63話 決行
サンチェス公爵とゴメス侯爵の密談の翌日、ルークとトビーは、いつも通りにサラとアイリスを迎えに来た。
サラは、ルークにそれとなく話しかけるが、相変わらず、ポーカーフェイスで言葉少ない返事が返ってくるだけだった。
だが、馬車を降りる際に、ルークが手を貸してくれたとき、ルークの顔が少し赤くなるのがわかる。
サラは、その意味を考える。
ほとんど会話がないけれど、きっと、嫌われているわけではないだろう。
ルークは何も言わないけれど、きっと何か思うところがあるのだろう。
神殿に着くと、神官が小さな箱を持って来た。
「聖女様に渡したいものがあるのです。」
神官が箱の蓋を開けようとして、鍵を差し込んだが、鍵が間違っていたために、蓋は開かなかった。
「おや、鍵が違っていたようです。困りました。正しい鍵を探し出すのは、かなり難しい。」
すると、横で聞いていたカイゼルが声をかけた。
「私でよろしければ開けましょうか?」
「おや、カイゼルはそんなこともできるのかい?」
「やってみなければわかりませんが。」
カイゼルは、寝癖をとめるために使っていたヘアピンを抜き、鍵穴に差し込んだ。
ガチャガチャと回すが、なかなか開かない。
「うーん、難しいですねぇ。セブならこれくらい簡単に開けるのに。」
その様子を、興味津々で見ていたルークが声をかけた。
「セブは鍵を開けることが得意なのか?」
「はい。すごく上手いですよ。領地巡りをしているときに、いろいろ教えてもらったんですよ。できる雑用の一つになるだろうって・・・。あ、開いた。」
カチャリと音がして箱の蓋を開けることができた。
中に入っていたのは、神の光ネックレスだった。
「聖女様がいつも首にかけている神の光ネックレスが、ずいぶんと傷がついているようなので、新しいものを差し上げようと思ったのです。聖女様のお陰で、熱病患者もすっかり治りました。この神殿も参拝者の数が増えました。私からのささやかなお礼です。」
ネックレスを箱から取り出して見ると、サラのネックレスよりも少し大きいが、薄く作られているので重さはかえって軽く感じられた。
そして何より、キラキラと光輝いて美しい。
「薄く作られていますが、とても固く、傷がつきにくく、割れにくい水晶でできているんです。この水晶はワーレンブルグでも、一部の鉱山でしかとれない貴重なものなんですよ。よろしかったら、どうぞお使いください。」
「ありがとうございます。さっそく使わせていただきますね。」
サラは今まで使っていたネックレスをアイリスに渡すと、新しいネックレスを首にかけた。
「聖女様、このネックレス、いただいてもよろしいですか?」
「アイリスが望むのなら、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
やったー!家宝が増えた!と喜ぶアイリスであった。
時間になると、サラはいつも通りに神殿で祈りを捧げたが、本当は、祈りの終わりの合図をする必要はなくなった。
ヒューイを見つけたのだから。
しかし、祈る人々には、既に常識として浸透している祈り方になったので、サラは、毎回、終わりの合図を伝えていた。
一つ変わった事は、ヒューイが見つかりますようにと、祈らなくなったこと。
人々の願いが叶いますように、終戦、同盟が結ばれますようにとだけ祈った。
その二日後、サラとアイリスが迎賓宮を出る前、珍しいことにトビーが宮内で待っていた。
二人とそばにいる護衛騎士にも、丁寧な挨拶をした後、トビーは理由を話した。
「先ほど、連絡が入りました。今日は聖女様一人で来るように、とのことです。ですから、アイリスは、今回一緒に行けません。無駄足を踏ませるのもどうかと思い、迎賓宮を出る前に伝えに来たのです。」
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。では、私一人で行きましょう。」
「聖女様、馬車までお見送りいたしますよ。」
「せっかくのトビーの心遣いですから、見送りはここで結構よ。護衛騎士のお二人も。アイリスはお留守番、よろしくお願いね。では、行ってきます。」
サラはトビーと二人で馬車まで歩いた。
馬車の横には、既にルークが待っていた。
「ああ、ルーク、今朝、団長から連絡が入ってね。今日は、サラ一人だけで行くことになっているんだ。」
ルークは、その連絡を受けていなかったが、緊急な連絡の場合、兵舎で暮らしているトビーの方に連絡が行くのは、よくあることだった。
「そうか。珍しいこともあるもんだな。」
「それからもう一つ。サラが一人で馬車に乗るのは寂しいだろうから、話し相手と護衛を兼ねて、ルークも馬車に乗るようにと言われた。」
「えっ?俺が?」
「ああ、そうだ。団長命令だからな。」
団長の命令と言われたら、それを断ることはできない。
困ったような表情をしたルークであったが、サラの方から話しかけた。
「ルーク、団長命令なら、どうか従ってください。私も一人より、二人の方が心強いです。」
「そうですか。それなら・・・。」
サラが馬車に乗った後、ルークも馬車に乗り、二人は向かい合わせに座った。
サラは、平静を装っているが、内心とても嬉しかった。
いつも一緒にいるのに、思うように話せないけれど、今だけは、普通の会話ができるのではと、淡い期待も抱いていた。
ルークは、今まで抑えてきた感情が、ばれるのではないかと恐れていた。
あの日、サラが毒蛇に噛まれて、アイリスに死ぬかも知れないと告げられたあの日、ルークは、はっきりと自分の感情が何であるのか自覚した。
自分の心の中に湧き出たのは、愛する人が死ぬかもしれないという恐怖だった。
それからは、嫌いだった神にも祈った。
お願いだから、どうか殺さないで。
どうか、生きて欲しい。
祈りを込めてサラの世話をした。
しかし、グランテリアからやって来たサラの婚約者が、ルークの立場を奪ってしまった。
彼のお陰でサラの命は生かされたのだから、感謝してもしきれない。
それはわかっているのだが、しばらくは寂しくて仕方がなかった。
護衛の任務で毎日病室に行くが、ドアの外に立つだけで、中には入らなかった。
サラのために、身分を偽り危険を顧みずに助けに来た国王と、再会を喜ぶサラの間に、自分が入る余地はないと思った。
これ以上近づかない方が良い。
でないと、自分の感情を抑えられなくなる。
そう思い続けてこれまでやって来た。
だが、今、目の前に愛してやまないサラがいる。
手を伸ばせば、いつでも触れられる距離にいる。
ルークは、思わず伸ばしかけた手を、ぐっと握りしめて引っ込めた。
そして、自分の感情がばれないように、慎重に話をしなくてはならないと自分に言い聞かせた。
そんな二人の間に割って入るように、トビーが声をかけた。
「ルーク、緊張しているみたいだな。お茶でも飲んで、緊張をほぐしたらどうだい? サラもどうぞ飲んでください。」
トビーは、御者台に用意していた木製のコップに入った飲み物を、二人に渡した。
「あ、ああ、気が利くな。ありがとう。」
「どうもありがとうございます。」
二人はトビーに手渡されたお茶を飲んだ。
ルークが、飲み終わったコップをトビーに渡そうとしたとき、手からポロリとコップが落ちた。
手に力が入らない。
サラを見ると、サラの手からも、コップがコロコロと転がり落ちた。
意識が朦朧とし、視界もぼやけてきた。
ルークは苦しそうな顔でトビーを見た。
「ト、トビー、ど、どうして・・・」
「ごめん。本当にごめん。こうするしか仕方がなかったんだ。ルーク、お願いだ。どうか、生きてくれ。」
泣きそうな顔でトビーは言った。




