている体勢を起こしたが、がっくりと肩を落とし、ため息をついた。
「それにしても、何故、トビーが・・・。俺を裏切るなんて、信じられない。」
トビーに渡されたお茶を飲んだ後、急に力が入らなくなり、視界がぼやけ、そのまま意識を失った。
だが、意識を失う直前のトビーの言葉を覚えていた。
―ごめん。本当にごめん。こうするしか仕方がなかったんだ。ルーク、お願いだ。どうか、生きてくれ。―
「いったい何が、あいつにこんなことをさせたんだ。」
サラも、トビーの言葉と泣きそうな顔を覚えていた。
「きっと、トビーには、何か事情があったのよ。」
サラも、今まで一緒に過ごしてきたトビーの人柄を考えると、とても友を裏切ることができる人間には思えなかった。
「それよりも、これからどうしますか?」
「まず、このロープを切りたいのだが、俺の剣は盗られているし、この部屋に何か尖ったようなものはないだろうか。」
見渡しても、この部屋には道具になるようなものが何もなかった。
「尖ったものならあります。神の光ネックレスが。」
サラの胸にキラリと光る菱形の水晶がぶら下がっていた。
神官にもらった新しい水晶は、薄くても、固く割れにくい。
それに、留め具はなく、首にかけるだけのネックレスだから、外すのは簡単だ。
犯人たちは、ルークの剣は取り上げたが、サラのネックレスには手を出していなかった。
「それだ、それならロープを切れる。サラ、俺が取るからじっとして。」
ルークは動きにくい体をなんとか動かして、サラの胸元に顔を近づけた。
水晶を口で加えようとすると、どうしてもサラの胸に顔を押し当ててしまう。
サラの顔が赤くなった。
「すまん。我慢してくれ。」
そう言うルークの顔も赤い。
「私は平気です。ルークこそ気にしないでください。」
ようやくネックレスをサラから外したルークは、ネックレスをサラの手に持たせた。
そして、背中合わせに座り直すと、水晶を受け取り、サラの手首のロープを切った。
切っている最中、ルークはサラに尋ねた。
「サラ、怖くはないか?」
「ルークが一緒だから、怖くはありません。」
サラは迷うことなく答えた。
「サラ、俺がお前を助ける。何としてでも、サラだけは助ける。」
そして、必ず婚約者の元へ戻してやる・・・。
ルークは、最後の言葉は口にしなかったが、固く心に誓った。
サラの手首のロープを切った後は、順番にロープを切り、手足の自由を手に入れた。
サラは、自由になった両手で、ルークの手を握り、目をじっと見つめて言った。
「ルーク、助かるときは、二人一緒です。どうか忘れないで。」
サラから手を握られ見つめられて、言葉を失ってしまったルークは、ただ、「ああ」としか返事ができなかった。
二人のロープを切ることに、かなりの時間がかかったが、まだ日は高く、明り取りの窓から入る日差しのお陰で、室内は明るかった。
部屋から脱出しようと思ったが、明り取りの窓は、大人が潜り抜けるほどの大きさはなく、しかも高すぎた。
ドアの鍵はかかっていて、開けることはできなかった。
大きな音が出ることを覚悟で、力ずくでドアを壊そうかと思っていると、足音が聞こえた。
「サラ。部屋の真ん中に、縛られたフリして座って。」
ルークがそっと囁いた。
サラは、言われたとおりに手を後ろ手に組み、部屋の中央に座ってドアを見た。
ルークはドアの横で待機した。
ガチャリと音がすると、ドアが開けられ、一人の男が入って来た。
サラに向かって進もうとするところを、ルークは後ろから羽交い絞めにした。
「ウッ!」
「大声を出すな。首の骨をへし折るぞ。」
「わかった、わかったから、折らないでくれ。」
男は、サラに視線を移すと驚いて言った。
「や、やっぱり、せっ、聖女様、どうしてこんなところに!」
「あなたは・・・、ジェイコブ?」
「そうです。神殿で石を投げたジェイコブです。覚えていてくださったんですね。」
ルークは、ジェイコブを羽交い絞めにしたまま言った。
「お前がどうして、こんなところにいるんだ。」
「雇われたんですよ。だけど、グランテリアのスパイを捕まえたから、その見張りをしろって言われただけで、まさか聖女様がいるとは思いもしませんでした。」
「誰に雇われた?」
「ずいぶん前になるけど、俺がグランテリアの文句を言ってたら、仕事をやるって言われたんですよ。ベルって酒場によく来る、右目の下にホクロのある男です。名前は知りませんがね。それで、今日がその仕事だってんで、ここに連れてこられたんですよ。」
「他には誰かいるのか?」
「一緒に連れてこられたのは、俺も入れて六人だけど、俺以外は皆、腕に覚えのある町のごろつきですよ。グランテリアが嫌いだってのは、共通してるけど。あっ、でも、俺、今は嫌いじゃないですよ。」
「ここはどこだ?」
「王都の郊外にある山城です。」
「もしかして、鷲城か?」
「そう、そんな名前でした。」
鷲城は、小さな山城だが、山に一つだけ建てられた城の雰囲気が、鷲に似ていることから、そう呼ばれていた。
今は廃城になって、誰も住んでいない。
ルークは騎士団の訓練で、過去に数回訪れたことがあった。
「俺たちをさらった目的は何か知ってるのか?」
「そんなこと、知りませんよ。スパイだって嘘つかれてたぐらいだし。もうすぐ兵士が来るから、それまで見張ってろ、兵士が来たら引き渡せって言われただけなんです。それで、スパイの顔でも見てやろうと思って中に入っただけなんです。ごろつきたちは、スパイが逃げたら殺せって言われてましたよ。」
ルークは、ジェイコブを羽交い絞めにするのを止めて、自分に体を向き合わせ、両腕を掴んだまま話を続けた。
「だいたい読めた。ここにいるのは、グランテリア嫌いのごろつきと、聖女嫌いと噂されている護衛騎士。そして後から拉致された聖女を救いに来る兵士たち。奴らは、聖女を殺して、俺たちに濡れ衣を着せ、俺もお前たちも全員口封じのために殺すつもりだ。お前も早く逃げないと殺されるぞ。」
「わかりました。それじゃあ俺は逃げるとします。」
「ちょっと待ってくれ。俺の剣はどこにある?」
「聞いてないので知りませんよ。ああ、それならこの短剣をどうぞ。」
ジェイコブは、自分が腰に下げていた短剣を、ベルトごとルークに渡した。
「お前はいいのか?」
「俺は、もともとすごい運動音痴なんです。石もまともに投げられないくらい。こんな剣で戦ったこともない。ホクロ男にもらったから持ってただけです。剣で戦ったところで、勝てるわけがない。だったら、俺は戦わずに逃げます。だから、これをあんたにあげます。」
「そうか、ありがとう。」
「あの、兵士は表道から来ると思うんで、逃げるなら反対側にある裏道の方が良いですよ。それから、ごろつきたちはかなり強いんで、気を付けてくださいね。ぞれじゃ。」
そう言い残して、ジェイコブは逃げて行った。
ルークは気配をうかがいながら、サラと一緒に部屋を出た。
廊下を抜け、城の広間に出ると、そこには酒を飲んでいる二人の男がいた。
見るからに、腕っぷしの強そうな大柄な男たちだ。
「へへへ、良い剣が手に入った。奴らが逃げ出したら、この剣でスパッと殺してやる。」
「ああ、金ももらえるし、いい商売だな。ははは。」
ルークは、サラを連れているので、できれば戦闘を避けたかった。
男たちに気付かれずに、そっと城から出るには、窓から出た方が得策か。
どこかに目立たず抜け出せそうな窓はないかと、目で探していたら、
「コノヤロウ、逃げる気か!」
と大声で怒鳴りながら、男たちが迫って来た。




